第23話 小土族(ノーム)の村へと行こう

 俺がこの身体の性能を試した日から、さらに三日ほど経った。

 その間に更に、空を飛ぶ練習や物質の圧縮やマテリアライズ化といった機能を色々と試してみた。

 そして改めて理解する。

 この身体の万能さと、出来ることの多さに。

 その辺りの石や俺よりも大きな岩などを片っ端から圧縮して魔力空間に保存して、それらに含まれている素材を抽出して集めたりしていた。

 何かに役に立つかもしれないと思い、かなりの量を圧縮して保存していたが、それでも俺の魔力空間はまだまだ容量がありそうだった。

 鉄、銅といった金属、ケイ素や石英などの元の世界でもある物質や、オリハルやアマーガルと呼ばれるこの世界独自であろう魔法金属や液体魔法金属というのも魔力空間に保存している。

 魔法金属に関しては、研究に使いたいと言う、ヒーリィさんにインゴット状の塊にして渡した。

 彼女は食事の時と夜は村で過ごし、それ以外の時間を俺が目覚めたあの施設で何かを研究していたが、何をしているかは分からなかった。

 そしてアインス君達、森人族(エルフ)の皆は出発の為の食料や小土族(ノーム)の人たちへのお土産として野菜やお肉の確保などをしていた。

 あの着いてきたヒポグリフの二頭は村の居心地が良かったのか、そのまま居着いた。

 そして大きな方は鹿のような獲物を狩ってきたりして、村の森人族(エルフ)達に喜ばれていた。

 二頭は何かと俺と行動を共にして、食事も一緒に取るようになった。

 そして今現在も、小土族(ノーム)の人達のお土産である袋を背中に掛けて二頭とも俺の横で一緒に歩いている。

 嫌がるかな? と思ったが、素直に運んでくれている為、皆の運ぶ荷物も少なくなり道中も楽になった。

 もはやこの二頭も俺達の大切な仲間だ。


「この木の配置は覚えています! もう少し進めば、一度森を抜けるはずです! 今日はそこで野営と致しましょう!」 

「……しましょう」


 ツヴァイちゃんとドライちゃんがそう言って奥を指差す。

 暗くなってから行動するのも危ないから、少し早めの休息になるようだ。

 そして暫く歩くと、確かに森を抜けて、小さな川の流れる場所へと出た。

 広く拓けた河原は野営をするには十分の広さがある。


「確かにここは休憩に良さそうな場所だな」

《そのようですね、では私は少し周囲をスキャンしてきます》

「ほいほい」


 そう言って、オキシーは俺達から離れていった。

 オキシーはそのまま、森の周辺や川の方へとふわふわと飛んでいた。

 周りのスキャンは、このままオキシーに任せていて大丈夫だろう。

 その間に俺やアインス君達は、野営の準備を始める。

 といっても、この世界でキャンプギアなど有るわけもなく、石を積んで簡単な竃と枯れ木を集めて火の準備をするだけだ。

 幸いなことに、ヒポグリフが居る。

 彼らのおかげで、少し大きな鍋を持ち運べたので、全員分の汁物ぐらいは簡単に作ることが出来るだろう。

 俺も前の世界では、会社の交流会でキャンプなどをしていたため、少しは野営の準備は出来る。

 その時にソロキャンが好きな先輩から、簡単な火の起こし方や竃の作り方を教わった事もある。

 魔族の皆も村があるとはいえ、ほとんど自然の中で生活してきたのだから野営など慣れたものだ。

 皆手慣れた様子で薪を集めたり、竃を作ったりしていた。

 火起こしは本来ならば松ぼっくりや、細めの枝の先をナイフで削って、フェザースティックと呼ばれる火が付きやすいものを作ったりするのだが、この世界では魔力操作術がある。

 燃えやすそうな乾いた薪や乾燥した枯れ草さえ有れば、火を起こすなど造作もない。

 あっという間に簡単な竃が出来た為、細かい枝に魔力操作術で火を付ける。

 そうして火種が出来た所に、太めの薪を重ねていった。

 これで火起こしは大丈夫だろう。

 後は火の大きさに注意して薪を増やしていけば良い。


「グルルゥ」

「クルルゥ」

「お、ありがとうグリフとヒー」


 火が安定したところに、二頭のヒポグリフがやってきて背中の鍋を咥えて俺に渡してきた。

 俺は二頭の名前として、大きい方をグリフと小さい方をヒーと呼ぶことにした。

 二頭とも当然のごとく野営の手伝いをしてくれるのはありがたい。


「ハイドラ様、私共が代わりましょう」

「おー、じゃあお願いしようかな」

「お任せください」


 そう言って、ヒポグリフが持ってきた鍋を受け取るアインス君と今回も同行してくれたナイル君とカバル君とボラン君の三人組はそのまま鍋を持って川の水を汲みに行った。

 まずはお湯を沸かして、白湯でも作るのだろう。

 地下水でもない川の水をそのまま飲むのは危険だ。

 自然の中なので、綺麗に見えてもどんな病原の元があるか分からん。

 一度沸かした方が安全だ。

 俺は兵器の身体なので大丈夫だが、皆はそうはいかない。

 それにしてもこの川は山から流れてきている様だが、行き先はどこだろう?

 流れいく方向を見るに、この間行ったレヴィアターノ湖かな?

 川は水底も見えるほど透明度が高い。

 深さはあまり無さそうだけど、魚は居るだろうか?

 俺がそう思って川の水面を見ていると、ツヴァイちゃんとドライちゃんが話しかけてきた。


「ハイドラ様、私達は魚を捕りに行きます! 明日の朝食分も獲ってきます!」

「……きます」

「うん、了解。 気をつけてね」

「お任せください!」

「……ください」


 そう言って、二人は川へと入っていった。

 漁の得意なツヴァイちゃんが捕りに行くと言うからには、魚も居る様だな。

 それにしても元気なツヴァイちゃんと大人しいドライちゃん。

 性格が全く違う二人だが、馬が合うのか常に一緒にいる。

 種族は違うのに一緒にいる姿は、まるで本当の姉妹の様だ。

 仲良く川に入っている二人を見ているとそう思う。

 ツヴァイちゃんは注意深く水面を伺っていると思ったら、持っていた銛を水の中へと突き立てた。

 そしてその銛を引き上げると、先には鮎の様な魚が突き刺さっている。

 早速一匹獲った様だ。

 それを見ていたドライちゃんが、腕から蔓を出す。

 その蔓は少しうねる様に動くと、あっという間に小さな籠の形へと編まれていった。

 そしてツヴァイちゃんがその籠の中に、獲った魚を入れる。

 どうやらツヴァイちゃんが魚を獲って、ドライちゃんが受け取るという、役割分担がされているみたいだな。


「ハイドラ様、白湯をどうぞ」

「ありがとう、アインス君」

「ヒーリィ様もどうぞお休みください」

「……えぇ、ありがとう」


 ツヴァイちゃん達が魚を獲っている姿を眺めていると、どうやら鍋の湯が湧いた様だ。

 俺とヒーリィさんに、アインス君が白湯を渡してくれた。

 ヒーリィさんは慣れない歩きで疲れたのか、白湯の入ったコップを持って竃の近くに座っている。

 受け取ったコップの中の白湯を一口啜って空を見上げる。

 青かった空はうっすらと深みを増して、暗くなっていた。

 もう直ぐに日が落ちて、周りは暗闇となるだろう。


「ハイドラ様! 沢山獲れました!」

「……獲れました」


 そう言って、ツヴァイちゃんとドライちゃんがこちらへとやってきた。

 ドライちゃんは最初に作った蔓の籠を二つ両手に持っている。

 どちらの籠も尻尾が見えるほど魚が入っている様だ。

 

「二人ともおつかれ様、アインス君、二人にも白湯の用意してくれるかな?」

「はい、お任せください。 今、白湯を入れるから、二人とも少し休んでなさい」

「アインス殿! ありがとうございます!」

「……ございます」


 そう言ってアインス君はドライちゃんから籠を受け取ると、竃の番をしているナイル君へと渡した。

 ツヴァイちゃんとドライちゃんはそのまま、アインス君に元気よくお礼を言って俺たちの側へと座った。

 今、竃の番をしているは森人族(エルフ)の三人組だ。

 彼らはさらに二つほど竃を作り、それぞれに鍋を乗せて火にかけている。

 やはり森人族(エルフ)の皆は森の中で暮らしてるだけあって、野営には慣れているな。

 一つの鍋にはキノコや野菜が沢山入っており、もう汁物が出来そうな様子であった。

 後はツヴァイちゃん達の獲ってきた魚を焼けば、夕食も直ぐだろう。

 そんな風に野営の準備が進んでいる所にオキシーがふわふわと飛んできた。

 どうやら周辺のスキャンが終わった様だ。

 

《ただいま戻りました》

「お、オキシーもお帰り。 どうだった?」

《少し気になる事が……》

「気になる事?」


 オキシーはそう言って、クルリと回転する。

 なんだろう?

 オキシーが気になるという事は、余程のことかも知れん。


《森の中から複数の小さい生体反応と一つの大きな生体反応を確認しました。 大きな方はグリフと同じくらいの大きさです》

「え? グリフと同じくらい?」

《はい、生体反応は少しづつ此方に近づいていますね》

「えぇ……何だろう……」


 俺はそう言ってグリフを見る。

 グリフの大きさは元の世界の牛や馬より遥かに大きい。

 そんなサイズの生き物ってなんだろう?

 まあ、こんな自然豊かな場所なら、大型の生物が居ても不思議じゃないけど……。

 森で生活しているアインス君なら何か知っているかな?


「アインス君、森の中にグリフぐらいの大きさの生き物って居るの?」

「そうですね……あまり見かけませんが、アップベアーやブロッファー辺りなら、似た様な大きさのはずですが……」

「アップベアー? ブロッファー?」

「アップベアーは、アププの実が好物の獣ですね。 大きいですが大人しい性格で危険は無いはずです。 ブロッファーは大きなツノを持つ四足の黒く大きな獣ですね。 こちらも刺激しない限りは大人しい獣です」

「ふーむ、じゃあその辺りの動物なのかな?」

「後は、極稀に生まれる大型の魔獣ですが……」

「魔獣?」

「魔力操作術を使える獣が魔獣と呼ばれています。 私がハイドラ様と会った時に襲われたフランマウルフも、魔獣と呼ばれる生き物ですよ」

「あぁ、あの時の……」


 そう言えば、あの時の犬は俺に魔力操作術で火を吐いてきたな。

 あの犬が魔獣なのか。


「そして魔獣の中には、極稀に魔力が多く持って生まれる個体がいます。 その場合、魔力の多さで体も大きく育ちます。 魔力の多さによってはグリフ並みの大きさに育つ可能性はあるでしょう」

「え? まじで?」


 あの犬がグリフ並みの大きさになる可能性もあるのか……。

 そう言えば、グリフに初めて会った時は酷い火傷をしていた。

 そして足には何かに噛み付かれたかの様な傷もあった。


「なあ、アインス君……なんかすごく嫌な予感がするんだけど……」

「ええ……私も嫌な予感がします。 今さらですが、なぜ森の中にフランマウルフが居たのかと……」

「この辺りには普通居ないんだっけ?」

「はい、彼らは森を抜けた先にある草原に居るはずなのですが……群で森に入っているとしたら……」


 俺とアインス君は不安な顔をして互いを見る。

 俺たちの不安が伝染したのか、皆も不安そうにこちらを見ていた。

 そんな不安な空気が流れる中、オキシーがいつもの冷静な口調で声を出した。


《生体反応が速度を上げて此方に向かってきます。 この早さなら三十秒程で此方まで来ますね》

「え!? そんなに早く!?」

「っ! ハイドラ様とヒーリィ様はグリフ達の後ろに! アインスはツヴァイとドライを守れ! カバル! ボラン! 弓の準備を!」

「ナイル君!?」

「ハイドラ様! 早く!」


 オキシーの言葉に、焦った様に叫ぶナイル君。

 ナイル君はカバル君とボラン君に弓の準備をするように指示を出すと、自らも側に置いてあった弓を持つ。

 そしてアインス君はツヴァイちゃんとドライちゃんを隠す様に前へと出る。

 俺は、ヒーリィさんに背中から抱え上げられて、グリフとヒーの後ろへと連れて行かれた。

 そのグリフとヒーは森を見つめてグルゥ! と唸り声を上げていた。

 緊迫する俺達はオキシーが来た森の方面を見る。

 ナイル君達が静かに弓を引くのが見えた。

 アインス君もツヴァイちゃん達を背に隠しながら、杖の様なものを森へと向けている。

 ツヴァイちゃんはアインス君の背に隠れながらも、銛を構えている。

 ドライちゃんも緊張した様子で腕から長めの蔓を生やしていた。

 一時の静寂。

 竃から聞こえるパチパチという、火が薪を焦がす音のみが聞こえた。

 そんな静寂をオキシーの言葉が搔き消す。


《生体反応、来ます》

「っ!!」


 その言葉が発せられると同時に、がさりと森の方面から草が揺れる音がした。

 皆緊張した様子で、その音がした方向を見る。

 その瞬間、その音がした場所から複数の赤い影が飛び出して来た。

 その赤い影は、あっという間に俺達を囲む。

 数は十頭程だった。

 そいつらは一定の距離を保つと唸り声を上げた。


「フランマウルフだ!」

「数が多い!」

「焦るな! 落ち着け!」


 ナイル君達三人の森人族(エルフ)の叫ぶ様な声が響く。

 そして各々が弓に矢を番える。


「グルァ!」

「グルル!」


 ヒポグリフの二頭も威嚇する様に翼を広げて唸る。

 そんな様子の俺達に警戒したのか、フランマウルフ達も周りを囲んで唸り声を上げている。


《大きな反応も来ます》

「マジかよ!?」


 オキシーの言葉通り、がさりと大きな音が森から聞こえた。

 そこからは他のやつの五倍は大きいフランマウルフがゆっくりと顔を出す。

 そして、そいつは王者の様な貫禄を持ってゆっくりと森の中から出てきた。


「うお!? 大きいぞ!」

「こ、こんな大きい魔獣初めて見る!」

「まずい! この矢であの大きさの身体に通るのか!?」

「ツヴァイとドライは絶対に前に出るな!」

「しかしアインス殿!」

「……怖い」


 皆はそのフランマウルフの大きさに戦慄を覚えて警戒を強める。

 確かにでかい。

 その大きなフランマウルフは、そんな慌てる俺達の姿を見て、笑う様に牙を剥き出しにする。

 そして、その巨体通りの爆音で咆哮を上げた。


「ガルァァアア!」

「グルゥゥアア!」


 その咆哮の大きさに、アインス君達は一瞬硬直したが、そのグリフだけはその咆哮を聞いて負けじと咆哮を上げ返す。

 二頭は互いに睨め付ける様に見ていたが、グリフがフランマウルフへと飛びかかった。

 フランマウルフはその巨体に似合わぬ俊敏さで、その場から横に飛びグリフからの攻撃を避ける。

 そしてまたしても互いに睨め付けている。

 どうやら、グリフと大きなフランマウルフの強さは、ほぼ互角なのだろう。

 互いに隙を伺っている様に感じる。

 此方の方でも小さいとは言え、十頭程のフランマウルフに囲まれている。

 奴らはいつでも飛びかかれる様に、姿勢を低くして唸り声を上げている。

 ナイル君達も負けじと弓を強く引きしぼり、矢の先をフランマウルフへと向けている。

 こうして俺たちは小土族(ノーム)へと行く過程で、フランマウルフ達と戦いとなるであった。

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