第22話 この身体で出来ること

 あの日、俺がこの世界で生きるための願いを定めてから、二日ほど経った。

 とりあえずは、この世界がどうなっているかを見る為に、俺は自分の身体の事をちゃんと理解することにした。

 小土族(ノーム)の村に行くのはそれからでも遅くはないだろう。

 そして俺は今、オキシー空手の正拳突きの要領で拳を突き出した。

 メシャ! と、何かひしゃげる様な衝撃音と共に、幹が陥没する。


「うん……普通に殴っただけでこんな威力が出るんだ……」

《今までは、セーフティーモードにより力が制御されていました。 ですが、先日アインス様達を助けた時にセーフティーの一部が解除されていますね》

「ああ、確かにあの時、すごい力が出たな……、 でも今は普通に生活は出来てるぞ?」

《あの瞬間は早く動こうとする意思がセーフティーを解除する切っ掛けだったのでしょう。 現在は通常モードで自動制御されていますよ》


 そう言ってオキシーは俺の身体の隅々に光を当てて観察している。

 オキシーには俺の身体の能力を試している時に、不具合が無いか確認してもらっている。


「次はどれだけ高く飛べるか調べてみるか」


 そう呟き、腰を屈めてバネの様に一気に跳躍してみた。

 視界が一瞬ぶれて、青空が眼前に広がる場所距離まで一瞬で飛んだ。


「うっそ!? 軽く飛んだつもりなのに! めっちゃくちゃ高いぞ!?」


 そう叫んで直ぐに浮遊感を感じる。

 周りを見てみると、改めて分かるこの森の広さ。

 視界の先には、この前行ったネルケの村がある湖、レヴィアターノ湖が見えた。

 そして湖から反対側には、森を横断する様に山脈が見えた。

 あれが、ディアラトという竜がいるクルール山脈だろうか?

 だがそんな悠長な事を考えている間に、俺の身体は落下を始めた。


「やっば……! この高さは!」


 そ俺の身体はいつまでも飛んでいる訳もなく、自由落下により墜落していくのであった。

 かなりの高さを飛んだ為か、重力の加速により地面が一気に近づいてくる。


「うぉぉ! こえぇ!」


 迫る地面に恐怖を覚えて叫んだ。

 だが、何とか体制を立て直して、足を地面へと向ける。

 そのまま、俺の身体は地面に激突するように落ちた。

 ドオン! という音と共に俺の身体を突き抜ける衝撃。

 だが、痛みは無く、骨が折れたという感覚もない。

 何事もなかった様に動く足を見て思う。

 うん、この身体、基本スペックが高すぎる!


《身体の衝撃耐久性能も問題なさそうですね。 基本性能は最大で普通の人間の約五十倍程の性能となっています。 もちろん魔力を使う事でさらに基本性能は高くなりますが》

「え? これが限界じゃないって事?」

《そうですね。 蓄積魔力を全身へ流れている魔導パスへと流し込む事で、身体を強化できます》

「ふーむ、それって純魔力を全身に流す要領でいいのかな?」

《その様な認識で良いかと思います》

「試してみるか……」


 そう言って俺は体内にある純魔力の塊を薄く、全身に纏わせるイメージをする。

 すると全身に魔力が通う感覚があり、魔力が通っている部分にほんのりと温かみを感じた。

 そして、そのまま、さっきと同じ木に向かって拳を放った。

 パン! という空気を叩く音と共に今度は木に大きな穴が出来た。

 そして、残った幹部分が自重に耐えられなかったのか、バキバキと音を立てて倒れていく。

 魔力操作術で、自然現象を発生させるだけでなく身体能力を強化まで出来るとは……。

 魔力の万能さに素直に感心する。


《ヒーリィ様より魔力操作をお教え頂いて良かったですね。 どうやら身体強化も問題なさそうです》

「こんな力で殴ったら、生き物なんてミンチですやん……」

《ですが、魔王ノクスにはあまり効果が無かったと記録されていますよ?》

「えぇ……、 魔王さん、ちょっと強すぎない……?」

《魔力が多い生物ほど、身体強化に魔力を振り分けられますからね。 アニマキナ以上の魔力を持つ魔王ノクスには通用しなかったのでしょう》

「なるほどなぁ……」

《ですが、その他の高位魔族や通常の魔族には絶大な効果があったともありますね。 基本的な能力が高ければ高いほど、戦闘には有利ですからね》

「それもそうか……」


 この身体がどれだけの力が出せるかは、魔力量と操作力が試されそうだな。

 基本性能は大体分かってきた、他に何か出来るんだろうか?


「なぁ、オキシー、基本性能はこれで大体分かったけど、他に何が出来るんだこの身体?」

《そうですね、右腕部に基本武装として高光収束砲(ルクスキャノン)があります。 それに、背面にメインの魔導ブースター、肩部、腰部、腕部、脚部にそれぞれ二ヶ所にサブブーストが体内機構に搭載されていますので、速度も今以上に出せます。 後はマギリアクターエンジンを利用した、物質の圧縮とマテリアライズ化と言った事でしょうかね》

「高光収束砲(ルクスキャノン)……? それに魔導ブースター? 見た所、そんなの付いてるように見えないんだけど……? 物質の圧縮とマテリアライズ化も良く分からんのだが……」

《そうですね、では順に試してみましょう。 先ずは高光収束砲(ルクスキャノン)ですが、右腕部に魔力を集中させてみてください》

「んん? こうかな……?」


 そう言って俺は右腕に魔力を集中させる。

 ちょっと強めに魔力を込めると、腕手首から肘にかけて縦に開き、中から赤い石が付いた銃身のようなものが露出した。

 

「うお!? 何か出てきたんだけど!?」

《それが高光収束砲(ルクスキャノン)です。 魔力を高熱量の光に変換して射出するアニマキナの基本武装ですね》

「ほーん、 元の世界にも銃っていう武器が有ったけど、似たようなものは有るもんなんだな」

《その銃というものが、私には分かりませんが……》

「まあ、それはそのうちだな。 そんで射出には魔力を込めれば良いのかな?」

《はい、対象を意識するだけで、擬似脳内で自動的に照準を補正してくれるはずです》

「そうか、じゃあ早速撃ってみようか」


 そう言って俺は、倒れた木にその高光収束砲(ルクスキャノン)を向けた。

 そして、軽く魔力を込めてみた。

 高光収束砲(ルクスキャノン)に魔力が吸われる感覚が有り、それと同時に指先程の光の玉が、ものすごい速さでその木に向かって飛んでいった。

 そして、ぱすっ! という間の抜けた音が聞こえて、その部分を見ると、先ほどの光の玉と同じ大きさの穴が空いていた。


「うーむ、意外と地味な武器だな……」

《込める魔力量によって、大きさと威力が増しますから、それに自分で魔力操作術を使うより魔力のロスが殆どないので、その分身体強化に割り当てる魔力が多くできますよ》

「成る程な……確かにあんな指先程度の魔力で、木を貫通出来る威力を出すのは、普通の魔力操作術でやるには非効率だな……大技ではないけど、便利ではあるか」


 確かに高い身体能力でゴリ押して、離れれば少ない魔力で高速で高威力の飛び道具というのは、戦術としては理に叶っている。

 それに音もほとんど出ないのは、銃には無い利点かもな、相手に気取られる事なく、奇襲も出来るだろうし、実はかなり優秀な武装なのかも?

 まあそんな暗殺者じみた事する気は今の所、無いんだけどな……。

 そして、高光収束砲(ルクスキャノン)に集中した魔力を分散させると、露出していた銃身部分も元の腕の形に戻っていった。

 成る程な……こんなに簡単に出し入れ出来るなら、とっさの戦闘には有効な武器ではありそうだな。

 

「さて、高光収束砲(ルクスキャノン)は使い方が分かったとして、次は魔導ブースターとやらかな?」

《魔導ブースターも、高光収束砲(ルクスキャノン)同様に魔力を込める事で稼働します。 基本は背面にあるメインブースタで他部分は姿勢制御用のサブブースターです》

「ふーむ、背中か……」


 俺は、高光収束砲(ルクスキャノン)の時と同じ要領で、背中に魔力を込める。

 すると背中の肩甲骨辺りが開く感覚があり、シャコン! という中から何かが飛び出した音がした。

 それと同時に、全身の各関節も開く感覚があり、同じようにジャコン! という音と共に高光収束砲(ルクスキャノン)の銃身に似た機械質なものが飛び出す。

 それを見て、オキシーはくるりと一回転して言う。


《魔導ブースターも問題なく稼働していますね。 メインブースターに込める魔力量によって、サブブーストが自動で姿勢制御を行います》

「成る程な……これで空とか飛べるのか?」

《可能です》

「良し、試してみよう」

《あまり遠くまで行くと、この場所が分からなくなりますよ?》

「少しだけだから大丈夫だって」

《まあ、ハイドラはもう緻密な魔力操作が可能ですので、そこまで心配もしておりませんが……》


 信頼されているのかされていないのか分からない、微妙な言い方をするなぁ……。

 しかし、ここまで来たんだ、試さないなんて選択肢は無い。

 そう思い、魔力を背中のブーストに込める。

 そしてさっき飛んだ時と同じぐらいの高さまで飛ぶイメージする。

 すると背中からゴシュウ! という熱が放出される音が聞こえて、視界が一気に空へと加速する。

 そして先ほど飛んだのと同じくらいの高さで、停滞した。

 背中からは常に熱量が放出されているのかさっきとは違い、落ちることは無い。


「おお、意外と簡単に飛べるんだな、移動も楽そうだ」


 そして、そのまま前かがみに姿勢を変えると、ブースターも自然と横になる。

 そうなれば、慣性も横へと移動する為、ブースターの出力も相まって結構な速さで移動できた。

 慣れてくれば、全身のサブブースターを使っての姿勢制御も楽だった。

 そして、元いた場所の木の上の周りをしばらく飛んだ後、オキシーのいる場所へ戻った。


「意外と簡単に飛べるもんだな」

《アニマキナの擬似脳には様々な思考補助機能もありますから。 機能内の大抵の事はイメージするだけで補ってくれますよ》

「なるほどねー」


 高い身体能力に高耐久な身体、低燃費で高威力の武器に、高速で飛ぶことまで出来る。

 人型だから、場所を選ばず応用性も高いと……。

 確かにこれは人類最強の兵器といっても良いのかもしれんな……。


「後は物質の圧縮とマテリアライズ化だったか? どういったもんなの?」

《物質の圧縮は、右手内にあります装置から行います。 そしてマテリアライズ化は左手内の装置から行えます》

「うん? それって手のひらにあるこの赤い石みたいなもの?」

《そうですね、物質の圧縮は生物以外の物質を魔力で圧縮して、マギリアクターエンジン内の魔力空間に保存して、マテリアライズ化はその魔力空間からの放出になりますね》

「ほうほう、つまり大きな物質を持ち歩けるということかな?」

《その認識で問題はありません。 また、応用としてマテリアライズ化時には保存していた物質を化合して放出することもできます》

「ほーん、じゃあ自分で合金作ったりも出来るってことか?」

《マギリアクターエンジンを使った物質の化合は物資補給や、施設補修の為にも使われていたと記録が有りますので、合金を作るなども造作もないでしょう》


 おお……。

 という事は材料さえあればステンレスなんかも簡単に作れるのか?

 アルミや銅が有ればジュラルミンだって作れるじゃん。

 あんなのは専門の施設が無いと難しいから、建設物を作るときは俺が鉄骨なんかを硬い合金で作れば、色んなことが出来そうだな。


「ちょっと試して見るか……」


 俺はそう言って近くに落ちてた石を拾う。

 自然石なら石灰岩か花崗岩だろう。

 石灰岩なら炭酸カルシウムが含まれていることが多いから、セメントとか作れるはず。

 花崗岩なら石英が含まれるから、ガラスが作れるかもしれん。

 鉄も含まれていればなお良し。

 まあ、近くに山脈があるという事は、昔は恐らく火山だったはずだ。

 だから、この辺りの石は花崗岩だろうな。


「物質の圧縮ってどうやるんだ?」

《右手にある装置に対象を触れさせて、魔力を纏わせると後は擬似脳が補助してくれますよ、その情報を元に私が含まれる物質を解析します》

「ふむふむ……」


 俺は頷きながら、拾った石に魔力を纏わせる。

 すると石が右手にある赤い装置に吸い込まれるように消えた。

 そして、俺の身体の中心部分に何かが蓄積された感覚を覚えた。

 それを観察していたオキシーが石の解析をしているのか、くるくると回転していた。


《圧縮された物質を解析します……石英八十パーセント……酸化アルミニウム十パーセント……鉄五パーセント……三パーセントの魔導鉱物とその他微量なカルシウムなどが数パーセントずつありますね》

「お、そんだけ石英が含まれているなら、やっぱりこの辺りの地質は花崗岩っぽいな。 しかし魔導鉱物ってなんだ?」

《魔力を蓄積する鉱物の事ですね。 オリハルと呼ばれるものがありますが、貴方の骨格もその物質で作られていますよ?》

「へぇ、そうなんだ」


 基本的な物質は元の世界と同じようだけど、よく知らない鉱物もあるのね……。

 この辺りの知識はオキシー頼りになりそうだ。


《圧縮したものを放出するときは、先ほどの魔力で覆ったものを左手の外に放出する感覚で出来るはずです》

「ふむふむ、試してみよう」


 そう言って俺は体内にあった蓄積された感覚の物を左手の方に移動させた。

 すると、左手の装置から、するりと魔力に包まれたものが出てくる感覚を覚えると、ぽとりと先ほど石が落ちた。

 なるほどな、体内の魔力空間っていうのはこういう感覚か。

 こりゃ便利だ、所謂アイテムボックス的な使い方が出来そうだな。


《これが、物質の圧縮による保存ですね。 応用で、先ほどの説明の物質の化合も可能です。 それがマテリアライズ化となります。 また含まれている物質の抽出も可能です。 マテリアライズ化するときは私が補助いたしましょう》

「お、じゃあ今度試してみよう。 これで一通り性能確認は出来たかな?」

《本来アニマキナにはそれぞれにカスタマイズされた武器やオプションパーツなどもあるはずですが、あの施設内には有りませんでした。 ですので、基本性能しか試すことが出来ないのが残念です》

「専用装備とか、何て胸熱な事を……」


 なにそのかっこいいの。

 他のアニマキナの先輩方は、身体以外にも専用の武器なんか持っていたのか。

 俺にも何か有れば良かったのだが無いみたいだ。

 まあ、それは仕方が無い。

 倒すべき敵も居ないのに過剰な武器なんて要らなかったんだろう。

  こうして俺は、少しづつだが自分の身体の性能を理解していくのだった。

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