第21話 俺は浪漫溢れる風景を見たい
正座というのは、思っていた以上に辛いものである。
俺の身体は疲れる事は知らないが、それでも精神に来るものがあるのだ。
今俺は、鬼の形相のヒーリィさんの前で、死んだ目をして正座をしている。
「お母さんはお泊まりするなんて、聞いてませんでしたよ!」
「ハィィ……スイマセン……」
「それにアインスさんに聞きましたよ! 危ない事しちゃダメでしょ!」
「ハィィ……スイマセン……」
「ハイドラちゃんに、お友達が出来たのは嬉しいけど、それとこれとは別ですよ!」
「ハィィ……スイマセン……」
「ハイドラちゃん! 本当に聞いてます!?」
「ハィィ……スイマセン……」
フェルトの村に戻って来て、最初に会ったのはやはりヒーリィさんであった。
彼女は村の門の前に居た。
俺はそんな彼女に気軽に声を掛けたが、ものすごい突進をしてきて、そのまま抱きしめられた。
そしてすんすんと泣き始めるのである。
そして耳元で、心配したとか、お母さんのこと忘れてない? とか囁くのである。
表情は良く見えなかったのが逆にホラーだ。
俺は逃げるためにもがいたが、そのまま抱きしめられたまま村の集会所へと連れて行かれたのであった。
その後は、アインス君からの報告会となったが、その時は静かに聞いているなと思って安心していた。
だが、アインス君が話し終えると同時に『ハイドラちゃん……そこに座りなさい……』と鬼の様な形相で静かに言われたのだ。
その声と表情に全身が凍りついた。
そして今に至るということだ。
俺は頷く機械となり果てていた。
だが、そこに助け舟が出される。
《……ヒーリィ様、その辺りで》
「オキシー……」
《お約束したでありませんか、お褒めになると、ハイドラは頑張っていましたよ》
「でも……」
《確かに、無断で外泊は責めるべき事です。 ですが、怒るだけでは良い子育てとは言えません》
「……そう、だよね」
《お分り頂けましたか、では、ハイドラに今回のお使いのご褒美をお上げ下さい》
「分かったわ……ハイドラちゃん、お使いありがとうね、よく出来ました!」
「アッハイ……」
《ヒーリィ様、ご立派です》
そう言って満面の笑みを浮かべた、ヒーリィさん。
どうやら俺は許された様だ。
だが、俺の心は完全に死んでしまった様だ。
そしてそんな俺から目を話し、ヒーリィさんは一緒に着いてきた、ツヴァイちゃんとドライちゃんを見て話しかけた。
「そういえば、この子達は水人族(イプピアーラ)と樹人族(トレント)なのね?」
「はい! ヒーリィ様! 私がツヴァイです!」
「……ドライです」
「二人共、私の知っている魔族と同じ姿ね」
「私達はハイドラ様より、継承の儀を受けて進化した者達です! そして、ハイドラ様にお仕えする様、村長より言われて来ました!」
「……来ました」
「え!?」
待て待て!?
仕えるって何さ!?
君達は小土族(ノーム)の村へ案内してくれるだけじゃないの!?
俺は鼻息荒く、そんな事を言う二人に叫ぶ。
「ちょ、ちょっと二人とも!?」
「私は、その様に聞いておりましたが?」
「え!? そうなのアインス君!?」
アインス君のその言葉に驚く。
というか、何でアインス君は知ってる!?
俺の知らない間に、そんなやりとりしていたのか!?
「サルファーさん、そんな事言ってたか!?」
「ええ、彼女らを是非、ハイドラ様の従者として、お連れ下さいと仰っておりましたが?」
「そんなぁ……二人はそれでいいの?」
「はい! 我らはハイドラ様にお仕えしたく思います!」
「……思います」
「アッハイ……」
元気良く頷く二人に、俺は何も言えなくなった。
傅かれるのは森人族(エルフ)だけで十分なのだが……。
ネルケの村で食べたお魚、美味しかったなぁ……。
俺は目の前の現状に、そんな風に現実逃避を始めそうになる。
そう言えば、小土族(ノーム)の村って何処にあるんだろう。
サルファーさんには聞き忘れてしまっていた。
まあ、案内の為にサルファーさんは二人をこの村に送ったのだろうけど、まさか従者として送ったのだとは思わなかった……。
「そう言えば小土族(ノーム)の村って、どの辺にあるんだ?」
「小土族(ノーム)の村は此処から、山脈に向かって二日程歩いた先の山の麓にあります!」
「結構遠いんだな……」
ツヴァイちゃんが元気良く教えてくれた。
しかし二日か……。
チラリとヒーリィさんを見る。
今回は置いてくわけにはいかんよなぁ……。
そう思って俺はヒーリィさんに話しかけた。
「ヒーリィさ……」
「お母さんです」
「アッハイ……」
被せて言ってきたぞこの人……。
もういいや……どうにでもなぁれ……。
俺は、死にそうになる心を何とか持ち直して続ける。
「……お母さん、実は魔族や、昔のことを知っていそうな人の情報を、ネルケの村の村長さんから聞いたんだけど……」
「え? そうなの?」
「うん、それで……あの……その……」
「ハイドラちゃん?」
「その人が居るのがその小土族(ノーム)の村に居るらしくて……」
「うん? それで?」
「それが此処から二日程掛かるらしいんだ……そこに行きたいなー……なんて……」
「……」
少し長い沈黙が流れる。
ヒーリィさんの表情は、髪に隠れて見えない。
そしてその腕が上がり、俺へと向かう。
やっぱり怒られるか……?
俺はそう思い、断罪を待つ囚人の様に目を瞑った。
だが、いつまで経っても、思っていた衝撃は無い。
その代わりに頭を優しく撫でる感触。
「え?」
「……ハイドラちゃん、私は確かに、今回無断でお泊まりした事には怒りました。 ですがそれは事前に言わなかったからです。」
「……」
「今みたいにちゃんと言ってくれれば、私だって納得するわよ?」
「……ヒーリィさん」
「お母さんです」
「お母さん……」
そう言って、優しく俺の頭を撫でるヒーリィさん。
良かった、どうやら怒られることは無さそうだ。
ヒーリィさんの慈愛の表情に最後には、ついに違和感無くお母さんと呼んでしまった。
「ですが、次回は私も着いていきます」
「え!?」
「何ですかその表情は?」
「いや、一緒に来るんですか?」
「ダメなのですか?」
いや……ダメというわけでは無いのだが……。
俺は、ヒーリィさんがこの村から出るとは思わなかった。
せっかく、千年の眠りから目覚め、同族であるエルフの村に会えたのだから、そのまま一緒に暮らすのが良いと思っていたのだが……。
だが、その俺の戸惑いにヒーリィさんは優しく微笑み言う。
「クローリンも私に言っていました。 世界がどうなっているか、貴方と一緒に見て欲しいと……」
「……」
「だから、私もこの世界がどうなっているか知りたいのです。 貴方と一緒に……」
「……俺と一緒にか……」
俺は、まだどこか、この世界に来たことを夢か何かの様に思っていた。
だが、ヒーリィさんの言葉に少し思う。
彼女は俺と一緒に世界を見たいと言った。
それは俺を創ったクローリンさんの願いでもあるのだろう。
彼は俺に自由に生きて良いと言った。
それは彼の本音でもあるはずだ。
そして、ヒーリィさんと共に世界を見て欲しいというのも本音だろう。
二人の願いを込められたこの身体に転生した俺は、どうすれば良いか。
考えるまでも無かった……。
俺は決意を込めて、ヒーリィさんに言う。
「……分かりました、一緒に世界を見に行きましょう」
「……ハイドラちゃん」
「……俺は正直、この世界に来て、未だに少し戸惑っていたんです」
「うん……」
「まだ夢かもしれないと思うこともあります。 今日眠れば、元の世界で病院の一部屋で目覚めるのではないかと……」
そう、俺はこの世界に来ても、まだどこか夢か何かの様に思っていた。
本当は元の世界で生きていて、夢を見ているだけ……。
そう思っていた節がある。
だが、ヒーリィさんやオキシー、アインス君やツヴァイちゃんやドライちゃん、それに村の皆はこの世界で生きている。
だからこそ、俺は森人族(エルフ)の村の人、それに樹人族(トレント)の人達や水人族(イプピアーラ)の人達に継承の儀を行った。
俺に優しくしてくれた人達が少しでも生きやすい様にと……。
そう願って。
「そう……だよね」
「ですが、ヒーリィさんやクローリンさんの思い、それに村の皆の生きる姿を感じて、ここは現実なのだと……今はそう思います」
「……うん」
「だから一緒にこの世界を見に行きましょう」
「……うん!」
正直、まだ俺にどんな事が出来るかは分からない。
でもきっと大丈夫だろう。
魔族の人達も良い人ばかりだ。
この人達と一緒に暮らしていくのは楽しそうだ。
この世界に来てから、俺は流されるままに、現状を生きてきた。
もうそろそろ、俺の今後の指針を決めても良いだろう。
俺は……魔族の皆と一緒に楽しく暮らしていきたい。
それにはもっと魔族の事を知らなくてはいけない。
元の世界に未練は正直ある。
例えば作れなかったあの川に流されたジオラマとか……。
そこまで考えて俺はあることに気づく。
あのネルケの村のあった美しい大きな湖。
それは俺が作りたかった、あのジオラマの風景に似ていた。
美しいの水の都。
そして閃く。
その光景をあそこに創ってみたい。
好きに生きていいと言われた。
俺の元の世界の持つ知識もある。
イケるんじゃないか?
そう思った。
そうだ、せっかく魔法もある世界なのだ、それに俺の身体は人類最強の兵器だという。
だったら、俺の好きな光景を創ってみるのも悪くなかろう。
とりあえず、あの湖に水の都を創ろう。
ヒーリィさんが世界を見るという願いも叶えてあげたいが、そのついでに俺の願望も叶えても良いだろう。
《その時は私もお手伝いしましょう》
「……オキシー」
《それに、森人族(エルフ)や樹人族(トレント)や水人族(イプピアーラ)の皆様もハイドラにきっと協力してくれますよ》
「はい、私もそのお手伝いをさせていただきます」
「勿論です! 私達も、お手伝い致します!」
「……致します」
「アインス君に、ツヴァイちゃんに、ドライちゃん……」
そうだ、俺にはオキシー達もいる。
一人じゃ無い。
皆の協力があれば、俺の願いを叶えることもできるかもしれない……いやこれは俺の我儘だな。
皆には少し理解できないかもしれない。
「……皆、少し我儘言って良いかな?」
《何でしょうか? 私は貴方のサポートAIですよ? 我儘でも何でも仰ってください》
「ハイドラ様、私は貴方の為に生きると決めたのです。 何でも仰ってください」
「私達も貴方の従者なのです! 従者とは主人の我儘を叶えて差し上げるのが仕事です!」
「……仕事です」
そう言ってくれる皆を見る。
その皆の顔は、頼もしく思う。
そうして俺は決意して言う。
「俺は、皆と一緒に楽しく暮らしていきたい。 それと同時に、俺の夢も叶えたいんだ」
「ハイドラ様の夢?」
「そう、この世界で浪漫溢れる風景を作りたいんだ」
「浪漫?」
「そう、浪漫」
そう言って、首をかしげる皆。
今は分からなくて良い。
だが、皆きっと分かってくれる。
《浪漫という情報は私の記録にもありませんが、興味があります、私にもその情報を教えて下さい。》
「何だか分かりませんが、私達もハイドラ様の夢を叶えるお手伝いをさせて下さい」
「私達もお手伝い致します!」
「……致します」
「皆ありがとう……」
皆、俺の漠然とした願いを聞いて、それを手伝ってくれるという。
その優しさに、俺の無いはずの心臓がなった気がした。
「……今思ったら、貴方のやりたい事を初めて聞いた気がするわね」
「ヒーリィさん……」
「お母さんよ……と言いたい所だけど、今はいいわ……貴方の願い、私も一緒に叶えてあげましょう」
「うん……」
優しいヒーリィさんの言葉が胸に沁みた。
俺の願いはまだ漠然としたものだが、
それでも、まずはやりたい事が見つかった。
この世界で、元の世界で作ったジオラマの様な浪漫溢れる光景を作るのだ。
こうして、俺はこの世界で生きるための願いを定めたのであった。
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