第20話 帰りは恐い?

 俺とアインス君達エルフは、来た時と同じ森の中を歩いていた。

 あの後、俺たちは小木精族(ニンフ)さん達の村……いや樹人族(トレント)さん達の村で魚や貝が沢山入った汁物を朝ごはんとして美味しく頂いたのだが、アインス君達も何時迄も村を開けるわけにはいかない。

 食事の後に直ぐに出発したのだった。

 サルファーさん達は名残惜しそうにしていたが、俺達はまた来ると言って村を出たのであった。

 お土産に余った魚を煮て作った、佃煮みたいな保存食や日持ちする様に干されていた魚。 それに樹人族(トレント)さん達が育てていた、椎茸に似たきのこを沢山頂いた。

 何とも気持ちの良い人達であった。

 湖も美しかったし、ちょっとしたリゾート気分のお出かけであった。

 そして、そんな上機嫌な俺に大きな声を掛ける者が居た。


「ハイドラ様! お荷物は私がお持ち致します!」

「……私もお持ち致します」

「えぇ!? 女の子に荷物持たせるなんて悪いよ……」

「いいえ! 是非とも私共にお任せください!」

「……お任せください」

「アッハイ……」


 そう言って、俺が持っていた袋を奪う様に持つ二人。

 中にはおやつとして取っておいたアププの実や服などが入っている。

 袋は麻の様な素材のもので、アインス君達、エルフがくれたものだ。

 そして俺の荷物を持った彼女らは、水人族(イプピアーラ)であるツヴァイちゃんと、樹人族(トレント)のドライちゃんである。

 何故彼女らが、俺たちに同行しているのか。

 ドライちゃんはサルファーさんに言われて、俺を小土族(ノーム)の村へと案内してくれる為に、まずは森人族(エルフ)の村、つまりアインス君達の村へと滞在することになった。

 そしてツヴァイちゃんは彼女の父、アーガンさんより言いつけで共に同行する事となった。

 アーガンさんは『受けた恩を返さねば、我らの名が廃るではないですか!』と、その有り余る筋肉を脈動させて俺に言って来た。

 ちなみに少し前前屈みになり両腕と胸筋に力を入れる、マスキュラーの様なポーズだったと思う。

 俺は、実にいい笑顔でポーズするアーガンさんに、何とも言えない微妙な表情で『アッハイ』と頷くしかなかった。

 そういう事で、二人はしばらくアインス君達のフェルトの村へと滞在することとなった。

 そして二人は何故か、俺の従者の様に振る舞うのであった。


「あの……二人とも、無理しないでね?」

「何を仰います! 無理などしておりません!」

「……おりません」

「アッハイ……」


 こんな調子で、二人は示し合わせたかの様に行動する様になった。

 アインス君は自分の仕事を奪われてショックを受けていた。

 しかし、暫くすると二人を見守る兄のようになった。

 彼には妹のフローリンちゃんが居るから、二人の事も妹の様に感じているのかもしれない。

 そうして森の中を歩いていたが、来るときにヒポグリフが襲来した拓けた場所に出た。

 そう言えば、あのヒポグリフは無事に帰れただろうか?

 というか何故、怪我をしていたのだろうか?

 翼が火傷していたのも気になるな……。


「アインス君、そう言えばヒポグリフって森に住んでるの?」

「いえ、祖父からは山脈の方に住んで居ると聞いたことがありますね」

「あ、そうなの?」

「はい、森には殆ど降りて来ることは無い、とも言っておりました」

「ほーん……」


 じゃあ何故にこんな所に?

 そんな風に疑問思って首を捻る。

 アインス君も疑問に思ったのだろう、俺と同じ様に首を捻る。


「誇り高いが礼儀を尽くして対応すれば、敵対することは無いとも聞いていたのですが……あの様に威嚇されて私達も驚きました」

「確かに威嚇されたけど、結局襲われる事も無かったからなぁ。 俺に敵意が無いと直ぐ気付いていたみたいだし、相当頭の良い生き物なんだろうな」

「あの時はヒヤリとしました」

「まぁまぁ、何事もなかったんだからさ」

「いえ、今後はあの様な危険な事は控えて頂きます」

「えぇ……」

「村に帰りましたら、ヒーリィ様への報告もありますからね、しっかりと怒られてください」

「アッハイ……」


 そうだった、そんなイベントがあるんだった……。

 その光景を思い浮かべて、憂鬱になり、拓けた空を見上げる。

 すると、かなり遠いが、旋回する様に動く二つの黒い点が見えた。


「んん?」

「どうされました、ハイドラ様?」

「いや、あれ……」

「あれとは?」


 その黒い点を指差すと、アインス君は見えてないのか、目を細める。

 ああ、そうか、俺の感覚って普通より鋭いって、オキシーが言っていたか。

 だが、その黒い点は少しづつ大きくなり、その姿がはっきりと見え始めた。


「あれ? ヒポグリフじゃないか?」

「え!?」


 黒い点が近づいて来て、大体の姿が見えたのでそう言う。

 あの鷹の様な上半身と、馬の様な下半身の生物はヒポグリフで間違いない。

 だが二頭居るぞ?

 一匹は、翼の一部が禿げているから、間違いなくあの時のヒポグリフだろう。

 もう一匹は、それより一回りほど小さいかな?

 その二頭は、以前降りて来た時と同じように、一度木の高さほどで停滞した。

 前足の鉤爪に鹿らしき生き物を掴んでいる。

 アインス君達エルフは、俺やツヴァイちゃんとドライちゃんを庇うように前へと出た。

 二頭のヒポグリフはその後、ゆっくりと降りて来た。

 そして、持っていた鹿の様な生き物を地面に置く。

 その後、地面に置いた鹿を、嘴でこちらの方に寄せてきた。


「んん? これは、持ってけってことか?」

「……その様ですね」

「クルクル……」


 大きい方はじっと俺のことを見て、促す様に鳴いた。

 寄り添う様に居る小さい方は、大きい方の翼のハゲた部分を舐めてこちらを見る。

 小さい方は、もしかして奥さんか?

 ふーむ、察するに怪我治してくれて、ありがとう……かな?

 でも、持って来てくれてたのは、ありがたいんだけど、この鹿っぽいの結構でかいぞ?

 持っていけるか?


「アインス君、あの鹿っぽいの村まで運べる……?」

「……中々立派な獲物ですね、サルファー殿達から頂いた荷物が無ければ大丈夫でしょうが、我々だけでは難しそうですね……後で村から人手を出しましょう」

「そうだな……そうするか」

《何を言ってるのです、ハイドラ?》

「ん? どしたのオキシー?」


 そんな風に、俺とアインス君が相談しているとオキシーが口を挟んできた。


《ハイドラ、貴方の性能であれば、あの程度を運ぶことなど、造作もないことでしょう》

「そういや、俺、兵器なの忘れてたわ」


 オキシーに言われて気づく。

 殆ど人間と同じ感覚で居るからつい忘れてしまうが、俺は最強の兵器なのだ。

 あの程度、持てないはずがない。


「あの獲物は俺が運ぶよ」

「え!? それなら私達が運びますよ!」

「……ますよ」


 それにツヴァイちゃんとドライちゃんが待ったを掛ける。

 いやいやいや、流石に二人には無理だろう……。

 そう思ったが、二人はヒポグリフの方へ歩いていった。

 慌てて俺も着いていく。


「昔、父さんと母さんと一緒に、これよりも大きな魚を取った事もあります! この程度ならば!」

「……ならば」


 そう二人は言うと、ドライちゃんが腕から蔓の様な物を出して、鹿っぽい獲物の両足を纏めて結ぶ。

 それをツヴァイちゃんが持っていた木のモリへと括り付けて、御輿の様にして二人は持ち上げた。

 物凄く手慣れているし、全然余裕そうだ……。

 もう俺って、必要ないのでは?

 仕方がない、俺はヒポグリフ達にお礼でもするか。

 そう思っていると、二頭のヒポグリフは俺に、その大きな体を摺り寄せてきた。

 なんかめっちゃ可愛い。


「この鹿? なのかは分からないけど、ありがとうな」

「クルクル……」

「ちょ、くすぐったいのだが……」


 お礼を言うと、毛づくろいする様に髪の毛を啄まれた。

 そうして、ヒポグリフ達から離れる為に歩くと、二頭も同じ様に着いて来た。

 んん?


「なぁ、アインス君、あの二頭、着いて来るんだが?」

「……その様ですね、仕方ありません、このまま村まで連れて帰りましょうか」

「え? いいのか?」

「構わないでしょう。 どうやら、私達に敵対するつもりも無い様ですしね」

「まぁ、それもそうか……」


 たった一日、村からちょっとお出かけしただけで、俺達は倍の数となってしまった。

 まあ、その内二頭は魔族でも人間でもアニマキナでも無いのだが……。

 アインス君も構わないと言ってるから、まあ良いんだけど。

 そんな人数の増えた俺達一同は、何だか騒がしくなりながらも、フェルトの村の帰路へと向かうのだった。

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