第19話 魔族って本当に不思議

 朝日が昇る風景というのは、何処の世界であっても美しものである。

 俺はそんな事を思いつつ、眼前に映る湖と視線の先に見える、森の頭から少しだけ顔を覗かせる太陽を眺めていた。

 小鳥のさえずりが聞こえ、青く広がった空のキャンパスには、所々白い色の雲が塗られている。

 湖からの吹く風は、優しく頰を撫でていった。

 俺は、腰に手を当てて反り返る様にして、背を伸ばす。

 なんとも気持ちのいい朝であった。


「ハイドラ様、白湯をどうぞ」

「うん、ありがとう」


 アインス君が、木で作ったコップに入れられた白湯を持ってきてくれた。

 お礼を言いつつ、その白湯を一口飲む。

 温めただけのお湯であるが、湖の水質が良いのか舌触りが良く、喉を通る暖かさが心地よい。

 村の中では、昨日の宴で使った焚き火の残りで、鍋を温める人たちが居た。

 皆、俺よりも身長が高く、体の一部に枝の様なものを絡ませている。

 それぞれが良い笑顔で談笑しつつも、忙しく動いていた。

 ツヴァイちゃんに継承の儀を行った後、俺はさらに村の人達全員に継承の儀を行った。

 全員で二十人前後と、フェルトの村の人達と同じくらいの人数であった為、時間も掛からなかった。

 その光景を見ていたサルファーさんが、突然泣き始めたのには驚いたが……。

 ともかく俺は、このネルケの村の小木精族(ニンフ)を樹人族(トレント)へと進化させたのであった。

 そしてツヴァイちゃんと、そのご家族も進化させたのだが……。

 ちらりと湖の方に視界をずらす。

 村には湖へと伸びる船橋があるのだが、今そこには、小麦色の肌と体の一部に魚の鱗の様なものが生えている人たちが居た。

 一人の男性と二人の女性だ。


「ファス! ツヴァイ! 我らは今日の漁に行こうぞ!」

「ええ! アーガン!」

「今日も私が一番多く獲るわよ!」

「ツヴァイ! 今日は負けぬぞ!」

「父さん! 私も負けないわよ!」


 そう言って騒ぐ人達を、微妙な表情で見る。

 全員、前の世界で言う、水着の様なものを着ていた。

 女性二人は似た顔立ちをしており、胸と腰を少しだけ隠す布だけだが、二人ともその豊満な身体により、ものすごい光景となっている。

 そして男の方は無地のトランクスの様なものを履いているが、何よりも目に入るのはその肉体。

 健康そうな小麦色の肌と所々生えている鱗は、輝やかんばかりの光沢を放っている。

 まるでボディービルダーの様なポーズを取っているが、動く度に恐ろしい大きさの筋肉が隆起していた。

 確かサイドチェストだったか?

 そんなポージングをしている。

 村にいた三人の小水精族(アプサラス)は、俺の継承の儀を受けて、水人族(イプピアーラ)へと進化したのである。

 彼らは進化したその肉体を余すことなく、太陽のもとに曝け出していた。


「では競争だな! 早くハイドラ様や村の皆の朝食を獲りに行かねば!」

「ええ!! エルフの人たちに渡す、お土産も獲りに行かないとね!」

「腕がなるわね!」


 三人はそう言うやいやな、船橋に置いてあった木の棒の先を尖らせて作ったであろうモリを持って、湖へと飛び込んで行った。

 まるで競泳の飛び込みの様な、美しいフォルムであった。

 そして、水面から少し顔を出すその姿は、まるで漁師と海女さんの様である。

 まあ、ここは海じゃなくて、湖なのだが……。

 さらに大きな水しぶきを上げて潜って行った三人を見て、ぽつりと呟く。


「船、使わないのかよ……」

「普段は使うのですじゃよ。 ですが、進化したのが嬉しいのじゃな、好きにさせてあげなされ」

「まあ、俺は漁の事は分からないんで、口出すつもりもないですけど……」

「ほっほっほ、我ら樹人族(トレント)も、漁は不得意ですじゃからな、まあその内に戻ってきましょうぞ」


 そう言って笑いながら話しかけてくるのは、この村の村長であるサルファーさんだ。

 彼は他の村人とは違い、すでに樹人族(トレント)に進化していた人物だ。

 なので、他の人より幾分か落ち着いた感じである。

 彼は賑やかに村の中で、忙しなぐ動く樹人族(トレント)達の様子に、朗らかな笑顔を見せていた。

 そして、俺のことを見て笑みを深めると、頭を深く下げるのであった。


「ハイドラ様、この度は我らネルケの村の者達に、継承の儀を授けて頂き、ありがとうございますじゃ」

「まあ、俺もすごく歓迎してもらったし、そのお礼も兼ねてですよ」

「ハイドラ様のお優しいそのお心遣い、儂は嬉しく思いますじゃ」

「いやぁーなんか照れるな」

「ほっほっほ、おぉ、そう言えばハイドラ様、昨日お話ししました小土族(ノーム)の村のことについてじゃが……」

「ああ、古いことを知っていそうな人が居るんでしたっけ?」


 確かズィンクさんだったか?

 このサルファーさんより古株という事は、相当なおじいちゃんなのだろうか?

 そう思っていると、サルファーさんは申し訳なさそうな顔をして続ける。


「ええ、本当なら儂自ら案内差し上げたいのじゃが……見ての通り儂の体は年々衰えておりましての。 案内するには体力が足りず、ご迷惑をおかけするやもしれんのですじゃ」

「あぁ……そうなんですね……アインス君は小土族(ノーム)さん達の村に行った事はないの?」

「私も小土族(ノーム)の村には行った事はありませんね。 祖父ならば行ったことがあるはずですが……」


 そうなのか……。

 アインス君が知っているなら、アインス君に案内してもらおうと思っていたけどな。

 そういう事なら仕方がない。

 フェルトの村の村長であるアインス君のおじいちゃんに頼んで、案内してもらうか。

 そう思っていると、サルファーさんは手でこちらを制して笑顔で話す。


「いえ、それについてですが、儂の孫娘に案内をさせようと思いますのじゃ……おーい、ドライや! こっちに来なさい!」


 そう言って村の中心に居た、複数の樹人族(トレント)達に声をかけた。

 その中の一人がその声に反応してこちらに来る。

 髪は長く、片目が隠れている、大人しそうな女の子であった。

 他の樹人族(トレント)さんと同じく、身体の節々には枝の様なものが絡まっている。


「ハイドラ様、こちらが儂の孫のドライでございますじゃ」

「……ハイドラ様、私がドライと申します」

「あ、どうも」


 そういえば昨日、皆に継承の儀を行ったけど、名前までは聞いてなかったな。

 ドライちゃんは恥ずかしいのか、両手をもじもじとしつつ、俯きがちに俺を見ている。


「本当なら儂がこの子に継承の儀を行う予定でしたが、ハイドラ様に行っていただきましたからの」

「え? あの……やっぱりまずかったですか?」

「いやいや、寧ろありがたかったのですじゃ」

「そうなんですか?」

「年老いた儂の魔力では、この子を進化させるだけの魔力を与えらえるか不安でありましたからの。 最悪、儂の命の全てを魔力にして渡すことも考えておりましたのですじゃ」

「え!?」


 そんな事、思っていたのかサルファーさん……。

 じゃあやっぱり俺が継承の儀をして、良かったみたいだな。


「儂は息子夫婦と、この子を連れて、小土族(ノーム)の村へと、良く行っておりましたからの、村までの森の道も、この子なら覚えておるじゃろう。 そうじゃな? ドライ」

「……うん、分かるよ、おじいちゃん……」

「ほー」


 そう言って、少し張り切った様に両手を胸の前で握るドライちゃん。

 引っ込み思案みたいだけど、やる気はあるみたいだ。

 どうやら道案内は、大丈夫そうだな。

 お任せしよう。

 そんな会話をしている俺たちの所に、ツヴァイちゃん達がやって来た。


「皆! いっぱい魚、獲れたよ!」

「ツヴァイよ! 我が娘ながらやりおるな!」

「父さんこそ!」

「ファスもやるではないか!」

「アーガン、それは私のセリフね!」


 水に濡れた体のまま、笑顔で木箱を両手に抱えている水人族(イプピアーラ)の三人。

 中には沢山の魚が入っている。

 どうやら漁も終わった様だ。

 あんな短時間で、よくもまあこんなに魚を獲れるもんだ。


「おお、ツヴァイにアーガン殿、それにファス殿もありがとうございますじゃ。 では、皆で朝食の準備を始めましょうかな」

「我らも手伝おう!」

「では、私達も手伝いましょう」


 ツヴァイちゃんの両親であるアーガンさん達も朝食作りに参加するらしい。

 それを聞いてアインス君達、エルフも手伝いを買って出る。


「あ、じゃあ俺もなんか手伝うかな?」

「いえ、ハイドラ様は我らの恩人でございますのじゃ。 こちらはお任せいただき、ごゆるりとお待ちくだされ」

「えぇ……じゃあお言葉に甘えようかな……?」

「ほっほっほ、もちろんですじゃ」


 どうやら、俺はもう少しゆっくりと出来るらしい。

 大分、太陽も上がってきた様だ。

 光で輝く湖の水面を眺めると、静かに風が吹いて、ゆらゆらと水面に波が起きる。

 その波がさらに光を乱反射させて、まるで星の様に輝いた。

 ここは平和な時間が流れている。

 俺は、賑やかに朝食の準備を始める皆を見て、穏やかな笑みを浮かべるのであった。

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