第18話 ニンフさん達との宴

 夜の湖というのは、少し怖くもある。

 だが、月が映る水面というのは、何処か幻想的な雰囲気で俺は好きである。

 まあ、俺の知っている月は二つもないのだが……。

 そう思い、夜空に浮かぶ二つの月を見上げる。

 俺はこの世界に来て、初めて夜空を見た。

 今までは、深い森の中に居たので気づかなかったが、この世界の月は二つあるようだ。

 衛星が二つあるって、引力とか重力は大丈夫なのか?

 そんな事を思った。

 だが、まあ異世界だし? 大丈夫なのだろう、と気にするのを止めた。

 今、村の中心では大きな火が焚かれ、その周りに俺達とフェルトの村のエルフ、それにこのネルケの村の小木精族(ニンフ)達が、持ち込んだ肉や野菜、そして果物を皆、笑顔で食べていた。

 元の世界で言う、屋外キャンプの様であった。


「ハイドラ様、サルファー殿より魚を頂きました」

「お! 良いね! 久しぶりに魚、食いたかったんだよ!」

「それは良かったです、さあ頂きましょう」

「ありがとう!」


 アインス君がそう言って、大きな葉に魚を乗せて持って来てくれた。

 どうやら葉に巻いて蒸し焼きにされている様だ。

 葉はそのまま皿として使うのだろう。

 渡された魚を、木を削って作ったであろうフォークで魚の腹を割ってみた。

 蒸された魚はやわらくなっており、その身は直ぐにほぐれていった。

 そしてふわりと蒸気が上がると食欲を唆る、優しい魚の香りが漂ってきた。

 ほぐした身を少しだけ掬って口に運ぶ。

 ふっくらとした身は淡白だけど、しっかりと味がある。

 ハーブの様なものと、恐らくアププの実を絞ったものが掛けられてるのかな?

 元の世界にあった、リンゴの様な甘さと香りもする。

 少し変わった味付けだが、悪く無い。

 あるものだけの材料で、シンプルな味付けの料理。

 そして、のんびりと湖を見て、皆とそれを食べる。

 なんて贅沢な時間なんだ。


「いやぁ、キャンプとかやった事なかったけど、意外と楽しいもんだな」

《私も、あの研究施設を出たことは有りませんでしたので、この光景には興味があります》

「そういやオキシーはずっと研究施設に居たんだったな」

《そうですね、外は中々に興味深いことに溢れています》

「ふーん、オキシーは結構、好奇心が旺盛なんだな」

《私は学習が可能なAIですからね、新しい情報は常にアップデートしていきたいのです》

「おー、AIの鏡だな」

《恐れ入ります》


 そんな他愛のない話をオキシーとする。

 そして、風情豊かな湖を見ながら蒸し焼きされた魚を、ちまちまと摘までいると、サルファーさんがやってきた。

 身体に鱗が生えている、小水精族(アプサラス)を一人連れている。


「楽しんでいただけておりますかな?」

「サルファーさん、ええ、お魚美味しいです」

「それは、ようございました」


 ほっほっほ、と相変わらず好々爺な感じのサルファーさん。

 そして、その連れてきた小水精族(アプサラス)の一人の肩に手を置いて上機嫌に言う。


「今日の魚は、この者が獲ったのじゃよ」

「へえ、すごいね君!」

「あ、ありがとうございます」

「名をツヴァイと言い、この村一番の漁の腕なのじゃよ」


 そうして小水精族(アプサラス)の少女?

 髪は短いが、おそらく女の子であろう子は、俺の感嘆の声に恐縮そうにお礼を言った。


「そういえば、小木精族(ニンフ)と小水精族(アプサラス)って一緒に生活するものなんですか?」

「いえ、この村にいる小水精族(アプサラス)は、元は別の村に居た者なのですじゃ」

「え? そうなんですか?」

「えぇ、本当は、この湖のちょうど反対側には小水精族(アプサラス)の村があったのですが、去年、大きな嵐がありましてな。 その時に運悪く村が水没してしまったのです。 それ以来、その村に居た小水精族(アプサラス)は、家族ごとに他の村に避難しておるのじゃよ」

「あぁ……そりゃ大変だったね」

「いえ、皆さん優しくしてくれますし、そのうち皆で、また村を作りますので……」


 何て逞しい子なんだ……。

 そう言えば、小水精族(アプサラス)の進化した人が居ないのは、別の村に行ったからかな?


「小水精族(アプサラス)の継承の儀、受けた人って、今居ないの?」

「え? えぇ、一人、水人族(マーマン)様が居ましたが、今は別の村で漁をしております」

「ふーん……」


 一人だけなんだな。

 なんだか色々大変そうだな……。

 そう思い、オキシーと相談する。


「なあなあ、オキシー、俺って魔力一杯あるじゃん?」

《そうですね、今のハイドラの魔力はマギリアクターエンジンによる生成により、数日前よりも二倍ほど多くなっております》

「え? そんなに増えてんの? 俺の魔力」

《どうやら、ハイドラの魂が受け入れることの出来る魔力の上限は、まだまだ余裕がありそうですね》

「そうなんだ……まあ、それは今は置いといて……なんか、皆大変そうだからあの例の継承の儀だっけ? してあげても良いんじゃないかな」


 そう言うと、オキシーはくるりと一回転する。

 そして頷く様に上下に動いて声を出す。


《まあ、良いのではないでしょうか? 恐らくヒーリィ様も、それをお望みなるでしょうし》

「そうだよな、それにエルフの皆を見れば分かったけど、進化すれば生活も楽になるだろうし、良いこと尽くしだと思うんだよ」

《そうですね、私もその意見には賛成です》

「だよな」


 良し、方針は決まった。

 どうやら、魔族の人達は思っていた以上に良い人が多そうだしな。

 他の村の人達を受け入れる、懐の深さも気に入った。

 そうと決まれば、まずはツヴァイちゃんに提案してみるかな?


「ねぇ、ツヴァイちゃんは、俺からの継承の儀を受けてみたくない?」

「え!? そんな恐れ多い!」

「ハイドラ様……それは……お辞めになられた方が……」


 俺言葉に恐縮する様に首を振るツヴァイちゃんに、驚いた表情で止めようとするサルファーさん。

 だが、横に居たアインス君が、そんな彼らに助け舟を出す。


「良いかと思います、ハイドラ様」

「アインス殿……」

「サルファー殿、我々の村の者達も全員ハイドラ様から継承の儀を受けたのです。 それでもハイドラ様の魔力は尽きるどころか、今も増えているのですよ」

「なんと……」

「うそ……」


 アインス君の話を聞いて、絶句する二人。

 二人の反応から察するに、やっぱり俺の魔力はかなり多いみたいだな。

 そして驚く二人の前に俺は両手から純魔力の塊を出す。

 大きさはアインス君達が進化したのと同じくらいの俺の顔ほどの大きさだ。


「す、すご……すごい魔力……」

「なんという……」


 えぇ……やっぱりこれ多いのかな?

 そう思ってアインス君を見るが、どうぞと言わんばかりに手をツヴァイちゃんに向ける。

 ツヴァイちゃんは、そんな俺たちを様子を見て、覚悟を決めたかの様にぎゅっと目を瞑った。

 良いんかな?

 やっちゃうよ?


「危なそうなら止めるから、辛かったら言うんだよ?」

「いえ、継承の儀は殆どのものが受けれるものではないのです。 この機会を逃せば、もう私は継承の儀を受ける機会は二度と無いでしょう。 なので、ハイドラ様……お願いします……」

「そう……じゃあ行くよ!」


 俺はそう言って、純魔力の塊をツヴァイちゃんへと向ける。

 そしてゆっくりとツヴァイの体に馴染む様にイメージする。

 するとアインス君の時と同じく、一瞬眩く純魔力が光り輝く。

 繭の様に身体を覆っていた純魔力だが、その中でツヴァイちゃんの体は少しづつ大きくなっていった。

 そして光がゆっくりと消えていき、そこに居たのはものすごい美女だった。

 髪は短いままだが、健康そうな小麦色の肌には、所々に鱗が生えている。

 ツヴァイちゃんはゆっくりと目を開けた。

 そしてその青色の瞳に涙が溢れた。


「ハイドラ様……ありがとうございます」


 そう言ってツヴァイちゃんは俺にお礼を言った。

 俺はその涙を流す姿を見て、目を反らす。

 別に照れ臭かったわけでは無い。

 俺の無いはずの心臓が、激しく鼓動を刻んでいる様な気がする。

 別に恋をしたとか、そう言う感じでは無い。

 ならば何故か。

 それは身長が伸びたことによる、体型の変化……。

 彼女はそれによって、他の部分も恐ろしいものへと成長したのだ。

 何処が、と言われれば、女性のある場所と言えば分かるだろう。

 サイズの合わない服は、もはや殆ど意味を成していない。

 こうして俺は無事に彼女を進化させたのだが、そんな恐ろしいもの持つものへと成長した彼女に、俺は戦慄を覚える。

 継承の儀ってやべーな。

 俺はそう思い、目の前で涙を流して喜ぶ彼女から、目を逸らし続けるのであった。

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