第17話 この森の事

 俺の目の前に居る、好々爺としたおじいちゃん。

 サルファーと名乗る彼は、小木精族(ニンフ)の村にいる、唯一の樹人族(トレント)だと言う。

 その彼は俺達を見て、顎の髭を少し撫でた後、口を開く。


「まず、この森はアエテールの森と言いますじゃ」

「あ、それはアインス君に聞きました。 なんでも古い言葉で、空の様に広い森だとか」

「おぉ、そうなのじゃな。 アインス殿は確か、フェルトの村の村長の息子でしたかな? では、森の名前の意味を知っていてもおかしくはありませんな」


 そう言って、アインス君を見て少し笑うとサルファーさんは続ける


「この森の歴史は、儂も先代に聞いたのを覚えているくらいじゃが。 ここから東に見える山脈……クルール山脈の向こうで遥か昔に、戦があったと言い伝えられております」

「戦……」

《……恐らくアニマキナ達と人間、そして魔王率いる魔族との戦争でしょうね》

「はて? アニマキナ……何処かで聞いた様な気もするのじゃが……ですが貴女様の言う通り、人間と魔族との戦だったと言い伝えらえておりますのじゃ」

《やはりそうですか》

「そうでございますじゃ、その戦では人間と魔族、どちらも沢山死に、それはひどい戦だと言い伝わっておりますじゃ。 その戦争で、魔力の強い高位の魔族の殆どが死んだと……そして残ったものは戦火から逃れる為、ちりぢりと散ったと聞いておりますじゃ」


 ふーむ、そういえば俺が起きた施設にあった、クローリンさんの記録でも同じ様な事を言っていたな。

 結局戦争は相打ちだったと。


「遥か昔、このレヴィアターノ湖周辺に今ほどではありませんが、広い森がありましたのじゃ。 そこに我々の祖先である、戦火を逃れた魔族、その九つの種族がそれぞれの村を作ったのが、この森の始まりと言い伝えられていますのじゃ」

「九つの種族?」

「はい、人間との戦争に参加したのも、その九つの種族であるとも聞いていますじゃ。 その種族の名前は、森人族(エルフ)、樹人族(トレント)、殻人族(シェル)、土人族(ドワーフ)、翼人族(セイレーン)、水人族(マーマン)、妖人族(アールヴ)、龍人族(ドラゴニアン)、巨人族(ギガス)だと……。 儂らの始祖様達じゃな」


 そういえば、ヒーリィさんも魔族の名前が違うと言っていたっけ?

 サルファーさんの言う始祖達がヒーリィさんの時代の魔族ということか……?


「最初は、人間からの追撃も有ったそうじゃが……いつの頃か、クルール山脈にはディアラト様や眷属の竜様達がお住みになられて、人間を、クルール山脈の向こう側へと追いやられたそうですじゃ」

「へぇ……」


 どうやら人間はディアラト様とか言う竜に山の向こうに追い出された様だ。

 じゃあ、その後、人間ってどうなったんだろう?

 サルファーさんは知ってるのかな?


「人間って、その後はどうなったのか、知っています?」

「ディアラト様は、『お前達は此処で、彼らには山の向こうで過ごしてもらう』と……。 そう仰られておりましたのじゃ」

「そうなんだ……」

「はい」


 うーむ、どうやらディアラト様という竜が、人間と魔族を別れさせた様だな。

 どうりでエルフの皆から、人間の話題が無いわけだ。

 だけど、その竜の目的がイマイチ分からんな……。

 あれ?

 そういえばサルファーさん、そのディアラト様とやらに会ったことでも、あるような言い方だな?

 ちょっと聞いてみるか……。


「あの、サルファーさんって、もしかしてディアラト様とかいう竜と会ったことがあるんですか?」

「え? えぇ、私達九つの種族の代表達が、年に一度集まる祭りが行われますのじゃ、その時にはディアラト様がクルール山脈より降りてこられます。 その時に会って聞いたことがありますのじゃ」

「え!? そんなのがあるんですか?」

「はい、ディアラト様にお会いできるのは、私の様に継承の儀を受けて、進化したものだけですじゃが……。 その間、各村ではディアラト様を讃える祭りなども行うので、かなり賑やかになりますのじゃよ」


 これは新情報。

 どうやらディアラト様、魔族と交流している様だ。

 しかも他の魔族も年に一度は集まるようだ。

 そこに行けば、他の魔族の人達の話も聞けるかもしれん。


「それって俺も参加できるんですかね?」

「え? えぇ、ハイドラ様はエルフですじゃからの、継承の儀を受けて進化したものならば、誰でも参加はできますじゃ」

「おー」


 まあ俺は、正確にはエルフでは無いのだが、それは良かろう。

 皆、俺のことはエルフと勘違いしてるんだし。

 その勘違いを利用するのは、少し心苦しいが、説明も難しいしな。

 ヒーリィさんも、きっと参加したがるだろうし、俺も参加しよう。


「じゃあ参加してみようかな?」

「ええ、よろしいかと思いますじゃ。 ですが、まだその集まりは、まだ先になりますのじゃが?」

「あ、そうなのか……」

「次の祭りは今より三月ほど先になりますな。 祭りはディアラト様への祈り、そして秋の収穫の感謝と共に、冬への備えと英気を養うのを兼ねておりますゆえ」

「なるほど……」


 どうやら気が早かったようだ。

 仕方がない、その間は他の村とも交流でもしようか。

 ディアラト様は人間のことも何か知ってるかもしれないし、今の間に魔族と関係を深めるっていうのも悪くない。

 そういえば、どうして魔族は小さくなっただのだろう?

 サルファーさんはその辺り知ってるのかな?


「サルファーさん、魔族って昔と今の姿と違いますよね? その辺りって何か知ってます?」

「ふーむ、儂は先代から聞いたことは有りませんでしたな」

「そうか……」

「もしかしたら、山脈の麓にある小土族(ノーム)の村にいます、村長のズィンク殿ならば知っておるやもしれませんじゃ」

「小土族(ノーム)?」

「えぇ、ズィンク殿は継承の儀を受けて進化した者の中で今の所、一番の古株ですからな。 儂よりも古きことを知ってるやもしれませんじゃ」

「へぇ……」


 そうか、小土族(ノーム)さん達とやらに会いに行けば、また何か情報がありそうだな。

 なんかゲームみたいで楽しくなってきたな!


「さて、少し遅くなりましたので、本日は我が村にお泊まりになってはいかがでしょうか?」

「え? いいんですか?」

「ええ、今日、エルフの皆様には、沢山の森の恵みを頂きました。 村の皆も喜んでおりましたし、細やかではありますが宴も行いましょう」

「おぉ、いいですね!」


 どうやら、持ってきた食料は喜んでもらえた様だ。

 さらに宴もしてくれるらしい。

 いや、こういうのは嬉しいね!

 

《ハイドラ……》

「ん? オキシーどうした?」


 そんな風に喜んでいた俺に、何やら心配そうに声をかけてきたオキシー 。

 なんだ?

 どうしたんだ?


《いえ……今日、外泊するとは、ヒーリィ様にお伝えしてなかったと思いまして……》

「あ」


 そんな事を言うオキシー。

 俺の額に、流れるはずのない汗が流れたような気がした。


「い、いや大丈夫だろ? そんな一日くらい……」

《いえ……恐らくお泣きになると思われますが……》

「えぇ……?」


 まじ?

 でも、簡単にその様子が想像できる……。

 

《帰りましたら、一緒に寝てあげてくださいね……?》

「アッハイ……」


 意味不明な罪悪感を感じて、俺はオキシーからの言葉に返答した。

 今の俺は、親に内緒で勝手に外泊する不良少年の様である。

 何故なのか……。

 やはりそのイベントやらなきゃダメ?

 ダメなんだろうなぁ……。

 そうして俺は憂鬱になりながらも、その日は小木精族(ニンフ)の村に泊まることになったのだった。

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