第15話 行きは良い良い

 俺とオキシー、それに数人エルフは、鬱蒼と茂る森の中にいた。

 その森の中を、狩の得意なエルフのナイル君を先頭に歩いている。

 道無き道をゆく、というには些か大げさだが、それでも草や落ちてる枝が多い中、なるべく歩きやすい道を選んでくれている。

 彼は狩が得意なのも相まって、歩きやすい道が感覚で分かっているみたいだ。

 目的地である小木精族(ニンフ)の村へは、彼も良く行くらしい。

 なので、森の中の複数のルートを知っている、彼が案内を勝手出てくれたのだ。

 これはすごくありがたいことだ。

 山登りやハイキングをしたことある人間ならば分かるのだが、素人が変に森の中を歩くのは、実はかなり危険な行為なのだ。

 何故ならば、少しでも正解のルートから外れると、まず戻ってこれない。

 目印を付けるならまだしも、ほとんど同じように生える木に囲まれた中に取り残されれば、方向感覚を失うことは間違いない。

 そうなれば、数日は森の中を彷徨うことになるのは確定する。

 だから俺達が最初にいた施設から出た時も、なるべく目印を付けて、さらにオキシーによるスキャンを欠かさずにいたのだ。

 今もナイル君の案内と合わせて、オキシーのスキャンは続けている。


「ナイル君、小木精族(ニンフ)の村って結構遠いの?」

「いえ、そんなに遠くはないです。 半日も歩けば着く距離ですよ」

「ほーん、しかしこの森ってどのくらい広いんだろう」


 そう言って頭上を見る。

 高い木の枝と葉で、僅かしか空は見えなかった。

 随分と深い森のようだな。


「この森は一週間ほど真っ直ぐに歩けば、出れるほどの広さと聞いています」

「そうなの?」

「はい、そしてアイテールの森と我々は言っております。 古い言葉で空のように広い森という意味らしいですよ」

「へぇ、なんか洒落た意味の森だなぁ」


 アインス君がそう答えてくれた。

 彼は村長の孫という事で、結構博識なようだ。


《私の記録には無い名前ですね。 やはり千年も経てば、その地の名前など変わってしまうようですね》

「そうだろうなぁ」


 オキシーは、この森の名前は知らないという。

 時の流れというのは残酷だ。

 エルフだって、何故か小妖精族(ピクシー)とかいうのになってたっぽいしな。

 それに他の村の種族のことも、オキシーはおろかヒーリィさんも知らなかったのだ。

 ヒーリィさん曰く、なんとなく種族のことは分かるが、名前が違うとのこと。

 もしかして、これって千年間の間に、魔族が退化したとか……なのか?

 魔力なんて不思議なエネルギーがある世界だ。

 無いとは限らないが……。

 そんな会話を続けていると、少し拓けた場所に出た。

 空も見えるほどの結構広い場所だ。


「この先にもう少し行けば湖が見えます。 その辺りに小木精族(ニンフ)の村がありますよ」

「おっ! じゃあ、もうちょっと頑張ってみるか!」


 そう言って背を伸ばす。

 その時、何か空気を切るような音が聞こえた気がした。

 間延びするような、何かの鳴き声のような音?


「ん?」

「どうされました、ハイドラ様?」

「いや、なんか音が聞こえるんだけど……」

「音?」

「皆、聞こえない?」


 皆の反応から気のせいかと思う……。

 ーーーーヒィィィン。

 いや、やっぱりなんか聞こえるぞ?

 そんな俺の疑問をオキシーが答えてくれた。


《頭上、約五百メートル程上空に生体反応があります》

「頭上?」


 そうして空を見ると、何か元の世界の鷹のような生き物が見えた。

 皆も見上げるが、小さい姿は見えるが、音は聞こえないようだった。


《ハイドラはアニマキナとして、普通の生物より感覚が優れているはずですからね。 私のスキャン範囲外の音も捕えたのでしょう》

「そういや俺って、兵器だったわ」

《それよりも、あの生体反応、こちらに近づいてきてますね》

「えっ!?」


 そう言うオキシーに驚き、その鷹のような生き物を凝視する。

 確かにこちらに近づいている気がする。

 しかもなんかこっち見てないか?

 するとだいぶ近づいてきたおかげで、ナイル君達もその姿を捉えたらしい。

 その姿を見て大声で叫んだ。


「ヒポグリフ!?」

「え!? あの空の王者と言われる!?」

「なんでそんなのがこんなとこに!?」


 皆、どうやらアレのことを知っているらしい。

 そいつは木の少し上まで来て停滞した。

 ここまで来れば、その姿がはっきりと分かる。

 鷹のような上半身に、下半身は馬のような生き物であった。

 元の世界でもゲームの中で、同じような生き物を見たことはあった。

 体長は今の俺の身体の三倍はあろうほど大きい。

 翼を含めるとさらに大きいだろう。

 良く見ると所々火傷のような大きな傷がある。

 足の一本からは噛み痕のような傷があり、そこから血も流していた。

 そいつはそれから少しづつその拓けた場所に降りて来た。

 そして俺たちを見て、大きく息を吸い込んで、叫ぶ。


「ガァァァァッ!」


 俺はその威嚇するような大きな鳴き声を聞いて一瞬体が硬直した。

 だが、アインス君達はそれを聞いて素早く動いた。


「お下がりください! ハイドラ様!」

「んぉ?!」

「ナイル! カバル! ボラン!」

「分かってる!!」


 アインス君に突然、体を抱えられて、後ろに下がる。

 その俺たちの前にナイル君と一緒に同行していた、カバル君とボラン君が出る。

 各々が弓を持っている。

 そして慣れたように矢をつがえて弓を引きしぼる。

 その光景を見て俺は焦った。

 そしてアインス君の拘束から抜け出して皆の前に出る。


「ちょ、ちょっと! ちょっと待った!」

「駄目です! ハイドラ様! 前に出ては!」

「ハイドラ様!?」


 驚く皆を手で遮って、そのヒポグリフと呼ばれた生き物を見た。

 そいつは唸るように威嚇しつつこちらを見ている。

 だが、すぐに襲って来る様子はなかった。

 翼の一部が焦げたように黒くなって痛々しい。

 足の傷もかなり深そうだ。


「なぁ、オキシー、なんかすごい怪我してないか、このヒポグリフとかいうの?」

《そうですね、恐らく魔生物のようですが、私の記録には無いタイプですね》

「魔生物?」

《基本的にはペットとして造られた、魔力をベースに生み出された生物ですね。 大きなトカゲのような生き物など、愛好家が多かったと記録があります》

「へぇ……そんなん居たんだな……」


 そんな会話をしている間に、そのヒポグリフと言われる生き物は足が痛いのか、その場に座ってしまった。

 そして俺たちがそれ以上襲って来る様子がないのが分かってきたのか、グルグルと唸り声をあげて、警戒しつつも足の傷を舐めている。

 後ろではアインス君を筆頭にエルフ達がはらはらと心配しつつ様子を見ていた。


「俺、実は動物って結構好きなんだよな」

《そうなのですか?》

「お前のことも、犬って動物のペットみたいに思ってたりもするぞ?」

《はぁ、私は、動物ではなくサポートAIですが?》

「まぁまぁ、それで相談なんだけど生物の傷って魔力でどうにか出来たりしない?」

《可能は可能です》

「え!? 本当に!?」


 言ってみただけの俺は、オキシーのその言葉に驚く。

 魔力万能すぎぃ!


《ですが欠損までは無理ですね。 生き物にとって純魔力は生命力に似ていますからね。 純魔力を活性化させれば、自己治癒力を高めて傷を癒すことぐらいは出来るでしょう。 私も元医療用AIなので知識はありますし、治療も可能です》

「おぉ……じゃあこのヒポグリフを治してあげることも……?」

《このぐらいなら自己治癒力を高めるだけで大丈夫でしょう。 傷は少し残るとは思いますが》

「さすがオキシーさん! じゃあ治療してあげて!」

《ですが、警戒されてません? 素直に治療を受けていただけますかね?》

「それもそうか……いや、俺も実家で犬を飼っていたんだ、ペットの扱いには慣れているさ!」

《野生の動物と人に慣れたペットでは勝手が違うと思いますが……》

「だいじょーぶ! だいじょーぶ!」


 そう言って俺とオキシーはヒポグリフに近づく。

 攻撃されない事に少し警戒を解いていたヒポグリフだったが、俺達が近づくと、またグルグルと唸っていた。

 警戒する動物っていうのは、お腹とか首とか、急所になる所を触られるのを嫌がる。

 こういう時は、まずは無闇に触らず、自分に敵意が無いことを、まず教えてあげるのだ。

 だが、結構頭の良い動物のようだ。

 完全には警戒を解いていないが、こちらの敵意が無いのを気づいたようだ。

 すんなりと近くまで来れた。


「グルグル……」

「痛そうだなぁ……」


 ヒポグリフは嘴の先から小さな舌を出して、足の傷を舐めている。

 その様子を、触らずに少し覗くように見てみる。

 

「まずは一番酷そうな足からかな?」

《そうですね、どうやら暴れることもなさそうなので、試してみます》

「ほいほい」


 そう言ってオキシーはヒーリィさんを診察した時のような光を出す。

 その光を見てヒポグリフは一瞬、グルゥ! と警戒高めるように鳴いたが、痛々しい足の傷にその光が当たると、流れていた血が止まる。

 そして塞がった傷をヒポグリフは不思議そうに舐めていた。


《どうやら、傷は塞がったようですね》

「おー! さすがオキシーさん」

《ありがとうございます》


 どうだと言わんばかりに、オキシーはくるりと一回転する。

 そういう所が犬っぽいんだけどな……。

 そして、ヒポグリフは足の様子を確かめるように立ち上がる。

 

「グルグル……」

「こっちもだってさ?」

《了解致しました》


 ヒポグリフそう鳴いてこっちもと、翼の焦げている部分を舐めた。

 やっぱり頭良いな、この生き物。

 そうして同じように翼へと光を当てるオキシー 。

 すると焦げた部分の一部の羽が抜けてしまった。

 どうやら、自己治癒力による代謝で羽の一部が抜けたようだ。

 ヒポグリフは、それを見て翼の様子を確かめるように大きく広げた。


「クルクル……」


 そして甘えるような声を出してきたヒポグリフ。

 もう大丈夫っぽいな。

 ばさりと一度大きく羽ばたくと、少し助走をつけて走る。

 そして、そのまま来た時と同じように空へと上がって、飛んで行ってしまった。

 

「達者で暮らせよ!」

《さようならですね》


 そう言って俺達はヒポグリフを見送る。

 すぐに行ってしまったのは少し寂しいが、仕方がない。

 野生の動物だ、帰るべき場所もあるだろう。

 良いことしたと、気持ちのいい笑顔をした俺。

 そんな俺に声をかける者がいた。


「……ハイドラ様」

「んお!?」


 振り返ると、何だか怖い顔のアインス君が居た。

 何!?

 驚くからその顔止めて欲しいんだけど!?


「ハイドラ様……私はヒーリィ様より言いつけられていることがあります……」

「え!? ヒーリィさんから!?」

「はい……もしハイドラ様が無茶なことをしたら、私に全て報告するようにと……」

「ヴェ!?」

「今回のことも報告させていただきますね……?」

「えぇぇぇ!?」


 何それ!?

 いやいやいや!?

 これは無茶じゃないよ!?

 ちゃんと無事だったじゃん!?


《ハイドラ……》

「オキシー?」

《私も説得しますから……》

「そんな説得しなきゃならんことが起きんの!?」

《大丈夫です。 しばらく一緒に寝るとかすれば、ヒーリィ様も安心するでしょう》

「全く俺が安心できない!?」


 せっかく怪我をした動物を助けるという一大イベントを達成したのに!

 報酬は、どうやら村に帰ると、俺の精神が死ぬイベントが起きるらしい。

 そんな俺の叫びは、森の静けさの中に溶けていったのだった。

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