第14話 村での歓迎

「ハイドラ様、こちら村で取れた野菜のスープでございます」

「うん、味が染みて美味しいね……」

「ハイドラ様、こちらアププの実を煮詰めて作った、甘いジャムでございます」

「うん、甘くて美味しいね……」

「ハイドラ様、こちら昨日狩に行ったものから頂きました、鹿の一番美味しい部分の串焼きでございます」

「うん、香ばしくて美味しいね……」

「ハイドラ様、こちら去年採ったハチミツを熟成して作りました、蜜酒になります」

「うん、良い香りで美味しいね……」


 俺の周りには、数人の若い男女が侍っていた。

 全員金髪の髪と尖った耳を持った、ものすごいイケメンと美女の集団である。

 そう俺は、そのエルフの集団による接待を受けていた。


「……何でこんなことに……」


 村で一番広い、集会所のような場所の奥で、少し高い位置にある座布団の上に座らせられている俺は、目のハイライトを消して様々な料理や飲み物を頂いている。

 そして俺に侍る集団を見てため息をついた。

 俺の周りにいる集団は、その様子に不思議そうにしていたが、更に俺の世話を続ける。

 ちなみに俺が飲食できることは、オキシーとヒーリィさんが教えてくれた。

 何でも、食事は生物としての必要なプロセスの一つだと。

 アニマキナを造った研究者達はアニマキナを人間として扱うために、そういった生物が生きる為のプロセスを行えるように造っているとのこと。

 しかも味もちゃんと分かる。

 正確には食物に含まれる成分を分析して、大体の味としての情報を擬似脳に信号として送っているとのことだった。

 でも食事が出来るのは正直ありがたい。

 元の世界でも食事は最大の娯楽って言うくらいだ。

 寿命の無いらしい俺は、少しでも楽しみを持っていた方が良いだろう。

 死んだ後に、せっかくこうして生き返ったんだから、生きることに飽きるなんて事にならない様にしよう。

 人類最強の兵器だけどもね……。

 しかも排泄はしなくても良いらしい。

 食べたり飲んだりしたものは、すべて分解してマキリアクターエンジンにより、魔力に還元するらしい。

 さっすが人類最強の兵器!


「ハイドラ様? お身体の加減が悪いのでしょうか……?」

「あぁ! 大丈夫だよフローリンちゃん! 気にしないで!」

「そうでしょうか……?」


 俺が唸ったり、ため息を吐いていると、心配そうな声をかけてくる女の子が居た。

 その声の持ち主は、物凄い可愛い、金髪美少女となった元の世界の中学生くらいの身長になった、フローリンちゃんだ。

 アインス君の妹である彼女もエルフへと成っているのには理由がある。

 あのアインス君をエルフへと進化させた事件の後。

 俺は気づいてしまったのだ。

 アインス君が進化できる魔力は、俺のその時の全力、たったの三十分の一程度だ。

 そしてこの村の人口は大体二十人を少し超える程……。

 それを考えて思った。

 あれ? 別に全員進化させても大丈夫じゃね? と。

 そう思って、即座にアインス君の隣にいた長老さんをエルフへと進化させた。

 そして集会所の周りで様子を見ていた人たちに、純魔力を与えて行った。

 出会う村人に、片っ端から魔力の塊をぶつける少年。

 誰がどう見てもホラー映画です。

 本当にありがとうございました。

 だがそのおかげで、村にいた全ての小妖精族(ピクシー)は無事全員、森人族(エルフ)へと進化したのであった。

 その結果、村の人たちは俺のことを神か何かのごとく崇めるようになり、今のように恭しく俺達の世話を始めてしまった。

 そうして数日が過ぎて行ったのだ。

 隣の座布団にはヒーリィさんも居る。

 彼女も目を白黒させながらも、恭しく扱われている。

 そしてもう一つ隣に、オキシーもいた。

 いつも浮いているオキシーも、今は座布団の上に乗せられて、葉っぱを折り重ねた団扇のようなものを仰がれている。

 どこの王族やねん……。

 俺は元の世界でも小市民であった。

 こんな隅にも置けない扱いをされて嬉しかったのは、最初の数時間のみ。

 その後の数日間は、もはや地獄であった。

 何をしようとしても、私が! いえ俺が! と訴えてくる彼ら断るのは、意外と精神を削る。

 なぜなら断ると泣きそうな顔でとぼとぼと離れていく。

 そんな顔をされて知らん顔をできるほど、俺の精神は図太くない。

 やっぱりおねがいしちゃおっかなぁ! と言うことを続けて、はや二週間以上が経っている。

 彼らはエルフへと進化することによって、身体能力も上がったのか、狩へ、農業へと精力的に働き始めた。

 その有り余る体力により森に入り、食料も沢山採ってくるようにもなった。

 これにより食生活も改善されたのか、皆健康そうな顔をしている。

 だが、俺の精神は、皆の楽しそうな顔とは裏腹にガリガリと削れていた。

 そして今、その感情は爆発する。


「こんなことじゃアッカーン!!」

「ハイドラちゃん! 食事中は騒がないの!」

「アッハイ……」


 勢いよく立った俺に、ヒーリィさんの声がぴしゃりと響く。

 そしてゆっくりと坐り直す。

 俺は相変わらず、この人には子供の様に扱われていた。

 というより、俺が一人でアインス君たちを助けに行った後から、よりひどくなった気がする。

 何かにつけて、あれやこれやと世話を焼く。

 今朝の着替えも、他の世話をしてくれたエルフの人を押しのけて、彼女に服を着させられた。

 ちなみに今着ている服は、他の村に布を作る魔族が居て、その村から頂いた布を簡単な服にしたものを着ている。

 どうやらこの森には、そういった魔族の村が点在しているらしい。

 それを思い出して、俺は閃く!

 そうだ!

 他の村の人との交流だ!

 そうすれば今のこの状況も変わるだろう!

 そして、俺の背後に静かに控えるアインス君を見る。

 彼は常に俺の斜め後ろに陣取り、おはようからおやすみまでずっと控えるようになった。

 他の皆は流石に畑仕事や狩などで常に俺の周りに居るわけでは無いが、彼だけはずっと俺の側に居るようになった。

 何でも次期村長は確定なのだが、村長の仕事がそのまま俺のお世話をする事と同意義になりつつあった。

 そして現村長の言いつけで、常に護衛兼執事の様に俺の側にいる事が多くなった。

 そんなアインス君に声をかける。


「アインス君、そう言えば他の村ってどうなってんの?」

「はっ! ここより南に歩いたところに大きな湖があり、そのあたりには小木精族(ニンフ)と小水精族(アプサラス)の村があります。 東の山の麓には小土族(ノーム)と小羽妖族(ハルピュイア)の集落が、西の平原には小悪魔族(インプ)と大妖精族(トロール)の集落が、その先には海があり、その辺りには小虫族(インセクト)と小蜥蜴族(リザード)の集落があります!」

「結構色んな種族がいるんだな」

「はい! 小木精族(ニンフ)の村は、我が村とも交流があります」

「ほーん、なるほどねー」


 それを聞いて考える。

 小木精族(ニンフ)さん達は湖の近くに住んでいるのか。

 そう言えば俺が最後に作ろうとしたヴェネチアのジオラマキットも、水の都を再現したものだったな……。

 俺は静かな森の湖のほとりにある美しい村をイメージした……。

 どこか放牧的で、長閑な村と、湖をゆったりと渡る船……。

 すごいロマンを感じる!

 何それ見たい!

 よし行こう!

 すぐ行こう!

 そう思った俺はアインス君を見て言う。


「アインス君! 小木精族(ニンフ)さん達の村に行ってみたいんだけど!」

「はっ! では準備致します!」

「あ! でも流石にいきなり行って迷惑じゃ無いかな?」

「いえ、大丈夫でしょう。 彼らもアププの実が好きなので、それを手土産に持参すれば、彼らも悪い様にはしないでしょう」

「そっか! じゃあ準備お願いしようかな!」

「はっ! では明日出発すると致しましょう」

「俺とアインス君と、あと数人居れば大丈夫かな?」

「そうですね、人員の選定はお任せください」

「うん、宜しくね!」

「畏まりました」


 そう言って恭しく頭を下げるアインス君。

 そして他のエルフも連れて家を出ていった。

 恐らく人員の選定に向かったのだろう。

 静かになった家の中で、俺は安堵のため息をついた。


「ふぅ、ようやく静かになったな……」

「ハイドラちゃん……また、お母さんを置いていくの?」

「えっ!?」


 その悲しそうな声を聞いて、俺は慌てて隣を見た。

 そこにはポロポロと涙を流すヒーリィさんが居た。

 ガチ泣きぃ!?

 その姿を見て、俺は頬を引きつらせる。


「ハイドラちゃん……お母さん、まだ子離れは早いと思うのよ……」

「アッハイ……」


 俺はそんなこと言って泣いているヒーリィさんを見て頷くしかなかった。

 どうやら俺の冒険は、始まる前に終わってしまう様だ……。

 そんな様子を見ていたオキシーが、やれやれと言った感じで浮き上がって話しかける。


《ヒーリィ様、これはお使いなのです》

「おつ、かい?」

《そうです。 私の記録には、幼い子供に簡単な手伝いをさせるのは、子育てに良いとあります。 ヒーリィ様も覚えはありませんか?》

「そういえば……父さんや母さんが育てた野菜を隣の家に持って行ってあげたりしてた……その時の役目は私だったわ……」

《どうやらヒーリィ様も同様の経験をされていた様ですね。 そうです、それがお使いなのです》

「そうなの?」

《そうです。 その後はどうでしたか? お父様やお母様は褒めてくれませんでしたか?》

「そうね……すごく褒めてくれたわ……」

《子供にもしっかりと役目を与えて、出来たら褒めてあげる。 それが良い子育てなのです》

「なるほど……」

《そして今回、ハイドラ様は小木精族(ニンフ)の村へとお使いに行くのです。 ヒーリィ様がお隣の家に野菜を運んだ様に……そして帰ってきたハイドラ様を褒めて差し上げるのです。 それが良い子育てというものです》

「っ! なるほど! それなら私も分かるわ!」

《ご理解頂き、感謝致します》

「えぇ! 私……子育てって初めてだったから不安で不安で……」

《ご心中察します。 ですがご安心ください、私は医療用AIを元に作られたのです。 子育ての情報も当然、私の記録にあります》

「オキシー……!」

《今回のお使いには私も同行します。 それにエルフの方々もいらっしゃいます。 一人でお使いを為されたヒーリィ様より随分と優しいお使いですよ》

「そう、ね……オキシー……不甲斐ない母親で申し訳ないけど、これからも宜しくね?」

《もちろんです》

「ありがとう! オキシー!」


 そう言って泣き止んだヒーリィさんの周りをくるくると回るオキシー 。

 なんだかオキシーさんの子育て講座が始まってしまった……。

 彼らの言う、子育ての対象は俺なのであろう。

 だが君たち……。

 一応俺は元の世界で生きてた年数を考えれば、三十歳を余裕で超えてるんだよ……?

 そんなことを決して口に出せる雰囲気では無いが……。

 どうやら俺は小木精族(ニンフ)さん達の村に向かうことは出来そうだ。

 だが、その目的は俺のお使いらしい。

 俺はそんな風に騒ぐヒーリィさんとオキシーの会話を、死んだ様な目で見つめるのであった。

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