第12話 その兄妹はエルフ?

 僕たちは息を切らしながら走っていた。

 妹であるフローリンの手を必死に引っ張る。

 後ろから聞こえる獣の息遣い。

 その音から逃げるために、僕たちは森を駆けていた。


「おっ! おにっ! おにぃちゃん!」


 息も絶え絶えな妹の声が聞こえた。

 だが、ここで止まるわけにはいかなかった。

 奴の視界から逃れるように、木の間を通る。

 だが、その先は木の間隔が広い開けた場所だった。

 そのことにしまったと顔を歪める。

 ここでは奴の視線を遮る木が少なく、僕たちの姿は丸見えだ。


「グルルゥ」


 唸り声が聞こえて、慌てて振り返る。

 奴が追いついてきた!

 そこには真っ赤な毛をした獣が牙をむき出しにして、先ほど僕らが通った木の隙間からこちらを見ていた。

 その視線を感じて、僕は震え上がる。

 妹だけは何としても助けなきゃと思い。

 ぎゅっとその小さな身体を抱きしめる。

 そしてその獣を睨みつける。


「何でフランマウルフがこんなところにっ!」


 そう叫んだ。

 そいつはフランマウルフという狼であった。

 フランマという名を冠する通り、火操作魔術が得意な為、火を吐くことができる凶暴な狼である。

 草原で群れでいるはずの狼で、森に入る事は殆ど無いはずであった。

 一匹だけはぐれて、腹を空かせていたのか、そいつは僕らを見つけると、執拗に追いかけてきた。

 

「おにぃちゃん……」

「大丈夫だっ! お兄ちゃんが守るから!」


 不安そうに呟くフローリンに、そう言って強く抱きしめる。

 奴はゆっくりと木の隙間から出てきた。

 そして余裕そうに、僕たちの周りをぐるぐると回り始めた。

 僕たちの恐怖する様子を楽しんでるのか、ゆっくりと距離を詰めてくる。


「うぅ……」


 恐怖に涙を流す妹を見て、こんな事なら一人で食料を探しに来るべきだったと後悔した。

 僕たちが居た村は決して裕福な村では無かった。

 だが皆、助け合いながら生きていた。

 村人同士の仲も良く、大人たちが畑の野菜を収穫したり、狩が成功した日には、皆で祭をしたりもする。

 子供達も皆それを手伝っていた。

 そして村からもそんなに遠くない場所に、アププの実が成る木の群生がある。

 村の子供達も良くそこに行き、おやつとしてアププの実を取りに行く。

 その日も偶々、僕と妹はアププの実を取りに村の外へと出ただけであった。

 アププの実を取り、妹と一緒にその実を齧っていた。

 そこに油断があったのだろう。

 僕がふと木々の隙間に動く影が見えた気がして、そちらを向くと、フランマウルフの赤い目がこちらを捉えているのが見えた。

 一瞬硬直して、すぐに妹を見た。

 妹も手に持っていたアププの実を落として、フランマウルフを唖然と見ていた。

 フランマウルフの赤い影が揺れた瞬間、僕は妹の手を掴んで走った。

 そうして今に至る。


「来るなら来いっ!」


 そう言って妹の前に立つ。

 恐怖で足が震えた。

 だが、その恐怖を抑えて拳を構える。

 それを見たフランマウルフは口の端を上げて、まるで笑うように唸った。

 そしてその赤い身体を、大きく縮めてこちらに飛びかかろうとした瞬間。


「うぉおぉお! と、止まれぇ!」


 そんな大きな声と共に大きな音を立てて、一部の木が根元からへし折れるのが見えた。

 そして、そこからものすごい速さで動く影が見えたと思った瞬間。

 僕とフランマウルフの間にあった、わずかな空間が轟音と共に土埃を上げて抉れた。

 その捲き上る土と聞いたこともない大きな音に僕と妹だけでなく、フランマウルフもビクっ! と身体を硬直させた。


「と、止まった?」


 そう言った人は、土埃を上げてがばり勢いよく起き上がった。

 銀色の髪と、少し尖った耳、そして青色の瞳その姿は、僕たちの種族から稀に生まれるエルフという種族に似ていた。

 その姿をみて僕は驚いて呟く。


「エ、エルフ様……?」

「え?」



 ようやく止まった俺の身体は、盛大に地面へと叩きつけられた。

 ここに来るまで、かなりの数の木を吹っ飛ばしてきた。

 木をなぎ倒したことによる衝撃により、スピードが落ちたのか、ようやく地面へと落ちたのだ。

 水平に飛んで行ったのに落ちるとは、ニュートンさんに喧嘩を売っているとしか思えない現象であった。

 そうして、地面に埋まった俺は、勢いよく起き上がる。


「エ、エルフ様……?」

「え?」


 そして、起き上がった瞬間、そんな声が聞こえた。

 そちらを見ると、低くなった俺の身長より、さらに低い、腰ぐらいの高さの男の子と女の子が居た。

 男の子は女の子を守るように前に立っている。

 小さいが、耳が少し尖っている。

 どことなくヒーリィさんとも似ている気がする。

 エルフの子供か?


「えっと、どなた様で?」

「危ない!」

「え!?」


 俺の疑問に、その子供は俺の後ろを指差して叫んだ。

 驚いて後ろを振り向くと、視界一杯に広がる火が見えた。

 その光景に硬直した俺は、もろにその火を被ったのだった。


「エルフ様!」

「うぉおお! あつ! 熱い! あつ? 熱くない?」

「え!?」


 もろに火を被り、服に移った火を慌てて手で払って消すが、俺の身体は全く熱さを感じなかった。

 そして火が消えた先には、呆然とした表情でこちらを見る、赤い大きな犬? が居た。

 なんだこいつ?

 よく見ると犬にしてはでかいな。

 そいつは一度唸って、息を吸ったかと思うと。

 口から火を吹いた。

 さっきのはこいつかよ!

 しかも見た感じ、俺がさっき魔力操作術によって作った火の玉に似た感じがする。

 だったら! と俺は両手を前に突き出した。


「そんなちっちゃな火じゃ、この水は蒸発させれないだろうっ!」


 そう言って、火の三倍は大きい水の塊を目の前に出した。

 差は歴然だった。

 奴が出した炎は、水の塊にぶつかると一瞬で消えた。

 そしてそのままその赤い犬に、その水をぶつけるべく魔力を操作した。

 勢いよく犬にぶつかる水の塊。

 キャインッ! と情けない声を出して吹っ飛ぶ犬。

 かなり遠くまで飛んでいったが、すぐに立ち上がる。

 そして、傷ついた身体を引きずりながら、森の奥へとその姿を消した。


「なんだったんだ、あの犬……」

「あの……」

「ほえ?」


 そう言って後ろを見ると、さっきの子供達が、俺を見つめていた。

 どちらの子も、なんだかすごい目が輝いてる。


「助けていただいて、有難うございます、エルフ様……」

「え? 君たちこそエルフじゃないん?」

「え!? いや、僕たちは小妖精族(ピクシー)っていう種族ですが?」

「ぴくしー?」

「はい、そうです」


 小妖精族(ピクシー)ってなんだろう?

 素直にそう思う。

 どう見ても、ちっちゃなエルフにしか見えんのだが?

 不思議そうに二人を見る俺の瞳と、純粋な輝きに光る二人の瞳が交差する。

 こうして俺が異世界に来て、ヒーリィさん以外の異種族と初めて出会ったのである。

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