第10話 外は森でした

 俺たちは鬱蒼たる森の中を歩いていた。

 先頭にオキシー、その後に俺、そしてヒーリィさんと続く。

 俺はまだ自分の身体の使い方が分からなかった。

 それを聞いたオキシーが、お任せくださいと言って周りをスキャンしながら森を進んでいる。


「しかし、地下から出たのはいいけど、周りが森だとは思わなかった……」 

「そうね……私も、眠る前ここが何処だかは知らなかったから、まさか森の中だとは思わなかったわ」

「そうなんですね……」 


 そんな事を話しながら、オキシーに着いていく。

 あの羞恥プレイの後、俺たちは施設から出てみた。

 途中、元の世界の洋服に似たものにも着替えた。

 魔力で保存されていたと聞いたその服は、千年以上経っているはずなのに普通に着れたのは驚いた。

 魔力、万能スギィ!

 エレベーターの様なものに乗って、地上に向かい、出口である扉を開くと、洞窟の様な場所であった。

 そして少し歩いて、外に出ると、視界一杯の緑。

 外の世界は見渡す限りの木の世界であった。


「しかし結構歩いたけど、森ってこんなに先が見えないもんなんだな」 

「私も子供の頃は小さな村で育ったから、森は見た事ないのよね……それより疲れてない? ハ、ハイドラちゃん?」 

「アッハイ……。 ダイジョウブデス……」 

「ふふ……そう……疲れたら休みましょうね、ハイドラちゃん!」

「ハイ……」


 ヒーリィさんはそう言って、上機嫌な声を出す。

 後ろではきっと満面の笑みで俺を見ている事だろう。

 あれからヒーリィさんは俺のことをハイドラちゃんと、ちゃん付けで呼ぶようになった。

 俺のおっさんの心がガリガリと削れていくのが分かる。

 だが、彼女の幸せそうな笑顔に、訂正する気が無くなった。

 まあ、もういいや、暫くはこの子供プレイで行くしかなかろう。


「そういえば俺の身体って兵器なんですよね? 性能ってどうなのかな?」

「そうね……貴方のその身体、アニマキナだけど、マギリアクターエンジンによる魔力蓄積を動力源としているわ」

「マギリアクターエンジン? そう言えばオキシーも同じこと言っていたな。 何でも大気中と地下土壌の魔力を循環させることによって無限のエネルギーを生み出す夢の装置だと……」

「理論上は無限では無いわ、でも人間や高位魔族ぐらいじゃ、けして届かない魔力を蓄積できることは確かね。 クローリンも言っていたけど、魔王様には届かなかったが、相当な魔力を蓄積できるはずと」


 そう自慢げにヒーリィさんは言う。

 やっぱり魔王ノクスは、相当やばいお方だったみたいだな……。

 俺が起きた時に居なくて、本当に良かった……。


「あ! そう言えば魔法の事を忘れてた!」

「魔法? あぁ、魔力操作術の事かしら? 異世界じゃあそういうの?」

「え? こっちじゃ魔法って言葉ないのかな? そういや、オキシーも同じ事言ってたような……まあその、火とか水とか出すようなそんな感じの事です」

「あぁ、じゃあ魔力操作術の事ね、大丈夫よ、マギリアクターエンジンによって蓄積された魔力は魔力操作にも使えるから、後は貴方の擬似脳が補助して魔力操作術を使うことができるわよ」

「ウヒョ! やっぱ異世界すごーい!」

「ふふ、そうかしら。 貴方が喜んでると私も嬉しいわ!」


 そう慈愛の声を出すヒーリィさん。

 俺も何だか童心に帰ったかのように叫ぶ。

 もういいや、どうせ今の俺の身体はヒーリィさんより低いんだし。

 いっそのこと開き直ってみるのも良かろう。


「ヒーリィさん! その魔力操作術ってやつ教えてくれる!?」

「……お母さん」

「えっ!」


 悲しそうな声を出すヒーリィさんに驚き後ろを見る。

 そこには泣きそうな顔をして、こちらを見るヒーリィさんが居た。


「……お母さんって呼んでくれないの?」

「えぇーと……お、お母さん……」

「っ……えぇ!! もちろん教えてあげるわ! ハイドラちゃん!!」

「アッハイ」


 嬉しそうに声を上げるヒーリィさん。

 前言撤回。

 やっぱり子供プレイは無理だわコレ。

 でも悲しませるのあれだし、これからはヒーリィさんと言うのは控えよう。

 俺は自分より年齢の低そうな女性に、バブみを感じるほど特殊な性癖をしていない。

 しかし、どう彼女を呼称したものか……。

 まあ良い、それはおいおい考えていこう。


「えーと、じゃあまず火ってどうやって出すのかな?」

「そうね、まずは基本的に魔力操作術を教えてあげるわね」

「お願いします!」

《では私はその間、この周辺をスキャンしていますね》

「おっ! オキシー、ありがとう!」


 オキシーはその言葉に了解と言うように一度くるりと回って、そのまま周辺を調べに行った。

 そして俺はヒーリィさんと対面する。


「私自身はあまり魔力操作術は得意では無いのだけど、基本的なことは出来るわ」

「そうなんですね……エルフって俺の世界じゃあ、魔法使いってイメージなんで意外です」

「そうねぇ……期待させて悪いんだけど、確かに魔族の中ではエルフは魔力操作に長けているわ。 でもそれは個人で差があるのよ。 私と両親は戦闘向きの魔力操作が得意じゃなかったから、魔王様に、村に残されたのだしね……」


 そう言うヒーリィさんは少し寂しそうに笑う。

 なんだかしんみりした雰囲気になる。

 いかん!

 このままではヒーリィさんが負の思考スパイラルに陥ってしまう!

 そう思い、俺は彼女が喜ぶであろう言葉を言う。


「えぇーと……じゃあさっそく魔力操作術を教えてくれないかな? お、お母さん……」

「っ……! えぇ! もちろんよ! 早速基礎を学びましょう!」

「ハイィ……」


 思ってた通り、ヒーリィさんは元気になった。

 ヒーリィさんが楽しそうで何よりです……。

 その代わりに俺の精神は瀕死だ……。

 そのうち絶対に呼び方変えよう……。

 変えれるかは……分からない……。


「じゃあ、早速、魔力を知覚することから始めましょうか!」

「その魔力って見えたりするの?」

「慣れれば大丈夫よ! あ、そうかあなたの魂は異世界のものだったわね……でもアニマキナには魔力を感知する機能もあるから、それでまずは魔力を感じて見ましょう!」


 そう言って両手を空に向ける。

 そしてその手のひらから、小さな光の玉のようなものを出す。

 その光景を凝視して、驚く。


「これが何も属性が付与されていない、純粋な魔力だわ」

「これが……魔力……」

「良かった、見えるようね。 なら続けるわよ。 魔力には二種類あるわ、一つは内気(オド)と呼ばれる、生き物がそれぞれに身体に持っている魔力。 そしてもう一つは外気(マナ)と呼ばれる、空気中に分散されている魔力。 今のこれは、私の体内にある内気(オド)を固めて体外に放出しているものだわ」

「内気(オド)と外気(マナ)……」

「この純粋な魔力が見えるということは、あなたの身体と魂は、ちゃんと魔力を感じている。 慣れれば空気中にある魔力の流れも感じることができるわよ」

「異世界すごぉ……」

「じゃあ、さっそく貴方の魔力を外に放出してみましょうか。 マギリアクターエンジンが起動している限り自動的に魔力を蓄積しているから、小さな魔力光を出すくらいなら、すぐできるわよ」


 そう言って俺に、その光の玉を見せる。

 ふーむ、目では見える、しかしそれを出すとなるとどうすればいいか……。


「まずは目を閉じてみて、そして静かに身体の中にある力を感じるの」

「目を閉じて……力を感じる……」


 そうして目を閉じてみる。

 身体の中にある力……。

 暫く静かにそうしていると俺の腹の方に何か暖かいものを感じた。

 もしかしてこれが魔力か?

 そう思い、そのお腹に力を入れて、筋肉を動かすようにすると、その暖かいものが移動した。

 そしてそれを手のひらの方に移動させる。

 外に出ろ! と強く思うとその暖かいものが、手のひらから離れるのを感じた。

 だが、暖かい感覚は手のひらから離れても、自分の思うように動いた気がした。


「ちょっ! ちょっとストップ! ストップ! ハイドラちゃん!」

「え!?」


 焦るヒーリィさんの声を聞いて、目を開く。

 そこには俺の体の三倍は大きい光の玉が浮いていた。


「うお!? でっか!? でかいよ! しかもめっちゃ眩しい!?」

「落ち着いて! ハイドラちゃん! 今そんな大きな純魔力が不安定になったら、ここら一帯が爆ぜちゃう!」

「マジで!? ちょ! どうすれば!?」


 何!?

 これってそんな危ないもんなの!?

 焦る俺にヒーリィさんは静かな声を掛ける。


「落ち着いて……ゆっくりと放出した魔力を自分に戻して……それよりももっと少ない魔力を外にとどめるようにして……」

「ふぁ、ふぁい……」


 そしてゆっくりとその大きな光の玉を自分に戻すようなイメージをする。

 すると少しづつ光の玉は小さくなり、最終的には手のひらに収まるぐらいになった。


「ふぅ、焦ったけど、純魔力の操作は全然大丈夫なようね…… それが純粋な魔力よ」

「これが……魔力……」

「そう、その感覚を覚えて。 それが魔力操作術の基本だから」


 手のひらに浮かぶ小さな光を見る。

 俺がこの光を出していることは実感できたが、なんだか不思議な感じだ。


「その純粋な魔力に炎とか水のイメージするのが、属性魔力操作術になるわ」

「おぉ……」

「属性は大きく分けて火、水、風、土に別れるわ。 まあ他にもあるのだけど、それは希少属性と呼ばれているわね」

「なるほど……」

「その純粋な魔力が燃えるイメージをしてみて。 最初は小さく……」

「燃える……イメージ……」


 俺はその光の玉が燃えるイメージをする。

 大きさはマッチとか、ライターの火ぐらいでイメージする。

 するとその光の玉が、小さな火の玉となった。

 手のひらに感じるその火の暖かさに俺は感動を覚えた。


「そう、それが属性魔力操作術よ。 ハイドラちゃんはイメージの仕方が上手いわね。 込める魔力とイメージする大きさによって、威力も変わるわよ」

「おぉ! 俺もついに魔法が……!」

「イメージは個人によって差が出るわ。 実際に見た現象が多ければ多いほど、理論上、イメージの幅は無限に広がるはずよ」


 ヒーリィさんの、その言葉聞いて、火の玉を見る。

 そして感じていた魔力を少し多めに込めると、火の玉も大きくなる。

 手のひらほどだった火の玉は、顔ぐらいの大きさで維持された。

 俺は自在に大きさを変える、その火の玉を見つめて感動を覚えていた。

 ヒーリィさんは俺のその様子を見て、慈愛の表情をしていた。

 完全に子を見守る親の顔である。

 だが、まあ良いだろう。

 俺も悪い気はしない。

 こうして俺は異世界で、魔法ならぬ魔力操作術を初めて使うのであった。

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