第9話 そのエルフは母である

「喜んでクローリン……私たちの願いは神様に届いてたよ」


 そう、このエルフが呟いたのを確かに聞いた。

 クローリンってさっきの男の事か?

 そう言えば名前は言ってなかったな。

 暫く泣いているの見ていたが、居た堪れなくなり、声をかける。


「えぇと、おはようございます?」

《ハイドラ……他に言う事はなかったのですか?》

「いや、だって泣かれるとは思わないじゃん!」

《……まあ、いいでしょう、そもそも精神ケアは私の領分です、ハイドラは少し黙っててください》

「あっハイ……」


 何だか急にオキシーが冷たくなったような気がする……。

 キミ、俺の精神ケアは良いのかい?

 泣くぞ?


《初めまして、私はアニマキナサポートAI、オキシジェンタイプ、オキシーとそこのアニマキナに呼ばれております。 失礼ですがお名前をお伺いしても?》

「……えぇ、ごめんなさいね、貴方が私を起こしてくれたのよね? 私の名前はヒーリィと言うわ」

《ヒーリィ様ですね? 声帯並びに、魔力波長を登録致しました。 まずはお身体に不調が無いか、確認させていただきます。 そのままの格好で少々お待ちください。 あ、声は出していただいて大丈夫ですよ、そちらのアニマキナとお話でもしていてください。》


 そう言ってオキシーは、エルフに向かって光を照射して、こちらに話を向けてきた。

 おぅふ……まだ、心の準備が……いや、気をしっかり持て、俺!

 ビジネスでは第一印象で全てが決まる。

 元の世界でだって、一応は社会人やってたんだ!

 初めて会う人に、他愛ない話をするのはビジネスでは、基本的なコミュニーケーションの一つだ。

 それに比べれば、この程度どうって事ない。

 そう思い、彼女に話しかける。


「えぇと、初めまして。 俺の名前は、神元……いや、こっちではハイドラって名乗っています」

「ハイドラ……それが貴方の名前なのね……元の魂の種族は何? 魔族? 人間? それとも私が眠っている間に生まれた、別の種族かしら?」

「あぁ、一応人間です。 貴女は失礼ですがエルフで宜しいので?」

「そうね……私はエルフ……魔族よ」

「おぉ! すごい! やっぱりエルフって居るんですね!」

「え? それってどういうこと……」

「あぁ、すみません、俺、実は異世界から魂だけ流れてきたらしい、異界流れの人間らしいんですよ。 なのでこちらの人間と魔族の事って全く知らないのですよ」

「異界流れ……」


 そう言ってヒーリィと名乗ったエルフは目を閉じてしまった。

 そして暫く何か考えているかのように黙っている。

 やばい! 

 そう言えば俺って営業苦手だったから、エンジニアになったんだった。

 話のネタが無いぞ……。

 こんなことならもっと営業の仕事もしとけば良かった……!


「あの……?」

「あぁ……ごめんなさいね。 でもその身体が、起動している理由が何となく分かったわ」

「えぇと、なんかすみません……。 この身体を創る経緯とかは、さっきそのモニターに映っていた人の記録から分かっています……」

「そう……私が眠った後にクローリンは記録を残していたのね……そしてその身体に必要な魂のことも……」

「ここにはそこのオキシーに連れられて来ました。 何でもこの身体が起動できたら、そいつをここに連れてくる様にプログラムされていたそうです」

「そう言うことね……全く、肝心なことは何も教えてくれないんだから、あの人……」


 そして少し悲しそうにヒーリィさんは笑った。

 その笑顔に、どのような感情が込められているのか、俺には分からない。

 少し気まずくなり、頭をかく。


《お話中、申し訳ありません。 ヒーリィ様、お身体に不調はありませんでした。 動いても大丈夫ですよ。 こちらもどうぞ》

「あぁ……ありがとう」


 どうやらヒーリィさんの検査が終わったようだ。

 そして、オキシーは、いつの間にか俺とお揃いの診察衣の様な服を浮かして渡した。

 彼女はそれを着て、自分の身体を確かめる様に、手や足を動かしている。

 そして、ゆっくりと立ち上がる。

 身長は今の俺より、頭ひとつ高いくらいか。

 俺を見つめるその眼差しは、なんだか優しく、慈悲深い目をしていた。

 そんなに目で見られると、なんかすごく気まずい。


「改めて、私の名前はヒーリィ。 貴方……最後のアニマキナが目覚めるのを、此処で眠りながら待っていました」

「あ、どうも、俺はハイドラです。 こっちはオキシー、俺が名前をつけました」

《ヒーリィ様、ご紹介頂きました、オキシーと申します。 以後よろしくお願いいたします》

「ありがとう……それで? 外はどうなっているのかしら? 魔族は? 人間もどうしているのかしら?」

「それについてですが、俺もさっき目覚めたばっかりで、外がどうなっているか分からないんですよ」

「あぁ、異界流れの魂と言っていたわね、そう言えば、私が眠ってどれくらい時間が経っているのかしら? オキシー……と言ったかしら? 説明できる?」

《了解いたしました。 とりあえずハイドラを目覚めさせた経緯からお話ししましょうか》

「えぇ、お願いね」

《まず今は貴女が眠りに入り、私が製造され、年数にして千百七十二年経過しております》

「えっ!?」


 そう驚く彼女に、オキシーは説明を続ける。


《そして、本日もアニマキナの整備を始めたところ、突然アニマキナの起動シークエンスが発動したのです。 それと同時に魂の反応を観測したのです。 それが今そちらのハイドラの魂になります》

「そうなのね……それで? 貴方の事も教えてくれないかしら」

「あぁ、はい、では俺が来た時のこともお話しします」

「ええ、お願い」

「元の世界で、俺はエンジニアって仕事をしてたんだけど……」


 それから暫く俺は、自分に何があったかを話をした。



「……そう……そう言う経緯なのね」

《はい、なので外の状況が現状どのようになっているかは不明です》


 オキシーの説明と俺の身の内の説明が一通り終わり、彼女は納得したかのように頷く。


「世界がどうなっているか分からないのは予想外だったけど……貴方が起動していることを見れただけでも、私は満足だわ」

「えぇと……あのぉ……そのぉ……」


 ヒーリィさんはそんなことを言い、ものすごい優しい顔をして俺を見る。

 その顔やめてくれー。

 すごい小っ恥ずかしい。


「私もクローリンもほぼ不可能と想定していたのに、その奇跡が起きたのよ。 目覚めた時、私は神様は本当に居ると信じたわ」

「そうなんですか……それなら俺の魂が、この世界に異界流れしたことにも、意味があったのかな?」

「きっとそうよ……それで、あの、一つお願いがあるのだけど……」


 ヒーリィさんはそう言って顔を赤くして、指をいじりながら俺のこと見てきた。

 これまで話していて、ヒーリィさんに対して悪い感情はなかった。

 それにずっと眠っていたのだし、俺が出来ることでよければ、叶えてあげたかった。


「いいですよ、何ですか? 俺が出来ることなら、何でも聞きますよ?」

「本当!?」


 胸を張ってそう言う俺に、花が咲くような笑顔を見せるヒーリィさん。

 そして少し黙った後、顔をさらに赤くして言った。


「私の事を、お母さんって呼んでくれないかしら……?」

「……へぇあ?」


 今なんて言ったこの人?

 お母さん?

 いやいやいやいや、俺の中身は三十歳越えのおっさんだよ?

 流石に自分より年齢が低そうな女性にお母さん呼びはキツいって!


「や、やっぱりダメかしら……」

「い、いや、あのそのぉ……」


 そう言って、ものすごく悲しそうな顔をして顔を伏せたヒーリィさん。

 うごご……そんな顔をされたら言うしか無いじゃないか……。

 仕方がない……俺の羞恥心くらい……いくらでも捨てよう……。

 暫く黙っていた俺に不安を覚えたのか、さらに泣きそうな顔をするヒーリィさん。

 無いはずの心臓が鳴ったような気がした。

 覚悟を決めて俺は言う。


「お、お母さん」

「っ……!」


 俺がそう言うと、ヒーリィさんは勢いよく顔をあげる。

 そして恍惚の笑みを浮かべた後、ため息を漏らした。


「そうよ! 私が貴方のお母さんよ! これからは私が一緒にいます! 世界を一緒に見に行きましょう! 私とクローリンの子、ハイドラちゃん!」


 そして、ものすごいハイテンションでそう言った。

 俺はその満面の笑みのヒーリィさんを見て、盛大に顔を引き攣らせる。

 何この羞恥プレイ。

 どうやら俺に異世界での母親ができたようです。

 オキシーは、そんな俺たちの周りをぐるぐると犬のように回っていた。

 此処に二人と一匹? の異世界生活が始まるのである。

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