第6話 千年からの目覚め

 男の独白の様な記録を、俺は黙って見ていた。

 どれぐらい時間が経っただろうか。

 彼のその思いを感じて、嘆息する。

 目の前で寝ているエルフが入るカプセルに、軽く触れながら聞く。


「オキシーはこの人の事、知ってるのか?」

《いいえ、私も此処に入るのは初めてです。ここは、ハイドラジェンタイプの魔導パルスを感知する事でしか開きませんでしたので》

「そうなんだな……」


 俺はため息をついて考える。

 どうやらこの女性はずっと此処で寝ていたようだ。

 オキシーの言うことが本当なら、千年以上も一人で……。


《設備の維持は、私の様な自立型稼働型のAIではなく自動作業用の魔道器が維持していた様ですね。

 このカプセルにも小型のマギリアクターエンジンが搭載されているみたいですね。

 この設備の維持だけであれば私が何もしなくても大丈夫だったのでしょう》


 そう言ってオキシーは彼女の入ったカプセルの周りをくるくると回る。

 部屋の角には前の世界に存在した、丸いロボット掃除機のようなものがあった。

 あれが自動作業用の魔導器とやらだろうか?

 異世界でも似たような意匠があるのは少し驚く。

 こちらの人間も向こうと発想があまり変わらないのだろうか?

 施設の構造から察するに、そう考え方が違うとは思わないかもしれない。

 だが、人間以外の魔族という存在は向こうには居ない。

 やはり此処は、俺が元いた世界とは違うのだと実感する。


「それにしてもエルフか……ますます此処が異世界だって実感するなぁ」

《そうなのですか?》

「俺の元いた世界は人間以外の知的生物は居なかったんだよ」

《なるほど、興味深いです》


 知的生物とは知性を持つコミュニケーションが可能な生物のことを指す。

 あのモニターの男から得た情報から、魔族も人間と同様の知性を持つことが伺える。

 魔王は復讐による理性の崩壊によって、侵略戦争を行ったようだがな。


「しかし、どうしたもんかな」

《どうしたとは? この方を目覚めさせないのですか?》

「いやいや、俺は偶然この世界に魂だけ渡ってきただけの中身はただのおっさんだぜ?

 このエルフさんを目覚めさせたとして、がっかりされないか心配なんだよ」


 なにやらあの男とこのエルフさんは、この身体を目覚めさせることのできる魂にとても期待していたようだ。

 俺はそんな期待されるほどの人間じゃないと思うんだけどな。

 前の世界でも、普通すぎる人生だったし。

 しかもどうやらこのエルフさんは、この身体を大切に思っていたみたいだ。

 その事になんだか申し訳ない気持ちになる。


《そんなに心配はないかと思われます》

「そうかな?」

《私を造ったあのモニターの方も、あなたの身体が目覚める確率はほぼゼロだったと言っていたのですから、むしろ喜ばれるのでは?》

「まあ、それもそうかな……そうだよね。 きっとそうだ」


 オキシー言葉に少し元気が出る。

 さすが医療用のAiだ、精神ケアはお手の物の様だな。

 まあ、いちいち悩んでいてもの仕方がない。

 現状を維持しても物事は解決しないし、突き進むしかないか。


「じゃあ、早速目覚めさせてみよう。 でもどうやったら目覚めるんだろう? オキシー分かる?」

《お任せください》


 どうやらオキシーに任せておけば良さそうだ。

 オキシーは任せろと言って、カプセルの周りの様子を見ている。

 そして丸い体からカプセルに向かって、レーザーの様な細い光を出した。

 何をやっているかは分からないが、まあ魔法的な何かだと思う。

 俺にやれることはなさそうなので、先ほどの男の話を考える。

 千年以上も前のことらしいが、どうやら魔王は死んでるようだ。

 この施設の外もどうなっているかは分からない。

 まあ、何とかなるか。

 オキシーも一緒に居てくれるみたいだしな。

 俺も魔法が使えるそうだから、後で試してみよう。

 寿命も無いから時間もある。

 これからの事はゆっくり考えていけばいい。


《ハイドラ、この方の魔力循環が通常状態に移行したようです。 後は覚醒を促す魔力を注げば目覚めるはずです》

「お? もう? じゃあ起こしてあげて」

《了解しました》


 カプセルに寝るエルフさんを覗く。

 静かに上下する胸部を見るに、本当に生きているようだな。

 オキシーは太めの光をカプセル全体に照射する。

 プシュゥという空気が抜けるような音と共に、カプセルを覆っていたガラスが開いていく。

 中で寝いた彼女は、一度大きく息を吸い、深くその息を吐いた。

 そしてゆっくりと目を開けていく。

 宝石のような青い瞳がこちらを見た。

 俺もその瞳を見つめる。

 彼女は驚愕の表情をした後、万感の思いを込めたような、深いため息を吐いた。


「喜んでクローリン……私たちの願いは神様に届いてたよ」


 そう言って、ぎゅっと目を瞑る。

 目の端からは涙が溢れていた。

 彼女がどのような思いで此処で寝ていたのかは、今の俺には分からない。

 だが、少なくとも絶望ではなく、希望を持って此処で目覚めるのを待っていたのだろう。

 涙を流す彼女を、俺は暫く黙って見ていた。

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