第5話 ある研究者の独白2

 さて、そうして魔王との戦争が終わったが、僕たち人間は喜んではいられなかった。


 戦争が終わっても僕たちは生きていかきゃならない。


 各地に点在した、生き残ったコミュニティーと交流しながら、僕たちは少しづつ復興していった。


 ある時、偵察部隊に着いていった僕は、そこで魔族のエルフによる集団を見つけた。


 当然、戦闘になる。


 高位魔族の居ない集団だったので、何とか制圧できた。


 そこは生き残った魔族による村だったのか、畑や小さな家もあった。


 制圧した後、その村を探索中に僕は一人で一つの家に入った。


 家の中ではエルフの男女が、一つの棚をかばう様に寄りかかって死んでいた。


 怪しんだ僕は、そのエルフの男女をどかして、棚もズラしてみたんだよ。


 小さな窪みがあり、中で小さいエルフの子供が、震えて小さくなりながらも、僕を睨んでいたんだ。


 そしてこう叫んだんだ『よくも母さんと父さんを殺したな!』って。


 その時の衝撃は、昨日のことの様に覚えているよ。


 同時に混乱した。


 僕は、というより人間のほとんどは、今まで魔族は復讐の対象と、侵略者としか見ていなかったと思う。


 野蛮で、残忍なやつら。


 それが人間の一般的な認識だったと思う。


 だが、目の前のエルフの子供はなんて言った?


 あの時の僕と、同じことを叫ぶではないかと。


 驚愕する僕に、そのエルフの子供は、小さな刃物を持って襲ってきた。


 一応最低限の装備を持っていた僕は、持っていた魔術機でそのエルフの少女を気絶させた。


 そして、部隊の皆には研究用と言って、そのエルフの子供を連れ帰ったんだ。


 当然、研究所の皆は、いい顔をしなかった。


 今まで戦争していた相手だ。


 殺した方が良いと、皆言った。


 だが、あの時の僕と同じ、その言葉叫んだこのエルフ少女が、どうしても気になってしまった。


 憎しみの瞳で、僕たちを睨む、そのエルフの少女を、どうしても殺すことができなかった。


 だから僕は、一人でコミュニティーを出て、運良く残った今君のいる施設を、自分だけの研究所として改造して、エルフの少女と共に暮らすことにした。


 最初はひどかったさ。


 なんせその子にとっては、人間は復讐の相手だ。


 食事は全然食べない、何かあれば殺してやると言って、泣きながら襲ってくる。


 だが、施設の一部を改造して、その子の生活空間とした。


 外に出すわけにもいかなかった。


 大規模な戦争は起きなかったが、他のコミュニティーでは、生き残った魔族との小競り合いは、しょっちゅう起きていたから。


 会話はほとんどなかった。


 だが、ある日その子が、突然質問をしてきたんだ。


 『なんで私を殺さない、お前は何がしたい』と。


 正直、僕もなぜこんなことしているのかは、分からなかった。


 僕は子供の頃、両親が魔族に殺された事を話した。


 そしてこう言った”魔族は憎い、だがあの時お前が叫んだ言葉は、僕が叫んだ言葉と一緒だった、だから生かした”と。


 『そう』とその子は適当な返事をしたと思う。


 あれ? 多分そんな感じだったよな?


 それからは、少しづつだが、会話をする様になった。


 魔族の事も話してくれた。


 僕は魔族が置かれた状況を、朧げながら理解していった。


 元々魔族達が住んでいた地、北の大地”サイレントモルス”と呼ばれる場所は食料や資源も殆どない貧しい地だ。


 ある時、魔力が他の魔族よりはるかに高い魔族が生まれ、その魔族は死にゆく仲間達を嘆いて、南の大地へ、楽園へと行こうと多くの魔族を引き連れてウェルスィー大陸へと来たらしい、その時の魔族が魔王ノクスだったという。


 そして、ウェルスィー大陸に渡って、すぐにある街を訪ねたらしい。


 その時、魔王ノクスと、魔族は長い旅路で疲弊していた。


 最初、魔王と数人の魔族は食料を、分けてもらおうと、交渉していたらしい。


 そして交渉しようと、街に入ると、弱った魔族の一部が、人間に殺されたらしい。


 何があったかは分からないが、とにかく何かトラブルがあったらしい。


 その魔族の一部は、魔王ノクスの妹と弟達だったそうだ。


 そして魔王ノクスは、怒りのまま街を破壊したそうだ。


 戻って来た魔王ノクスは、涙を流しながらこう言ったそうだ。


 『俺が間違っていた、皆を守り、飢えから救うには奪うしかない』と。


 それを聞いて、僕は驚いたんだ。


 その街は、きっと僕がいた街だ。


 話を聞いて、子供の頃を少し思い出した。


 確か、僕が子供の頃に居た街、そして僕の両親が殺された時、街に魔族が来たと、騒ぐ人達がいたことを。


 僕たち人間も、当時はそこまで魔族のことを、理解はしていなかったんだよね。


 北の大地にいる、よくわからない奴ら、というのが当時の人たちの見解だったと思う。


 思えば、その時の母さん父さん達も、何かに怯える様だったと思う。


 きっと街の皆は、魔族に対して恐怖心を、持っていたんだろうね。


 そして、魔族達の侵略は、徹底していた。


 全てを奪う、徹底した略奪。


 今なら思う、あれは、魔王ノクスの復讐だったのではないかと。


 僕はその子からの情報で、魔族側の事情を、なんとなく把握していった。


 そして、そのエルフの少女と暮らし始めて、さらに三年ほど経ったかな?


 普通に会話をする程度にはなり、彼女がもう大人、と言って良いぐらいになった時に、魔導機械技術を知りたいと言って来たんだ。


 当然、僕は警戒した。


 だが、良い加減、一人で研究する日々にも、飽きて来たところだった。


 その当時、僕は、たまにコミュニティーに顔を出す以外は、ここで一人で魔導機械技術の実験をするようになっていた。


 魔王は死んで、この魔族のエルフの少女と暮らして、もうだいぶ長くなる。


 いつ間にか、僕の復讐心はほとんど消え去っていた。


 そのことに、僕は戸惑った。


 だが、結局彼女を弟子として、魔導機械技術を教えることにした。


 彼女は飲み込みが早く、僕の持っている技術と知識を、水を吸うが如く吸収していった。


 そして、そこからさらに五年ほど経ったかな?


 互いに理論をぶつけ合い、時には殴り合いの喧嘩になった時もある。


 だが、そのあと、なぜか二人とも笑っていた。


 楽しかった。


 そして、僕はある時こう思ったんだ。


 人間と魔族、戦争をしなかったら、僕たちは別の形で出会えたんじゃないかって。


 彼女もそう思ったらしい。


 人間と魔族、中身はそんなに変わらない。


 嬉しければ笑うし、怒れば喧嘩もすると。


 そんな事は、普通だったんだと。


 そして、魔族と人間は共存できるんじゃないかと。


 その時、すでに僕たちは魔族や人間に対する考えが、他の人たちと違い始めていた。


 まず生き残ったコミュニティーへ、魔族と交渉するように言ってみたんだ。


 だがダメだった。


 ほとんどのコミュニティーは、魔族に対して恐怖心が強かった。


 おそらく、魔族の方も同様であろう。


 僕も、裏切り者と罵られる事もあった。


 魔王も、最初は同じような気持ちだったのだろう。


 諦められなかった僕らは、未来へと思いを託すことにした。


 そして、人型魔導機兵装アニマキナのことを思い出した。


 アニマキナであれば、遥かな時を超えても保存もできる。


 魔族達と戦うために、造られた彼らだったが、僕は彼らにも本当なら生きていて欲しかった。


 これは僕の贖罪、そして僕たちの願い。


 僕とエルフは、今持てる全ての技術を駆使して、最後の人型魔導機兵装アニマキナ、ゼロナンバーを造る。


 それが、君の身体だよ。


 彼女と共に開発したゼロナンバーに適合する魂には、ある傾向を持つものしか定着しないよう設定した。


 それは、人間にも魔族にも恨みを持たない、純粋な魂。


 もちろんこれは、確率的にはゼロに近いだろう。


 魂があっても、霧散してしまえば意味がない。


 そんな魂の持ち主が見つかり、その身体を使ってくれるという保証もない。


 だが、この記録を見ているということは、僕たちは賭けに勝ったということだ。


 彼女も、そんな人間が現れるのを見てみたいと言ってくれた。


 魂をマテリアライズ化する事も考えたんだけね。


 僕らの魂はアニマキナへの適合率が低くて、起動に必要な同調率にすら届かなかったんだ。


 彼女は、魔族特有の魔力操作と魔導機械技術を合わせ、無意識に自ら大気中の魔力を循環させてることで、肉体と記憶を維持できる技術を生み出した。


 此処までの話で察してくれているとは思うが、君の目の前で眠る彼女こそ、僕と一緒にその身体を造ったエルフだ。


 僕には、無意識化での魔力循環は無理だったから、共に見る事はできない。


 だから彼女と一緒に世界がどうなったか、僕の代わりに見てみてくれ。


 もちろんその身体は、自由に使ってくれ。


 そのゼロナンバーに選ばれた、君の様な魂の持ち主ならば、悪用はしないと信じている。


 性能については、彼女に聞くと良い。


 わざわざ自分の姿に似せるほど愛着を持っていたからね。


 悪いようにはしないだろう。


 この施設も自由に使ってくれ。


 どうせ僕と彼女以外には、存在も忘れられてるだろうしね。


 君のパートナーとして、オキシジェンタイプも一体用意してある。


 では、名残惜しくはあるが、この記録はここで終わりにしよう。


 ーーーーじゃあね、いつか目覚めると信じる、僕たちの希望。

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