第3話 施設見学

 俺は前を浮かぶ丸い黒い球体に連れられて、薄暗い通路を進んでいた。

 このオキシジェンタイプと自ら呼称するAIの球体と出会ってから、まだ三十分も経ってない。

 だが、実家の犬を思わせるような仕草の球体に、俺はどこか愛着の様なものを持ち始めていた。

 この施設を案内してくれると言うので、お言葉に甘えている。

 途中にあった部屋で、病院で着る診察衣のような服も頂いた。

 思っていた以上に広い施設のようで、長い通路を歩くが一度も窓を見ない。

 外の様子がまったく見えないのは少し不安になる。

 まあ、どうせ行く宛もないのだから、素直に着いて行く。


《この施設は、魔王ノクス討伐後に造られた魔導機械開発施設で、高さ八メートルの階層が三つ、部屋はそれぞれの階層に十部屋あります》

「けっこう大きいんだな」

《研究施設としては、小さい方だと思われますが?》

「そうなん?」

《元は地下マンションだった様ですが、魔王侵略戦争後に個人用のシェルター兼、魔導機械開発施設として、利用する様になったと記録されています》

「へぇ、地下シェルターなんて個人で持てたんだ、外って今どうなってんの?」

《私の記録では、魔王と人類との戦争の後、ある程度までしかストレージ内に残されていません。 それに千年以上この施設に居ましたので、現在外がどうなっているかは分かりません》

「そうなん? オキシーは外出たいとか思わなかったのか?」

《ハイドラ、その質問に意味はありません。 オキシジェンタイプのAIは、ハイドラジェンタイプが起動できる魂が安定するまでは、行動に制限が掛かります。これはハイドラジェンタイプの精神を、守るためでもあります》


 愛着を覚えたこの球体に、俺はオキシーと名付けて呼ぶ様にした。

 そして、オキシーには俺のことをハイドラと呼ぶ様にさせた。

 どうせ、異世界で名前を名乗ても、今のこの身体じゃ意味が無い。

 ならばと、俺の身体の名称らしい、ハイドラジェンからとって、ハイドラと名乗ることにしたのだ。


「ハイドラジェンタイプの精神を守るためって、どう言うこと? やっぱりなんかやばいの? この身体?」

《今までと違う身体に、魂が入るので、魂が身体に慣れるまで、記憶の混濁が起きる例が記録されています。 定着が完了すれば、問題はありません》

「何それ、こわぁ……」

《オキシジェンタイプは、元々は医療用AIを流用したものになるので、魂の精神ケアは専門分野の一つになりますのでご安心を》


 オキシーは一度止まると、自慢げにくるりと一回転する。

 なんか可愛いなこいつ。


「至れり尽くせりやね」

《恐れ入ります》

「そういや結構歩いたけど、この施設ってどんな構造なん?」


《では、施設の説明を致します。

 地下三階は、アニマキナ用の整備施設になります、研究用の機材などもこちらにあります。

 地下二階は、プライベートルームがある階層になりますが、現在は使用されておりません。

 地下一階は、地上からの搬入の為の空き空間となっております》


「ふむふむ、というか他に人間は? どこ行ったの?」

《私が起動した時には、既に施設内は無人でした。 その後も本施設が開いた記録はありません》

「そうなんだね……」

《なので、今後はハイドラがご自由にお使い頂ければ宜しいかと》

「え? 良いのかそれ?」


 オキシーの提案に驚く。

 善良な日本人を自称している俺からすれば、泥棒みたいで気が引けるんだけど……。


《千年以上も放置されていたような施設ですので、今更ですね》

「確かに、それもそうか」


 まあ、千年も誰も来なかったんであれば、今更返せって言うやつも居ないか。

 それに、これから異世界で生きていくにあたって、俺自身の拠点も必要だろう。

 俺の身体の整備もできるみたいだし、ここはちょうど良い場所かもしれん。


「というか、電源とか、エネルギーはどうなってんの? それに千年も経ってるのに、かなり綺麗な状態じゃない?」

《施設内のエネルギーは、地下三階にある大型のマギリアクターエンジンにより、大気中と地下土壌の魔力を循環させることによって、補っています。 施設内の劣化は、マギリアクターエンジンにより生成できる素材を利用して、私が修復しておりました》

「はぇー、異世界の技術って、ものすごいのな。千年も稼働できるなんて、夢のようなシステムじゃん。元の世界じゃ永久機関なんて不可能だって言われてたのに」

《マギリアクターエンジンは、アニマキナを開発する上で根幹を成す技術でした。 私や貴方の身体にも使用されていますよ?》

「え、マジで? じゃあ俺も永久に生きられるの?」

《マギリアクターエンジンが稼動する限りは》


 どうやら俺は、永遠の命を得たらしい。

 人類最強の兵器、マジぱない。


「そんで、俺の身体についてだけど機械なんだよね?なんかすごい自然に動くし、肌も人間みたいなんだけど?」

《骨格は、魔導金属であるオリハルコンを使用して、強度と柔軟性を兼ね備え、表皮は合成シリコーンの擬似スキンにより、人肌と同じ触感を再現しています。 また擬似脳への魔導パルスの信号により、触覚も再現しています》

「へぇ! 人間じゃなくなったけど、感覚が一緒なのはありがたいな!」

《生物という定義からすれば、貴方は人間ではありませんが、私のストレージ内の情報では、アニマキナは人間とカテゴリーされています。 なのでハイドラ。 私の認識では、貴方は人間なのです》

「ん? どういうこと?」


 その意外な言葉に首を傾げる。

 人間じゃ無いけど人間である?

 なんだか哲学っぽい話が出てきた。


《アニマキナのハイドラジェンタイプは、魂、それも人種と呼ばれる方々の魂を、マテリアライズ化したものを擬似脳に定着させることで、起動します》

「ふんふん、なるほど?」

 

 何となく雰囲気で分かってる風に装う。

 だが話の半分もわからん。

 そんな俺の様子をよそに、オキシーは説明を続ける。


《アニマキナに定着させる為の魂は、主に人間種からになります。 魔導機械技師の方々は、元人間であるのならば、それを定着したアニマキナも人間であると定義したのです》


 あぁ、なるほど、元人間の魂ならどういう形であれ人間として扱うと。

 てっきり魂を使うくらいなんだから、マッドなサイエンティストが形振り構わず非人道的な実験とかしてんのかと思ったわ。

 異世界人が意外と人道的な考えをしていてちょっとホッとした。


《魂は、主に兵士の志願者によるものが多かったのですが、定着するにはある程度の器と、魂の同調率が必要です》

「同調率ねぇ……それが低いと、どうなるん?」

《起動に必要な同調率は、アニマキナの個体と魂の適性によって変わりましたが、低いと基本性能が低くなります。魔力電動率も悪くなり戦闘力が低くなりますが、志願兵の方達は魂に適性がある方が多かったようです。同調率は平均八十パーセント程だったと記録にあります》

「ほーん、ちなみに俺はどんなもんなの?」

《貴方の同調率は九十八パーセントを超えています。これは記録上、全てのアニマキナの中で最高の同調率です》

「え? マジで? もしかして俺ってすごくない?」

《そうですね、記録上ですがこの様な同調率観測されてませんので、素晴らしい結果だと思われます》

「えぇーなんか照れるな」


 前世では普通の人生であったが、異世界の最終兵器への適性は最高だったようだ。

 良かったのか悪かったのかわからんが、褒められるのは気分が良い。


《そしてその個体は更に特殊だった為、今まで起動できる魂がありませんでした》

「特殊? 他のパイセン方となんかちがうの俺の身体?」

《はい、魔王との戦争中に製造されたアニマキナは全部で百体製造され、一から百まで個体番号が付いています》

「へぇ、そんなに造られたんだな、ちなみ俺の個体番号って何番なのさ?」

《貴方の身体は戦争が終わった後に作られたため、最後のアニマキナとして、例外のゼロナンバーが与えられていました》

「ゼロナンバーとな! なんかかっこいいじゃん俺の身体!」

《そして、ゼロナンバーである貴方の身体は、ある傾向を持つ魂しか起動できないよう、プログラムされています》

「傾向?」

《はい、それは魔族と人間、どちらにも怨みを持たない純粋な魂です》

「魔族と人間……怨み……」


 その言葉を聞いて、絶句する。

 そりゃ無理だろう、戦争相手だ。

 元の世界ですら、戦争が終わった後に怨みにより、世界中で紛争が起きてた。

 簡単に割り切れるわけない。


《……魔王との戦争では人間種、魔族も、もといた数の二十パーセントほどまで減っていたのです》

「え!? それってほぼ全滅なんじゃ……」

《はい、どちらも疲弊しきっていた為に、戦争どころではなくなったのです》

「ですよね……」


 元の世界の戦争でも、兵士の三十パーセント程度の消耗で、全滅とされていた。

 兵士でもない、総数が二十パーセントって、もう絶滅の危機なんじゃないのか?

 そんな状態で、魔族に怨みを持たないなんて不可能なんじゃ……。

 というか、俺の身体を造ったヤツは何を考えて、そんな枷をつけたんだ?


「なんでそんな事を……というか俺の身体って、魔族とやらと戦う為の開発されたんじゃないの? 人間に敵意を持たないは分かるが、何で魔族まで?」

《その答えは、この先にあると記録されています》


 いつの間にか、何やら重厚な扉のある場所に着く。

 通路にはいくつか扉は有ったが、ここだけやたらと大きい扉だ。

 今の俺の身長の三倍はあろうその扉に圧倒される。

 重い音と共に扉が左右に開く。

 すると中から光が漏れてきた。


《ハイドラ、私は貴方の身体が起動できた時、その個体をここへ連れてくる様プログラムされていました。 こちらへどうぞ、ハイドラ》

 

 オキシーに連れられて、部屋の中心に移動する。

 そこには俺が最初に起きた時に入っていたカプセルと、同じ様なものが置かれてた。

 その頭上には、テレビのモニターの様なものが設置されている。

 カプセルの中には、銀髪の美しい少女が寝ていた。

 生きてるのか、死んでいるのかは、見ただけでは分からない。

 耳が少し尖ってるが、さっき見た俺の顔と似ている気がした。


「誰これ?」


 俺の疑問に答える様に、モニターに電源が入る。

 そのことに驚くが、とりあえずその画面を見てみた。

 画面には一人の白衣の様なものを着た男が映っている。

 年齢は三十から四十といったところか。

 穏やかな顔と、知性的な目をした男だ。


『やあ、これを見ているという事は、無事に適合する魂が見つかったのかな? 初めまして最後のアニマキナ。 僕の……いや、僕たちの希望』


 その男は、照れ臭そうに頭を掻いてから、そう言葉を発した。

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