第2話 初めての異世界
ふよふよと俺の周りを浮いている黒く丸い球体。
その球体を見て、俺は内心混乱しまくっていた。
つるりとした表面に、所々スリット状の文様が走っている謎の球体。
そいつは中心にある赤い丸い宝石の様なものをこちらへ向けた。
そして、少女の様な機械音声っぽい声をかけてきた。
《ハイドラジェンタイプ、魂の定着は完了してます。 何か不具合がありますでしょうか?》
その声を聞いて、さらに混乱する俺の頭。
現実離れした状況に反応出来ない。
何だコレ?
今の医療現場では、こんなハイテクなもん使ってんのか?
《ログデータを確認中……起動シークエンス問題無し……起動後に精神の錯乱反応有り》
今の技術は、こんなにも進んでるのね。
でもさ……俺の体から息子を無くしたのはどういう了見だ?
場合によっちゃあ、訴訟も考えないとな。
《……聴覚反応に異常は無し……擬似神経パルスの再度検証が必要と思われます》
てか、いつになったら看護師さん来んの?
普通、患者が起きたら、誰か気づくと思うんだけどな。
まさか俺の状態が、そうとうやばかったとか?
いやいや、それでも本人同意無しに全身整形しちゃあ、あかんでしょうが。
《知覚テストを再度全身に行います……衝撃にご注意ください》
「あばばばばばばっ!!!」
突然の全身に流れる電流の様な衝撃!
俺の意識は、あっという間に現実に戻された。
「なになになになに!?」
《知覚テストに反応有り。 改めて初めまして、ハイドラジェンタイプ、ナンバーゼロ》
「アッハイ」
思わず返事をする。
ハイドラジェン?
ナンバーゼロ?
なんぞそれ?
《ご紹介が遅れました、私、オキシジェンタイプは、ハイドラジェンタイプをサポートする為に造られたAIです。 記録されている情報内に限りですが、ご質問にもお答えします》
その球体はそう言って、その場でくるりと一回転した。
声は単調だけど、仕草を見ると、意外と感情豊かなのかな?
見た目はただの丸い球体だけど。
状況が分からない為、とりあえず質問してみる。
「えーと、じゃあ色々聞きたい事あるんだけど、良い?」
《はい、ご質問をどうぞ》
そう言って、球体はくるくると俺の周りを回る。
その仕草に、なんだか可愛く思えてくる。
実家で飼ってたヨークシャテリアを思い出す。
あの犬も人の周りをぐるぐると回ってた。
犬の寿命を考えれば、もうおじいちゃんだが、元気に走り回ってる姿が思い浮かぶ。
俺の周りを回る球体に、親しみと懐かしさを覚えつつ、さらに質問してみる。
「ここどこ? 東京の病院?」
《申し訳ありません、東京という地名に該当する情報は、私のストレージ内に存在しません》
「えっ! ちょっと待って!」
《了解しました、回答を一時停止します》
え?なんて言った?
東京という場所が存在しない?
日本じゃないのここ?
そんなバカな!
「……ごめん、此処がどこか教えて……」
《了解しました、此処はウェルスィー大陸の南部にある、魔導機械開発施設エレメンツになります》
「ウェルスィー大陸? 魔導機械開発施設エレメンツ?」
知らない大陸名が出てきた。
本当に日本じゃ無い?
それに、魔導機械開発施設ってなんだ?
そんな場所、聞いた事ないんだが?
分からない事が続くと、人って逆に落ち着くって聞いた事ある。
今の俺がまさにその状態だ。
「ちょっと質問変える……今って西暦何年?」
《西暦とは暦の事でしょうか? 申し訳ありません、西暦という言語も、私のストレージ内に存在しないようです。 暦に関しては、私が製造されたのがマギルクス歴千百二年でしたので、ストレージ内に記録された時間から計算して、現在は千百七十二年と二時三十四分間経過しております》
「……ごめん、ちょっと頭の中整理するから、もう一度待って」
《了解しました、再度回答を停止します》
前言撤回。
やっぱりこの状況で落ち着くなんて無理だわ。
西暦じゃない?
うっそやろ?
まさか……噂の異世界転生とか?
でも神様とか会ってないぞ?
「もう一個、別の質問いいかな?」
《はい、もちろんです。 質問をどうぞ》
「魔法とかってある?」
《魔法というと、魔力を使った魔術操作技術ですか? 魔術操作に関する情報は、私のストレージ内に記録されています》
「うぉお……マジかあるのか……」
やっぱり俺の知っている世界と違うな。
しかも魔法あるんやね。
ちょっと感動した。
「ちなみに俺も使える?」
《現在ハイドラジェンには、稼働に必要な最低限の魔力のみしか有りません。 ですが、時間にして四十二分後の魔力補充完了後であれば、魔術操作が可能です》
「おおおおぉ!」
その言葉に、言いようのない高揚感を覚える。
魔法! 使えるのか!
《ハイドラジェン、他に質問などがあれば受け付けますが?》
そう言って、左右に揺れる、タイプオキシジェンと名乗る球体。
そう言えば、さっきから言ってるハイドラジェンってなんだろう?
多分俺のことなんだろうけど……。
「なあ、ハイドラジェンてなんぞ?」
《正式名称は人型魔導機兵装アニマキナ、ハイドラジェンタイプになります》
「人型魔導機兵装アニマキナ?」
《はい、魔王ノクスによる侵攻、それにより人類が全滅しそうになった時、それに対抗する為に魔術技術、機械技術、科学技術の粋を集めて開発されたーーーー人類最強の兵器です》
おふぅ……なんかすごい事言いおったぞこの球体。
魔王とかいんのかよ……。
なんだか異世界は、思ってた以上にハードな状況みたい。
俺は少し思案する。
そしてピンときた!
つまり俺は魔王を倒す為に召喚されたってわけかぁ!
さすが異世界!ロマンを感じるな!
ビバ異世界!
何だか人類押されてるっぽいけど、俺がそれを救うって事だな!
「そうかそうか! つまり俺はその魔王ノクスとやらを倒す為に、最後の希望として異世界より召喚されたとかぁ! そういう感じなんか!?」
《いえ、違います》
「えぇ!? 違うの!?」
バッサリ切られて、叫ぶ。
その返答は想像してなかった。
どういうこっちゃ?
《貴方の魂が突然現れたので、不思議でしたが、異界流れの魂でしたか》
「異界流れ? 確かに俺は異世界の人間なんだろうけど……」
《過去の情報にも、異界流れが発生した事例は存在します。 人、動物、あるいは建物というのも存在しました》
「そうなん? 異世界転移ってすげぇな……」
《魂だけというのは珍しい現象です……貴方の魂が突然現れて驚いたのですが、起動に必要な同調率を超えていました為、回収し、そのハイドラジェンタイプの擬似脳へと定着させました》
そんな事を平然と言う丸い球体。
やはり俺はあの時に、流されて死んだんだろう。
その現実に少し悲しくなる。
まあ、こうして異世界で復活できたんだから、良しとするか?
人類の最終兵器らしいけど。
しかし、魂に異界流れね……。
「なるほど……しかし俺を起動させたからには、魔王ノクスとやらを倒さなきゃならんのだろう?」
俺、最終兵器らしいし、ちょっと強いんじゃ無い?
そう思い、少し調子乗って腕組みしつつポージングしてみる。
ふふん、これから俺の活躍が始まるのかっ!
《いえ、魔王ノクスは今より千百六十三年前にアニマキナ七十二名を犠牲にして討伐しました》
「おふぅ……」
どうやら先輩方が、魔王を倒してたっぽい。
しかも千年以上前に。
哀れノクスさん。
いや、人類最強の兵器らしい、アニマキナ七十二人を犠牲にしたって事だから相当強かったのか……。
俺が倒せ! とかじゃなくて良かった……。
「……じゃあ、俺って何すればいいのさ?」
《私の初期プログラムは、その人型魔導機兵装アニマキナ ハイドラジェンタイプ ナンバーゼロを起動できる魂を発見次第、回収し起動させることでした。 後はその個体をサポートする様、プログラムされています。 なので私からは特に何かを指示することはありません》
「え? そうなん?」
《はい、私も貴方の魂を観測するまでの千百七十二年間、この施設を維持してきましたが、その間、誰も此処に来ておりませんので、指示なども受けておりません》
「えぇぇ……?」
本日何度出したか分からない、困惑した声を漏らす。
こうして俺の異世界生活は、なんだかよく分からない人類の最終兵器へ転生する。
そして、倒すべき魔王もいない状態で始まるのだった。
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