夏休み(短編集)

Kurosawa Satsuki

短編集

目次

・応答セヨ、少女の涙

・モノクロの世界

・呪縛

・幸福の定義

・盲目

・ヒステリックバンビーナ

・駆け込み寺

・獣達

・寄り道

・合言葉

・華

・野良

・追憶



1:応答セヨ、少女の涙

私ね、絵が描けなくなったんだ。

否定されるのが怖くなった。

人から評価されることに怯えて、

描くことをやめた。

描いても、描いても、

ちっとも上手くならない。

描き方を変えても、基礎から学び直しても、

自分の思い通りに描けなくて……

それでさ、自分には絵の才能ないんだなって、

痛いほどわかった。

それでも昔は、

時間を忘れるくらい大好きだった。

ここは、薄暗い私の自室。

新聞紙を敷いているとはいえ、

壁や床全面が絵の具で汚れている。

キャンバスを乗せたイーゼルを、

叩きつけるように投げ倒す。

歯を食いしばり、

両手が震えを抑えようとするが、

体が思うようにいうことをきかない。

こういう時に限って、涙は出ない。

ただ、悔しい。

何やってんだ私は…。





2:モノクロの世界

教室の窓際、原稿用紙に物語を描く少女。

シャーペンの芯が折れて書くのを辞める。

下駄箱に向かい、校舎を出る。

帰宅直後、勉強机にあるデスクトップを開き、

投稿サイトにある自身の評価を見るが、

未だにいいねもコメントも無し。

デスクトップを閉じ、電気を消して眠りにつく。

少女は、高層ビルの最上階にいる。

少女の手には、今まで書いてきた原稿用紙の束。

少女はそれをばら撒くように投げ捨てる。

落下していく原稿用紙を見下ろしながら、

静かに涙を流す。

夢から覚める。

少女が見ていた世界がモノクロから元に戻る。

再び、デスクトップを開く。

コメントが一件。

→「怖いけど、面白かった」

少女の口元が緩む。

「ありがとう」




3:呪縛

あの日の悪夢を見た。

両親は偽りの神様を信仰していた。

彼らは私の言葉を否定した。

私を無理やり彼らの世界に引きずり込もうとした。

私の祈りが報われる事は生涯を通して一度たりともなかった。

彼らは苦しむ私を傍観しながら、

自業自得だと笑ってた。

逃げればいいだろ?

そう周りは言うけど、

私にとっては簡単なことじゃなかった。

何度も吐いて叫んで、

自分の喉元に刃を向けた。

本音を言うのが怖かった。

言っても魔法は解けなかった。

彼らが信じる正しさは、

どうせ他人からの受け売りだと思った。

世界がどうとか、時代がどうとか、

在り来りな綺麗事並べて、

世界平和を語る彼らに嫌気がさして家を出た。

つまり、彼らが盲信するその存在が偽りであると、早い段階で気づいたという事だ。

大喧嘩をして家出をした日から十年が経過し、

今では普通に生活できる程の金も知恵もあるが、

当時の私には帰る場所すらなかった。

いっその事、全て受け入れてしまえば楽になれるかな?

そう思う事もあったけど、

自分が自分じゃなくなる気がして嫌だった。

それからも、立て続けに不運が私を襲った。

見知らぬ男に襲われたりもした。

怖かった。

辛かった。

苦しかった。

悔しかった。

憎かった。

いっその事、呪いを残して死んでしまおうかと思った。

私は分からなくなった。

何が分からないのかさえ分からなかった。

彷徨い歩く中、誰かが私を呼ぶ声がした。

反射的に振り返ると、

そこには満面の笑みを私に向ける少年がいた。

視界が暗転し、悪夢の映像はここで終了した。





4:幸福の定義

これは、幸せについて考える少女の話だ。

とある街に住む、九歳の孤独な少女は、

学校の帰り道、その日に国語の授業で習った幸せについて考えていた。

少女の家は貧しく、どんなにねだろうとも 欲しい物も買って貰えず、

毎日のご飯も、少ない量のお米と 具のないお味噌汁だけだった。

借金が原因で両親は喧嘩ばかり、ついこの間離婚した。

孤児となった彼女を 母方の叔父が引き取ることとなった。

叔父は優しく、両親の時よりまともな食事ができるようになったが、

少女に対し、ある日を境に性的虐待を行うようになった。

学校へ行くと、少女に待っていたのは

クラスメイト達の冷たい視線と、酷いいじめだった。

教室のドアを開き、中へ入ると

いつも通り、まるで初めから存在していないかのように 少女を無視して、

各々 友達と、昨日の夕飯の事や、テレビで見た事などを話していた。

少女の机には、油性ペンで書かれた彼女への悪口と、後ろのロッカー上にあるはずの花瓶が置かれていた。

やがて 朝の会が終わり、一時間目の授業が始まった。

少女は、聞こえてくるクラスメイト達のひそひそ話や先生のつまらない授業を聞くのが嫌で、一時間目が終わるまで 目を閉じ、耳を塞いだ。

それからも、二時間の数学や三時間目の社会を聞かない振りをし続けた。

四時間目の体育では、やりたくないから 先生に言って 一人 体育館の隅で座りながら

皆がドッチボールをするのを黙って見ていた。

昼休み、少女がトイレに行くと、

少女を虐めるクラスメイト数人が、ニヤニヤしながら 彼女を囲むようにして立っていた。

何の事か分からずに戸惑っている少女を、いじめっ子のリーダーが突き飛ばすと同時に

少女へのいじめが始まった。

彼女が泣きながら ごめんなさいと言おうとも、昼休みの終わるチャイムが鳴るまで

その行為を止めなかった。

ようやくチャイムが鳴り、クラスメイト達は 何事も無かったかのように教室へ戻って行った。

少女もしばらくトイレに居てから、ボロボロの体を引きずりながら教室へとむかった。

次の授業が始まると同時に先生が教室へ入り、慌てて皆が席に着いた。

五時間目の授業は国語だった。

授業では、前からの続きで、幸せについて グループになって話し合いをするというものだった。

当然 話す相手もいない少女は 、仕方なく一人で考える事にした。

幸せとは何か?自分は本当に幸せなのか?

こうして学校へ行き、帰る居場所があり、好きな時にご飯が食べられ、好きな時に寝れること、

それが本当の幸せなのか?

それとも、当たり前な日々を 当たり前と思える事、

幸せな事が幸せだと感じられない位 当たり前な事が幸せなのか?

いや、それは違うと思う。

幸せとは、心が満たされる事、心から笑顔になれる事、

どんなに辛くても苦しくても いつも誰かが側で支えてくれる事 、

守りたいものや 大切な人がいる事、愛される事、

夢がある事、孤独じゃない事...

そして、その幸せはいずれ最悪の形で終わりを迎える。

それから、あれこれ考えていくうちに、

やがて少女は、ある一つの結論にたどり着いた。

「そうか、私は幸せじゃなかったんだ」…と。








5:盲目

ここに愛に飢えた獣が一匹、

今日も孤独に生きている。

幸せそうな周りを見ながら、

「巫山戯るな」と震える声で一言呟く。

また一つ、許せないものが増えた。

思い出のある公園のベンチに腰を下ろし、

「何をやっても思い通りにいかない」

等と言いたげな表情をし、

アルコールを無理矢理胃に流し込む。

脳裏に映し出される光景を一つ一つ追いながら、自分自身に言い訳をする。

あの頃に戻りたいという思いは、

正直まだ残っている。

自身の半生を悔いると同時に、

瞳から数滴の涙が溢れ落ちた。

少しずつ呼吸が乱れ、

両手が震えているのを感じる。

薄っぺらい綺麗事に振り回されてきた過去。

多くのものを捨て、多くのものを失った過去。

愛しい人から裏切られた日から、

俺の人生は孤立していた頃に戻った。

なんて妄想をするのはこれで百回目くらいだ。

本当は、愛する人も親しい友人もいない。

叶うはずもないと知りながら、

僅かな希望を胸に生きてきたが、

結局、現状は何一つ変わらなかった。

女も抱けない、マトモな職にも就けない、

顔も性格もクソ以下、人間関係もぐちゃぐちゃ、

異性からはキモがられてばかり…。

ありもしない来世に思いを馳せ、

子供の時みたいに空想の世界に浸っている。

毎晩不安に押しつぶされながら、

布団に潜り、大人気ない声を上げて泣く大人。

こんな人生に何の意味がある?

このまま生きて、何の意味がある?

こんな俺に、一体どんな価値があるんだ?

「いつまで逃げる気だ?」

頭の中のアイツが五月蝿く吠える。

いつまでも逃げてやるよと俺は返す。

お前らのせいで、俺の人生は滅茶苦茶だ。

そう、いつもみたいに不正解ばかり引いてきた己の選択とそれを許さなかった出自を恨みながら、廃人と同じ虚ろな目で周囲を睨みつける。

「さて、今日は何処へ行こうか?」

空き缶をゴミ箱に投げ入れ、公園を後にする。

このまま老いていくくらいなら、

いっその事、首を括った方がいいのかもしれない。

そう考えながら向かった先は、

今まで来たこともなかった深い森の中。

生い茂る草木を掻き分け、

目に見えない力に誘われるように、

目的地も分からないまま只管に突き進む。

俺は立ち止まり、ゆっくりと顔を上げる。

視線の先には、樹木に括り付けられた大量の首吊り死体があった。

俺は狂ったように笑った。

全ての死体が、俺の顔だったからだ。

俺はその場で膝をついた。

否定されてきた日々を思い返しながら、

バカにされてきた日々を懐かしみながら、

失敗して恥を晒した日々を慈しみながら、

償えなかった罪を悔やみながら、

このまま嫌われ者として死にゆく己を想像しながら、日が暮れるまで笑い続けた。

嬉しかった。

嬉しくて、嬉しくて、また笑った。

あぁ、報われたかったな。



6:ヒステリックバンビーナ

薬の効果が切れた。

また病院に行かなくちゃ。

何でもない会話すらも、

全て私への悪口に聞こえた。

徐々に呼吸が荒くなり、

吐きそうになるのを強引に抑える。

意識が朦朧とし始め、

時間の流れが遅く感じる中、

異変に気づいた友達が、

私の背中を優しく摩ってくれた。

「大丈夫、何でもないよ」

私は笑って誤魔化した。

友達も優しい言葉と安堵の笑みを私に向けた。

彼女だけが、私にとって唯一本当の理解者だった。

親や人前で良い子を演じるだが、

彼女の前でだけは本音で話せた。

昇降口で靴に履き替え、古臭い校舎を出た。

朝に母から受け取った三百円を握りしめ、

コンビニで、今日の夕飯になるカップラーメンを購入した。

家に帰っても私一人だと思った。

けど、今日に限って違った。

玄関で靴を脱ぎ、狭い廊下を渡る時、

母の寝室がある扉の内側から男女の声がした。

男の方はおそらく、いつも家に来る金髪の人だろう。

彼といる時の母は、

父と別れて意気消沈していた時と比べ物にならないくらい、とても幸せに満ち溢れていた。

もちろん、母も一人の女である事くらいは幼い私でも分かっている。

父に逃げられてから、母は愛に飢えていた。

彼に見せる女の顔がそれを物語っていた。

服装も見窄らしい外見に似合わないような奇抜なものに変え、私には何も買ってくれないのに、プレゼント用だと言って、ブランド品を買い続け、金遣いも荒くなっていった。

男が帰った後で、母に男の素性等を聞いてみた。

大して顔も良くない母が、あんな若くて人相の悪い男をどうやって射止めたのか少し気になった。

それと同時に、母は騙されているんだと思った。

その予想は見事に的中した。

数日後、血相を変えて帰宅した母が、

居間に入った途端に両膝をついた。

何があったのかと問いただそうとしても、

母は私に見向きもしなかった。

突然、ゲラゲラと笑いながら床に花瓶を叩きつける母。

私にとっては、いつもの事だ。

機嫌が悪い時の母の姿を、

物心つく前から散々見てきた。

時々私も、母の不機嫌に巻き込まれる。

彼女にとっては物同然なんだから仕方がない。

母の瞳からは、大粒の涙が流れていた。

ようやく冷静さを取り戻した母は、

まだ目の周りに残っている涙を拭いながら男との関係について語り始めた。

男の正体は、結婚詐欺師だった。

母を誘惑し、三桁を超える金額をむしり取った後、母の元から去ったのだという。

語り終えた母からは、生気を感じられなかった。

男に逃げられた後の母は、まるで屍人のようだった。

そんな事はどうでもよかった。

散財したお金はもう二度と戻って来ない。

学校にも通えなくなるかもしれない。

これからの事を考えると、

不安で仕方がなかった。

私は、母の傷を癒そうといつも以上に努力した。

普段は、私の事など見向きもしないくせに、

こういう時だけ心を開いて優しくする母を、

私は心の中で軽蔑していた。

それから、母はまた家に帰るのが遅くなった。

私は、友達を家に招き入れて遊ぶようになった。

ボードゲームやトランプなど、

家にあるものを片っ端から集めて遊んだ。

楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

ある日を境に、友達は学校に来なくなった。

他のクラスメイトに事情を聞いてみても、

誰それ?知らないの一点張りで、

それどころか、クラスメイト達は気味の悪いモノを見るような目で私を見てきた。

クラスメイト達は、私を避けるようになった。

そしてようやく私は気づいた。

そういえば、私には友達はいなかったんだっけ?

そう理解した瞬間、激しい頭痛に襲われた。

視界が歪み、周囲の雑音がノイズに変わる。

腕から黒い液体に混じって蛆虫が溢れ出す。

縦に裂かれた手首から、

小さな目玉がこちらを見つめている。

周りのクラスメイトは、錯乱状態の私を遠巻きに見るだけで、大人を呼ぼうともしない。

いつもそうだ。

今まで色んなところに助けを求めたけど、

病院の先生以外、誰も助けてくれなかった。

挨拶をしても無視された。

明るく振る舞う私を気持ち悪いと言った。

誰も私を見てくれなかった。

私はずっと、独りだったんだ。

独りだったんだ。

独りだった。






7:駆け込み寺

今、僕の目の前には幼い女の子がいる。

統合失調症の末期患者である。

彼女の場合、幻視や幻聴等の幻覚症状、

痙攣や目眩といった症状が頻繁に見られるという。

主に、学校生活での孤立や、

家庭内での問題が原因であると、

彼女の話を聞いて確信する。

その他にも、不安障害やパニック障害、

それに、心的外傷後ストレス障害も合併している為、自傷他害の恐れも危惧しつつ、

慎重に治療していく必要がある。

彼女の母親は、自分の娘はマトモだと言い張り、

あまり彼女の治療に協力的では無い。

とりあえず、母親には一度退室してもらい、

この子と二人だけで話をしてみる。

「他に困った事はあるかな?」

「時々、ママが私を虐めるの」

「どんな風に?」

「暴力を振るってきたり、

邪魔だ、お前なんて産まなきゃよかったって、

お前さえいなければって繰り返し言われるの」

「困ったお母さんだ」

「私、注射打たれるの?」

「安心して、僕はそんな事はしないよ。

けど、お薬は続けて飲んでもらえると嬉しいな」

「分かった、頑張る!」

少女に笑顔が戻った。

作り笑顔かもしれないが、今はよしとしよう。

処方する薬は、定型抗精神病薬、

非定型抗精神病薬、抗不安薬、

睡眠導入薬、抗うつ薬など様々で、

幼い子には飲みきれないくらいの量を出さなければならず、彼女にとってかなり負担になっている。

その都度、違った組み合わせで出してはいるが、

統合失調症の薬であるこの五つは何とか頑張って飲んでもらっている。

薬物療法の他にも、

認知行動療法等を用いて治療を続ける方針だ。

「先生、また来るね!」

「うん、いつでもおいで」

一通り話をし終え、再度掛け時計を確認すると、

午後六時を過ぎていた。

少女は僕に笑顔を向けながら診察室を出た。

僕は知っている。

彼女は、人一倍の優しさを持っていると。

そして、いつか必ず自分の力で困難を乗り越え、

立派な大人になれるように僕は願う。



8:獣達

貧困層が集まる小さなスラム街。

そこに僕は暮らしていた。

家もない、親もいない。

薬物、売春、暴力、多くの犯罪が絶えず起こる、治安が悪く、汚染された街。

希望もない、安心もない。

そんな僕らの願いは、お腹いっぱい食べる事。

……………………………

とある国のお城には、悪名高い王女様がいた。

王女は、奴隷商人から奴隷を買っては、その奴隷達をおもちゃの様に扱った。

自分に反抗的な者や、気に入らない者がいれば、例え親族であろうと、惨殺していた。

そんな彼女の元にある少年が奴隷としてやって来た。

商人の話では、この国で一番のスラム街から来たという。

服はボロボロ、体は他の奴隷達に比べて痩せ細っていて、骨まで見える程。

とても汚く、想像通りの見た目であった。

少年は泣きもしないし、恐怖で怯えもしなかった

それどころか、殺してくれと訴えかけるかのように下を向きながら静かに笑っていた。

「さぁ、このガキをどうしようか」

王女は、一言呟いた。

それでも少年は黙っていた。

王女自身も、これほど大人しいのは初めてだった。

王女は、少年の両親について質問した。

物心ついた時から一人だと言った。

「なら、今までどうやって生きてきたんだい?」

生きるのを諦めた。

七歳の少年の目に生気は感じられなかった。

王女は、少年に対して、自分と何か近いものを感じていた。

いや、もはやそれも勘違いか。

「つまらない」

王女は深く溜息をつき、

椅子から立ち上がり、

少年へ近づいて、彼の髪の毛を掴んだ。

少年は、相変わらず動じなかった。

まるで機械か傀儡か。

王女は、召使いに少年を風呂へ入れてやるように命じた。

彼女は少年を特別扱いしてやろうと思った。

媚びへつらうガキや、

自分を怖がるガキはもう飽きた。

生意気なクソガキの方が今は好みなのだ。

子奴が死にたがっているのならあえて生かす。

苦しみを欲しているのなら、あえて幸福を与える。

王女は、他人が望む事をするのがあまり好きではなかった。

風呂から上がったら、次はディナーだ。

広々とした綺麗な食卓に、豪勢な料理が運ばれる。

「どうした?食べないのか?

この後、お前を食ってやるんだ。

私の為にちゃんと栄養を取れ」

珍しく軽い冗談を言った。

彼を食う気なんて当然なかった。

少年はスープを一口飲んだ。

初めてだ。

当たり前の感想。

王女は、少年の食べる様をしばらくじっと見ていた

彼の態度は普通じゃない。

他の奴隷達なら、喜んで涙して頬張るのに、この少年の食べ方は落ち着いていて、貴族の様に気品があった。

「おかしな奴だ」

王女は少年を見ながら薄ら笑った。

やがて食事も終わり、紅茶で一休みした後、

王女は少年を自分の部屋へと連れ込んだ。

勿論、襲う為だ。

彼は相変わらず、動じる事なく王女の命令に従った。

広々とした空間。

王女の部屋へ入ると、

顔に似合わず、どこもかしこもピンクやハートだらけであった。

私とて乙女の頃もあった。

今はもうどうでも良い事だ。

王女が変わったのは、ちょうど二十歳の頃だ。

現実を知ったから?

酷い仕打ちを受けたから?

禁書に手を出した?

それは違う。

なんのまいぶれもなく突然と変わってしまったのである。

原因は本人ですら分からない。

関係者の証言では、

最初見た時、まるで悪魔に取り憑かれた美女のようだったという。

それでも、奴隷達を理由もなく殺さないし、親しい者には敬意を示す 。

勿論、神を泣かす多くの罪を犯した。

けれど、他の支配者に比べて、

そこまでの悪人ではないのである。

少年はその事を薄々感づいていた。

「ここでは私が絶対、私がルール。

お前も察しがつくだろ?

今から私に何をされるのか」

王女は徐ろに少年の服を剥ぎ取る。

少年は、王女のされるがままに応じた。

「私は私以外が理解できない。

私は私以外が嫌いだ。

だからお前を可哀想なんて思わない。

お前はどうして死にたいんだ?

他の者はあんなに必死で生きようとしているのに」

少年は言う。

「幸せと生きる事を一緒にしないで」

死にたいのに死ねない。

生きる事に苦しみを感じている人もいる。

その気持ちは、自分以外の他人には理解出来ない事。

例え同じ境遇、似たような思いをしていても分からないのだ。

ああ、神様という人はどうしてこれ程までに意地悪なのだろうか。

理不尽の意味を理解しているのだろうか。

これが自分の描いた世界の結果だということを認めたくないのだろうか。

彼は何のために生まれ、そして生きているのか、あの人はなんの為にこの世界を描いたのだろうか。

それ、死んでいった仲間達の前でも言えるのか。

「何なら、墓の前まで連れて行ってやろうか?」

勿論、そのつもりだ。

何もかも初めから分かっていた。

この世界は非情に満ちている。

ここにいる誰もが他人の悲劇を欲している。

可哀想だと涙を流し、自分に酔いしれている。

所詮はこんなものだ。

だから、少年は死にたいと思った。

決して、飢えの苦しみから解放されたい訳ではなかった。

それから事を終え、少年は王女の胸の中で眠りについた。

そして、王女の処刑の日がやって来た。

もう少ししたら、お前を私の子にしてやってもよかったのだが、生憎それは叶わぬ願いだ。

王女は、自分で自分を裁いた。

そうするしか、死ぬ術を知らなかったからだ。

最後にお前でよかった。

なんだ、こんな時でも涙一つ流してはくれないのか。

何なら、あざ笑ってもいいのに。

少年は答えなかった。

王女はまた笑った。

少年は相変わらず無口に王女をじっと見ていた。

「あの日の私に、よろしくな」

王女は死んだ。

少年は王女の最後を見届けた。

翌朝、王女は目を覚ました。

昨日までとは違い、穏やかで優しい目をしていた。

城中の者達が歓喜した。

これでようやく、長い悪夢が終わった。

少年は目の前の聖女にこう言った。

「おかえり、お母さん」



9:寄り道

「お前、独りか?」

私が家出をして、たどり着いた先は、

とある男のアパートだった。

五歳の頃に母が父と離婚し、女手一つで育ててきてくれた。

けど、母は私を愛してくれなかった。

毎日、男と酔いつぶれながら帰宅し、

仕事で嫌な事があれば、私に八つ当たりして、

その時決まって言うのは、貴女のせいよ、

貴女がいなきゃ私はこんな苦しむ事はなかった。

貴女なんて産まなきゃよかった。

どうせなら、私の心を満たしてくれるような可愛い男の子ならよかったのに。

早く死ねよ、私の前から消えなさいよ。

料理だって真面に作ってくれなくて、

それでいつも私は、母の置いて行く五百円玉で、

ジュースとカップラーメンを買う。

仕事や子供の世話でストレスが溜まっているのはわかるけど、私だってもう限界だった。

もう私は、身も心もボロボロだった。

そして、夕食代の残りで貯めた私の全財産を持って家を出た。

「お前、独りか?」

誰もいない公園で、泣いていると、

一人の青年が声をかけてきた。

不細工でも、イケメンでもない、

ごく普通のモブ顔。

正直言って、余りタイプじゃない。

私は彼に、家出した事を話した。

「じゃ、家来る?そうだな、ご飯作ってくれるなら泊めてやってもいい」

「私、料理だけは得意」

「そうか、じゃあ決まりだな」

こうして私は、男の暮らすアパートに泊めて貰う事になった。

全身傷だらけの私を見て、男は言う。

「お前、中学生か?」

「今年で二年生」

「なんで家出なんかしたんだ?」

「毎日お母さんに暴力振られて、

もう、お母さんの束縛が嫌になって。

でも、私が悪いから」

「いや、お前は悪くないだろ」

「でも、仕事のストレスとかあるだろうし」

「だからって自分の子供を傷つけていい理由にはならない。そんなやつ、親でも何でもない。

それに、それが嫌だからお前も家出したんだろ?

相手が嫌いなら殺せばいい。

争いが嫌いなら全ての人武器を壊せばいい。

勉強が嫌ならやらなきゃいい。

仕事が嫌なら辞めればいい。

死にたくなければ生きればいい。

親がクズなら家出すればいい。

何、簡単な事だ」

男は顔を強ばらせながらまじまじと言った。

「それよりおじさん、私を泊めて大丈夫なの?」

「多分、親の同意無しに未成年を泊めるのは違法だし、捕まるかもな。

けど、俺はいいさ。

どうせ捨てた人生なんだから。

けど、その後お前はどうする気だ?

また、泊めてくれる人を探すのか?

親戚とかは居ないのか?」

「分からない。

私達親子は、身内にも嫌われてるし」

「安心しろ、とりあえず捕まるまでは俺がお前の面倒を見てやる。

学費も、今まで貯めた金があるし」

男は笑いながら、私の頭を撫でた。

「ありがとう。

おじさん、私を襲わないの?」

「世の中の男がみんな同じだと思うなよ。

だいたい、何で俺がお前を襲わなくちゃいけないんだよ。

偏見だぞ、それ。

女がみんな、化粧していると言っているのと同じだぞ」

「いやでも、そういう男が多いのも事実なんじゃ…」

「辞めだやめ、もう飯にしよう。

お前は何食べたい?」

「お寿司」

「それは時間帯的に無理だ」

「じゃ、ハンバーグ」

「得意のか?」

「一応」

「じゃ、決まりだな。

材料買ってくるから、ちょっと待ってろ」

「分かった」

男は家を出た。

私は男の部屋を、改めて見渡した。

四畳半の畳、衣類の入ったタンス、アルバム、

ちゃぶ台、小型のデジタルテレビ、キッチンには食器と普通の冷蔵庫があり、ストラップやアクセサリーなども一緒に入った救急箱、壁に置かれた本の数々。

たったそれだけ。

エロ本とか色々探してみたけど、

これといってめぼしい物はなく、

それどころか、エロ本、AVビデオ一つすらなかった。

性欲がないのだろうか?

独り暮らしなら、欲求不満を持ってもおかしくないのに。

男が買い物から帰ってきた。

私も知ってる近所のスーパーのビニール袋。

アイスやらお菓子も入ってパンパンだった。

「ピノのメロン味、新発売だってよ。

後で一緒に食べような」

「うん、ありがとう」

この男は、本当に馬鹿だ。

今なら私をどうとでも出来るというのに。

私もそれを、ちょっとだけ期待ちゃっているのに。

それから夕食を食べ終え、私はお風呂に入れて貰った。

男は私に気を使って、タオルケットで風呂場のドアを隠してくれた。

お風呂に入るのは、四日ぶりだった。

このまま死んでもいいとさえ思っていたから、

銭湯にすら行かなかったのだ。

私が風呂から上がると、男は布団を敷いて、

寝る準備をしていた。

男は私の傷だらけの所に包帯を巻いてくれた。

巻き終えたら、今度は冷凍庫から今日買ってきたピノのメロン味を二箱取り出し、それを一緒に食べた。

思わず涙が出てしまいそうな程、美味しかった。

なんたって私は、

自称する程、メロン大好き人間なのだ。

男が買い物の時に、新しい歯ブラシと歯磨き粉を買ってきてくれたので、私はそれで歯を磨いた。

それから私達は、何かをする事もなく、

電気を消して、眠りについた。

男は布団を私に譲って、新しいタオルケットを被り、床で寝た。

翌日、起きると男はいなかった。

仕事にでも行ったようだった。

私はテレビをつけて、それを見ながら男の帰りを待った。

けど、六時になっても七時になっても男は帰って来なかった。

今日は忙しくて、帰りが遅いのかもしれない。

そう思った矢先、部屋に警察が入ってきた。

その後ろには、母がいた。

母の顔は、娘を誘拐された可哀想な被害者のそれだった。

何が一緒に帰りましょうだよ。

この薄汚い道化ババア。

私は、目の前の母を殴りたい気持ちでいっぱいだった。

それから私は、警察から事情聴取され、

ありのままに男の無実と今までの事を正直に話したが、洗脳だなんだと言われて、結局信じて貰えなかった。

それから数時間後、男は逮捕された。

彼は無実を訴えなかった。

悪いのはお母さんなのに。

悪いのは、彼に関わった私なのに。

裁判の判決は有罪。

刑法224条、未成年誘拐罪で懲役三ヶ月以上、七年を言い渡された。

酷い話だ。

世の中所詮こんなもん。

何言ったって、世間様は許してくれない。

馬鹿な奴らだよ、本当。




10:合言葉

私には、好きな人がいる。

絶賛片思い中の彼は、同じクラスの明るく優しいショタ系男子である。

タイプの人?

そうそう、それも、どストライク。

えへへ。

いいでしょ?

クラスで二番目のイケメンなんだよ、彼は。

一番イケメンなのは、背が高くてクール系の優等生男子。

当たり前だよね。

だって、出来る男はモテるもの。

勿論、私の好きな彼だってまだまだ負けてないもん。

それはさておき、音楽の先生に頼まれた楽譜の制作に取り掛からないと。

あ、ちなみに今の時刻は午後五時。

部活終わりの放課後でございます。

私は、音楽部の居残り。

一人でピアノを弾きながら確認している最中なんだ。

全く、所々で先生間違え過ぎだよ。

優しいし、好きなんだけど。

曲のタイトルは、「いつか僕らは星になる」

ゆっくりとした曲調で、歌詞も個人的に好きなんだけど、何だか弾いてるこっちまで眠くなっちゃう。

歌詞は、恋愛というか、エールというか、

そんな感じ。

人によって、解釈が違うだろうから、

これが正しいとかは私には分からないけど、

なんか、この曲を聴いていると勇気が湧いてくる。

音楽の先生が書く曲は、いつも聴き手を不思議な気持ちにさせてくれる。

「まだ、残っているのか?

もう、五時半だぞ。

日も暗くなってきている。

今すぐ帰りなさい」

先生が、私のいる音楽室に戻ってきた。

「元はと言えば、先生のせいなんだけど」

「すまんすまん」

「修正箇所は全部終わりましたよ。

楽譜、ピアノの上に置いておきますね」

「ああ、ありがとう。

ところで、好きな人は居ないのか?」

「いますよ、好きな人くらい」

「そうか」

先生が恋愛話なんて、珍しい事もあるんだな。

先生は悲しそうな目で、こう呟いた。

「理想と夢の虚しさたるや。

残りは野良の腹の中。

我が汝の、汝が我の。

滅びなりけり。」

私には、なんの事かさっぱり分からなかったけど、先生は楽譜を持ってさっさと出て行ってしまった。

あ、そうだ、

帰りにアイスでも買って帰るか。

買うのは勿論、チョコミントアイス。

歯磨き粉の味とか言ってる人、

今すぐこれを食べるべき。

「いらっしゃいませー。

相変わらず好きだね、チョコミント」

レジの担当店員は、私の女友達。

ここは田舎だから、こういう、

あれ、もしかして何とか君じゃね?

みたいな事がよくある。

さてさて、私は今日も無事に帰宅しました。

めでたしめでたし。

さてと、夕飯前に着替えよう。

下着を脱いだ所で、ケータイにメールが届く。

相手は、あのショタ系男子。

しかも、クラスチャットじゃなくて個人の垢に。

「ちょっと話したい事があるんだけど」

「話したい事?」

「今、会えるかな?」

「なんで?」

「と、に、か、く。

蛍の海で待ってるから」

なんか怖い。

けど、どうやら私は行くしかないみたいだ。

彼が、何か事件に関わっている可能性も。

それは考え過ぎかな?

とりあえず、言われた通りに蛍の海へと向かった。

海辺には私服姿の彼がいて、直ぐ私に気づき手を振った。

「呼び出してごめん」

「話って何?」

「俺、お前の事が好きだ」

「え?」

「だから、お前の事が、す、き、だ!」

彼は、顔を赤らめながら叫ぶ。

「あ、はい」

私も驚き動揺しながら、赤らめる。

まさか、両想いだったとは。

いやー、めでたしめでたしです。

「え?いいの?本当に!?」

「あー、うん」

突然の告白。

あまりの恥ずかしさに目をそらす。

そんな私を、彼は勢いよく抱きしめると、

なんの躊躇いもなく私の唇にキスをした。

蛍が海辺で光を放ち、月と共に辺りを照らす。

身体が思うように動かない。

まるで、時間が止まったかのよう。

それからの事は、頭が混乱してよく覚えていない。

多分、顔を赤らめながら泣いていたような気がする。

翌朝、彼は何事も無かったかのように接してきたが、前よりもお互いの距離が縮まったような気がする。

気がする?気がするんだよ!

という独り言は置いといて。

「何呟いているんだ?」

「え?私、声に出してた?」

なんというか、前よりもお互いの距離が縮まったような気がする。

「うん」

「うぅ、何だか恥ずかしい。」

「なぁ、ピアノ弾いてよ」

「いいけど、なんで?」

「普段、どんな曲を弾いてるのかなって気になって」

「全く、しょうがないな」

ちなみに、この会話は部活終わりの放課後の音楽室での事である。

「基本何でも弾けるけど、希望があればどうぞ」

「まじで!?じゃ、得意な曲を」

私は一度考えてから、私の創作曲の「合言葉」を弾いてみる。

とは言っても、歌詞はまだ決まってないんだけどね。

「いい曲だな、なんて曲なんだ?」

「合言葉だよ」

「その曲、俺も弾きたい。教えてよ」

彼は、私が座っていた椅子に無理矢理詰めて座る。

私の右手が彼の左手に触れ、微かに彼の体温を感じ、ドキッとする。

「えっと、最初は左手をここに置いて、

それからこうやってじゃらんと弾く。

それから右手でじゃらんして、

それからメロディをこんな感じに弾くの」

「じゃらんじゃらんって、分からないよ。

もっと丁寧に教えてくれ」

「しょうがないじゃん、人に教えるのは苦手なんだよ」

「悪い悪い」

「もう、全く」

人生初めてのイチャイチャ。

なんか、小恥ずかしいな。

「あ、今の照れ顔可愛い」

「うるさい」

チャラ男の癖に、ショタの癖に。

でも好き。

「今日は、これで終わり」

「えー、もっと教わりたいのに」

「ダメったらダメ」

「もう、五時過ぎだよ」

「それもそうか、じゃまた明日な」

それから帰宅後。

私は、ベットの上にダイブする。

あまりの嬉しさに顔を赤らめながら、

枕を自分の顔に押し付ける。

分かる人には分かる。

初恋って、だいたいこんな感じ。

なんというか、胸がキュンキュンする。

と、ここで彼から電話が来る。

「どうしたの?」

「声が聞きたかったというか、他の男の方に行っちゃわないかなって、なんか心配になって」

「まだ、付き合い始めたばっかじゃん」

「そ、そうだよね?よかった。」

「あんたも、浮気したら許さないからね」

「大丈夫、大丈夫。

「こう見えても俺、一途だし」

「はいはい」

「つれないなぁ」

「からかわないでよ」

「そういう可愛い所、好きだよ」

「もぅ、ばか」

私は、直ぐに通話を切った。

もっと話していたいけど、

私だってそんなに暇なわけじゃない。

お風呂入って、夕飯食べて、曲作って、

大忙しなのだ。

と、その前に着替えないと。

明日は休日だ。

土日のバイト、面倒臭いな。

まぁ、座ってるだけなんだけど。

それから翌日。

またいつも通りにバイトをしていると、

彼が、私の元へやって来た。

「どうしてここが分かったの?」

「お前の友達に聞けば簡単だろ」

「それもそうか」

「なあ、この後デート行かない?」

「え?今から!?」

「これが終わってからでいいから。

なんなら、俺も手伝うよ」

「ったく、しょうがないな」

「本当は嬉しい癖に」

って言っても、店番するだけなんだけど。

そして、なんやかんやで仕事も終わり。

私達はお昼を食べ、一休みをしてから外へ出た。

「どこ行こっか?」

現在の時刻は、午後二時過ぎ。

バスで隣街の駅前まで乗り、その後街中を二人で回る。

駅近のショッピングモール、世界一有名なカフェや、ゲーセン、本屋など、色々行った。

時間はあっという間に過ぎ、気づけば日も暮れていた。

私達は、お互いに手を繋ぎながら地元に帰った。

月曜日の放課後。

いつものように音楽室で作曲していると、

先生が入って来た。

「また編集の依頼ですか?

私は、赤ペン先生じゃないんですよ?」

「そうじゃない。

お前が書いた“合言葉”についてなんだが」

「そう言えば、先生に見てもらっていたっけ?

何か問題でも?」

「歌詞は、まだ決まってないんだよな?」

「この曲に合う言葉が見つからなくて」

「辞めておけ」

「どうしてですか?」

「さあな、それはお前自身が一番よく知っている」

「カッコつけても惚れませんよ」

「いや、すまんすまん」

「それより、美術の先生との恋仲は上手くいってるんですか?」

「なんでお前がそれを?」

「二人共、ばればれです。

みんな、とっくに知ってますよ」

「まぁ、なんだ」

「何かあったら、何時でも俺に相談しろ」

「話くらいは聞いてやらんでもない」

「すみません、そうゆうのウザいです」

それからしばらく経ち、彼との関係も安定した頃、私は、みてはいけないものを見てしまった。

「え?ひっ、弾けるの?」

「あれから先生に教わりながら練習したんだ。

弾けるのは、これしかないけど」

「そっか」

「なあ、歌詞作らね?」

「え?でも…」

「俺とお前だけの歌詞」

「これ、ラブソングではないんだけどね」

「いいから、いいから」

「それで、どんな歌詞にするの?」

「それをこれから考えるんだよ」

「例えば?」

「最初は、“もういいかい?まだだよ”とか」

「いいね、それ。」

“もういいかい?

まだだよ。

あなたに贈る愛のうた。

空から一滴の雫が落ちた。

恵の雨か?悲しみの雨か?

魔法の言葉。

愛のうた。”

「いい歌詞だね。

俺、この曲気に入った」

「それはよかった」

「ねえ、二人だけの秘密だよ? 」

「うん、二人だけの秘密」

「なんか、ロマンチックだね。

でも、私達も後一年で卒業しちゃう」

「だからこそだよ」

またいつか再開した時の為の魔法の言葉。

二人だけの合言葉。


PS

著者「爆ぜろ」




11:華

初恋の相手は、四十過ぎの女性だった。

ここへ飛ばされて早一年。

江戸の暮らしにも馴染み始めた頃、

俺は、とある貴族に仕える女中に恋をした。

そっちの趣味はないつもりだったのだが、

近隣の噂好きおばさん達よりかは何倍もマシだ。

俺と女中は、丘の上の日本人形が祀られているこけし神社で、毎晩会って何気ない世間話をしていた。

よかったら、あなたの時代について教えてくれますか?

女中は珍しく、俺の時代の事を聞いてきた。

さぞかし、今よりも変わっているでしょ?

変わったのは外側だけ。

傲慢強欲、嫉妬、憎悪、暴力、恐怖、

人間の愚かさはいつの時代も変わらない。

確かに今よりも遥かに技術は発達しているし、開国後は、異文化も入って来て、価値観や文化はだいぶ変わった所はある。

権力争いも、力より知恵だし、

市民の生活ぶりはこの時代と大きく異なる。

けれど、肝心の人間自身は相変わらずだ。

戦争が終われば平和なのか?

災害が過ぎ去れば平和なのか?

権力を持ち、社会から守られれば平和なのか?

平和になったつもりでいるだけで、

本当の平和を知らない。

この世界は、創った本人も含め馬鹿ばかりだ。

当然、俺もその一人に過ぎない。

心の中で生きるという事は、

事実、牢獄の中の囚人と同じ。

と、どこかの小説が言っていた。

そう、俺にとってこの世界は牢獄なのだ。

結局の所、捉え方は人それぞれだし、

こんな弄れた考えを持っているのは、

俺くらいだろうけど。

「貴方という人は、つくづく面白い人だ」

女中は、右手で口元を隠しながら笑った。

「俺が面白いなら、平成、

令和時代に生まれた奴らはみんな面白いよ」

俺は、俺の事を面白いなんて思わない。

それに、俺だって初めてこの時代に来た時は、

面白い所だと思った。

学校で教わる貴族やら、歴史の中心人物や大雑把な説明が載った教科書の内容とは違って、

リアルで見る景色や庶民の暮らしは、

俺に充分なくらい刺激をくれた。

「それで、その時代の流行りはどんなものなの?」

「流行りものなんて、

しょうもないものばかりだよ。

タピオカだの、なんだのって、

何故それらが流行るのか、

俺にはちっとも理解できない」

「素直じゃないのは、良くない。

相手を理解しようとするのも大事よ」

「それもそうか」

「ほら上、綺麗な花火が上がりましたよ」

「本当だ」

「綺麗だ」

まるで、俺の左隣にいる彼女のように。

「綺麗だ」





12:野良

吾輩は猫である。

ではなく、ワシは名もなき孤独な野良猫。

自分の種はよく分かっていない。

自分が薄茶色と白の毛並みをしているのは、

ついこの間の事。

電柱の隣に置かれた、割れた大きな硝子から映る自分の姿を見て初めて知った。

ワシは、ある娘に恋心を抱いていた。

その娘は、一軒家の裕福な家庭に飼われている、名も知らぬ美しい雌の猫であった。

毎日毎日、人間の子に鮭を貰っては、

それを持って彼女の元へ会いに行った。

白くすらっとした体型、青く大きな瞳。

実際、話したことも無いのだが、

一目見た時から彼女の事が頭から離れない。

初恋、片思い、叶わぬ恋だと言う事くらい、

ワシだって分かっているさ。

けど、ワシにはその勇気がない。

一度でいい。

この我が身を擽る思いを伝えたい。

にゃー。

とか思いつつ、

また彼女のいる家に来てしまった。

これがもし人間だったら、ストーカーとか何とかで、青い制服を身にまとった男達に、

白黒の乗り物に連れて行かれてしまう。

野良猫でよかった。

一年くらい前に、ある男が連れて行かれたのを目撃した事はあったが、ワシも人間だったのなら、あの男のように細工の悪い見た目になってしまっていたのだろうか?

あの子に会った時、

あの子から見る自分の容姿は、

あんな感じなのだろうか?

貴方が私をずっと見ていた猫?

はっ!と、思わず驚く。

気づけば、彼女はワシのすぐ隣にいた。

「これは、これは」

「ふふ、私はたまにこうして外へ出る事があるの」

ワシは思わず頬を赤らめた。

「一緒に、散歩でもしましょうか?」

「えぇ、喜んで」

「この辺に来るのは初めて?」

「いえ、一週間程前に来て」

「私も、一ヶ月くらい前にここへ来たの」

「人間の女の子に拾われてね」

それからワシらは、日が暮れるまで街中を見て回った。

いつもの変わらぬ住宅街、人間の子供が行く学校、

狐の像がある神社、狭い路地裏を通った先にある賑やかな商店街、公園。

彼女はワシの知らない場所まで連れて行ってくれた。

気づけば日は沈み、辺りは真っ暗になっていた。

ワシと彼女は、来た道を戻り、彼女の住む家まで向かった。

彼女の住む家は、まだ真っ暗で誰もいないようだった。

「では、また」

そう言って、彼は家の中に入って行った。

ワシもそろそろ帰ろうかと思った矢先に、

家の灯りがついた。

“おかえり”と言う声と、

和やかな笑い声が中から聞こえてきた。

にゃー。

彼女は嬉しそうに、“ただいま”と返す。

ワシも真似して“ただいま”と言う。

そしてワシは、自分の寝床に帰って行った。

吾輩は猫である。

名前もない、一匹の野良猫。

明日もまた、ここへ来るだろう。

あの子の変わらぬ笑顔を見に。



13:追憶

見えない、聞こえない、話せない。

僕は無音で真っ暗な視界の中、

一言ポツリと呟いた。

母の腹の中、狭く真っ赤な空間で、

確かに僕はいた。

そしてその頃の出来事は、

今でもよく覚えている。

…………………

池袋のとある病院で、一人の男児が生まれる。五月蝿い程元気な赤ん坊である。

三ヶ月、その男児は心臓病を患い、

大きい病院で手術をした。

臓器内にある血管の一部が切れたが、

何らかの問題が生じたのである。

男児は懸命な医師の治療により、

一命を取り留めたが、

皮膚に手術の跡がくっきり残った。

それからしばらく日が経ち、

病も完治した頃、男児は初めて目を覚ました。

寝室の押し入れの横に壁があり、

そこへ頭をぶつけたのである。

男児は泣くことなく、

見えた、と一言思い、それから母の元へハイハイで向かった。

それから三年と半月が経ち、

男児は幼稚園へ入園した。

男児のクラスはゆり組だった。

幼稚園は、家から歩いて十秒の所にあった。

それでも男児は、毎朝寝坊し、遅刻ばかりしていた。

やがて男児は、わがままなイタズラっ子へと成長した。

世界が自分中心に回っているとさえ思っていた。

自分を好いてくれる女の子をいじめた。

やがて卒園し、男児は少年になった。

少年は幼稚園の近くにある小学校へ通い始めた。

初めは普通で、何事もなく過ごしていた。

しかし、ある事件がきっかけで少年は、

クラスメイトからいじめを受け始めた、

彼を好いてくれる者は少なく、

また、女生徒達からも気持ち悪がられた。

あの頃の行いに天罰が下ったのだ。

自業自得だ。

少年は相変わらず、遅刻魔だった。

先生は優しく、ただの寝坊なのに、

それを勘違いして、いじめが原因だと思っていたらしかった。

少年もそれに甘えて、

いじめられる度に先生に告げ口をした。

そして時々、ズル休みもした。

ある日、いつも通りに遅刻し、

給食の時間に登校したら、

クラスメイトの男子に

飯食いに学校来てるのかよ。

と言われた。

少年はその言葉に何も言い返せなかった。

男子の言葉は正論だ。

彼に言い返す筋合いはないのだ。

けれど、先生は男子を叱った。

何故なのかと少年も驚いた。

彼も頑張って来ているんだと先生は男子に言った

男子は泣いていた。

少年は何だか申し訳ない気持ちになった。

ある時、彼はまた女の子を傷つけた。

その子は彼にとって苦手なタイプだったのだが、クラスの女子と遊んでいる時に、

三人の中でついその子と答えてしまい、

それが学年中に広まり、

その苦手な子を泣かせたとの事。

これに関してはこちらに非がないはずだが、

何故かこちらのせいにされた。

ほんと、酷い話だ。

これも因果応報というやつか。

あの頃の罰だとでもいうことか。

少年は勉強が苦手だった。

特に算数が大嫌いだった。

テストでは、いつも零点ばかり取っていた。

算数の基礎クラスでも宿題を忘れる度、先生に怒られていた。

その先生とはどうも馬が合わない。

薄々そんな気がした。

単純に馬鹿な子供だった。

彼の笑顔は、時に人を癒し、

また、時に人をイラつかせた。

小学校を卒業して、

中学校へ通うようになってからも、彼は相変わらず馬鹿なままだった。

遅刻は相変わらずだし、

テストだってロクな点を取れなかった。

彼はまた女の子を傷つけた。

今度は、完全にこちらに非があった。

障がいを持つ子を跳ね除けたのだ。

こんな奴にも挨拶してくれる優しい子だったのに、彼はその子を傷つけてしまった。

もう一度会えたなら、謝りたい。

彼の心は罪悪感でいっぱいだった。

それから時は経ち、少年は、中学一年の秋に、隣国へ移住する事になった。

その国の言葉は小学校低学年の頃から学んでいたが、馬鹿な彼には、ハードルが高く、

他人とコミュニケーションをとるのが難しくなった。

彼は、次第に心を閉ざしてゆき、

やがて、人と関わる事を避けるようになった。

少年は帰りたいと思った。

母国を懐かしみ愛おしくなった。

これがホームシックなのかと実感した

生まれた頃から貧しく、

母国では、ボロアパートに家族4人で狭ぜまと暮らしていたが、

ここへ来てからは、

父は何度も失業を繰り返し、

借金も増えていった。

借金と言えば、物心ついた時から、

両親は共働きの筈なのに、

いつも祖母へお金を借りていた。

そのお金も、父の煙草やお酒、

彼とその姉の教育費、養育費で、

あっという間に消えていった。

彼は昔から父が怖かった。

幼い頃から、借金の問題で母と口論し、

母に暴力を振るっていた。

母の上に馬乗りになり、

右の拳で母の顔面を何度も殴る姿は、今でもトラウマだ。

学校は、鬼教頭に怒られるのが嫌で、そのおかげで遅刻癖は治ったが、

髪の毛の理不尽な校則に苛まれていた。

切っても切っても怒られるのがとにかく嫌で仕方なかった。

英語の教師は特に怖かった。

平気で生徒に暴力を奮う人であった。

厳しい体罰も容赦なかった。

軍隊の中にでもいる気分だった。

彼は密かに英語教師を恨んでいた。

だが、中学三年生の時、

運悪くその英語教師が担任になった。

その年は最悪の一年だった。

やがて時は経ち、彼は高校に入学した。

入学説明会の時、場所が分からず迷っていると、警備員のおじさんにそんな事も分からないのかと理不尽に怒られた。

殴ってやろうかと思った。

そしてクラスが決まり、教室へ入った。

彼は、今度こそ失敗しないようにと、

一人大人しく誰とも関わらず、三年間を過ごそうと思った。

しばらくして、ようやく教室に担任がやって来た。

女の先生で、雰囲気が小学校時代の先生に似ていた

彼は一安心した。

それから彼は、趣味が合う友達もでき、

中学よりかは有意義な日々を過ごしていた。

彼は、友達からバスケを教わった。

シュートやドリブルは下手だが、

ディフェンスはまあまあ上手くなった。

その友達とアニメ制作部を作った。

色々やったが、結果失敗に終わった。

彼は部の中で一番の足でまといになっていた。

彼は、小説を書き始めた。

処女作は、余命宣告。

幽霊少年と少女の話。

それを部活の顧問に提出した。

生きていくことが辛く、

だんだん息苦しくなってきた。

それから彼は、色々試した。

ピアノ、バイオリン、ギター、歌、コスプレ、プラモ制作、どれも中途半端で、

好きな絵ですら満足に描けない。

この時点で既に人生を半分諦めていた。

雨風凌げる寝床もあり、それなりに愛されて、飢える心配もなく、のうのうと生きている。

他人からのプレッシャーもない。

なのに、それなのに、

どうしてこんなにも虚しいのだろう。

どうしてこんなにも死にたがるのだろう。

やがて彼は、全てを諦め自分の殻に閉じこもった。

暗い曲ばかり聴き、暗い物語ばかり書いた。

自分は可哀想な存在なのだと、

悲劇の主人公を気取って、

世間に対する愚痴を沢山書いた。

彼は、精神科に通うようになった。

診断結果は、適応障害とうつ病だった。

ああ、自分は甘えているだけなのか。

成長する度、嫌いなものが増えた。

最初は、虫や煙草や怖い人、

それから、徐々に増えていき、

いつの間にか、好きなものより嫌いなものの方が多くなった。

人間不信の癖に、嫌いなものに自分からわざわざ突っかかる。

そんな矛盾ばかりの日々。

彼の心にぽっかり穴が空いた。

さよなら世界、世界一の嫌われ者、

夢物語、夏物語、神物語、黒猫物語、

死神物語…と、次々に完成させていった。

彼は、幼い頃から妄想が得意であったが、それを文字や絵にして再現するのが苦手だった。

その為、彼の書いた作品は全部、

評価すらされない駄作ばかりであった。

人生で唯一の楽しみは、

昔から好きだったアニメを鑑賞する事。

ああ、もう死のうかな。

そろそろ死にたいな。

でも神様は死なせてくれないんだよな。

包丁、飛び降り、色々試そうとしたけど、

家族を使って止めてくる。

酷いよな。

これも、これも全部天罰なのか。

自業自得なのか。

ああ、地獄でも何でもいい、

誰か誰か、俺を殺してくれ。

彼は最後に神様と約束した。

一方的な、身勝手な約束だ。

いや、それはもう約束でもなんでもない。

「残りの物語を全部書き終えたら、

今度こそ死んでやる」

何時になるかは分からない。

けれど、その願いも近いうちに叶う。

もうすぐ、俺の物語は終わる。

長くもあり、そして短かった人生も、

もうすぐ終わるのだ。

そうであって欲しいと信じている。

最後はどうしようか。

大好きなメロンを食べて、大好きな曲を聴いて、

大好きなアニメを見て、大好きな本を読んで、

それから自分を殺そうか。

まぁいいさ。

そういう事はその時になって、

改めてゆっくり考えればいい。

俺は、自分の駄作を見返し終え、

ニヤつきながら、そっとノートを閉じた。




END


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夏休み(短編集) Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

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