記憶-2

過去の記憶から一時的に戻った僕は困惑していた。


 ――ミヤがあの日、幽霊屋敷にいた……?


 そんな記憶はなかった。僕はあの二重満月の日の深夜、ミヤと孤児院のベッドで別れたきりのはずだ。そして翌朝何事もなく、孤児院で朝の挨拶を交わしたのだ。


 ――だとしたらあれは……。


 だけど僕が今見た過去の記憶が、聖遺物アーティファクトが作り出した虚構作り物だとは思えなかった。


 あの生々しいミヤとのやり取り。あれはとても頭の中で作り出したものとは思えない。


 ――続きを見なければ……。


 僕は記憶の円匙アーティファクトを自ら頭に押しやる。


 今見たものが本当の記憶なのか、そしてそれが真実ならば全てを知るため――僕は意を決してもう一度頭の中を掘り返した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「あったさ! ビトー!」


 ミヤの人形はあっさりと見つかった。僕らが出入り口として使った厨房の中にそれは落ちていた。きっと僕らが屋敷に入る際、秘密の入り口の中に突然消えた事に驚いて、ミヤが慌てて追い掛けたときに人形を落としたのだ。


 壊れたロースターの下から這い出たデグゥは、立ち上がると埃まみれの人形を僕に手渡した。


「もう失くすなよ、ミヤ」


 埃を丁寧に払ってから僕は人形をミヤに渡す。ミヤは一生懸命コクコクと頷いて、渡された人形を大事そうに胸に抱えた。


「おかげで助かったよ、デグゥ。本当にありが――」


 人形が見つかったお礼を言おうとすると、僕は途中でデグゥに口を押さえられる。

 わけも分からず抵抗しながらモゴモゴ言うと、デグゥはそんなことお構いなしに僕とミヤを物陰へと引っ張った。


「今回は当たりかねぇ」


「……どうだろうな。才能は申し分ないらしいが、こうも身体が弱ぇとなぁ」


 厨房の外の廊下から聞こえる男たちの胴間声。僕とデグゥは顔を見合わせると、部屋の扉に開いたわずかな隙間から廊下を覗き見た。


 ……大きな男が二人。ここからだと顔はどちらも見えないが、雰囲気からして村の人間ではないように思える。一人は中肉中背のがっしりした男で、腰には物騒な二本の短剣を下げていた。もう片方の醜巨人オーグルのように太った体型の男は、筋骨隆々の肩に何かを担いでいた。暗くてよく見えないが、筒状の麻袋のようだった。


「誰なんだろう、あの人たち……。宝探しに来た冒険者のようにも見えないし、ここらじゃ見ない服装なりだけど」


 男たちが僕らに気付かず遠ざかっていくのを確認してから、僕は隣で食い入るように見ていたデグゥに小声で尋ねる。するとデグゥは、


「盗賊団の一味さ、あいつら」


 用心深く廊下の奥を監視しながら言った。


「……盗賊団」


 確かにあの小汚い身なりは町や村に定住している者の格好じゃない。どう見ても浮浪者か世俗から離れた仕事をしている人間の容姿だ。そもそもこの屋敷には村の大人でさえ滅多に近づかない。兵法を心得た冒険者だって必ず日が昇っている内に入る。こんな夜更けに出入りする大人は、盗賊のような脛に傷を持つ連中だけだろう。


「あいつらの後をつけよう」


 デグゥがとんでもないことを言い出して僕は耳を疑った。冗談だと思ってデグゥの顔を見たけど、彼の表情はいつになく真剣だった。


「何言ってるんだデグゥ。盗賊になんか見つかって捕まってみろ。僕らみたいな孤児は簡単に売り飛ばされてしまうよ」


 僕はデグゥの思いつきを嗜める。だけどデグゥは僕の意見なんか聞かずに、一方的に捲し立てた。


「あいつらの腕に彫られた刺青を見たか? あれは最近聖都の王宮騎士団に指名手配されてる、とある凶悪な盗賊団の証である刺青さ。あいつら半年前に王宮の宝物庫に盗みをやってから、騎士団だけじゃなく軍隊にも追っ掛けられてるのさ。でもあれから捕まったって噂はてんで聞かない。国外に逃げたんじゃないかって言われてたけど、違ったんだ。あいつらこの幽霊屋敷を根城にして隠れ続けてたのさ。この村はいざとなれば国境沿いの深い森にすぐに逃げ込めるからな。……だとしたら王宮で奪った宝はこの屋敷のどこかに隠しているはずさァ。だから奴らが油断している今、それらの宝を俺らで横取りするんだ、ビトー」


 デグゥは言いながら興奮している。もう彼の頭の中ではお宝を横取りした未来が描かれているのだろう。


 だけど僕は簡単にうんとは頷けない。盗賊団に捕まった子供の最悪な結末を僕らは孤児院で散々聞かされているのだ。僕だってもちろんそうだけど、何より幼いミヤを連れたままそんな危険なことをするわけにはいかなかった。


 そう思いながら返答に尻込みしていると、ビトーは気が削がれたように不満顔になっていく。


「いつもの臆病虫が出たな、ビトー」


「仕方ないじゃないか、ミヤだっているんだから……」


「……ま、別にお前らは帰ってもいいさ。だけどオレは一人でもやる。こんなチャンス滅多にないからなァ。お宝さえ頂けば後は軍隊に通報して村の中でやり過ごせばいいのさ。横取りした宝は森の中にでも埋めて、ほとぼりが冷めたら掘り出せばいい。宝があるかも分からない幽霊屋敷を駆けずり回るより、よっぽど簡単な仕事さァ」


「そんなに上手くいくもんか」


 僕の言い草にムッとしたのか、デグゥは僕をジロリと睨む。


「だったらお前らはサッサとあの孤児院に帰ればいいさ。……だけどここで怖気づいて帰ったとしてお前とミヤはどうなるってのさ? 孤児院に戻ったって誰も助けてくれない。いずれ浮浪児になるのを待つだけさ。そうなったら結局、どこかのゴミ捨て場で盗賊に捕まえられて売り飛ばされるのがオチさァ」

「そんな……」


 僕はデグゥのひどい言い方に反感を持った。


 だけどデグゥの言う通りかもしれない。僕ら兄妹は切羽詰まっている。明日にでも孤児院を追い出されて食うにも困るかもしれないのだ。だからこそ僕はここに宝を探しに来た。このまま手ぶらで帰ることは、僕らの死期を早めることになるのではないだろうか。


 ならばデグゥが考えている通り、盗賊がいたことはむしろチャンスなのかもしれない。宝を横取りして村まで逃げれば、盗賊だっておいそれと手出しは出来なくなる。あのまま孤児院で追い出されるのを待つより、ここで勇気を振り絞って博打を打った方が賢明なのかも……。


 僕は後ろで服の裾を掴み続けるミヤを見る。ミヤは不安そうに僕の顔を見つめていた。


「……もう少し頑張れるか? ミヤ」


 ミヤは賢い子だ。今この状況を理解していないはずがない。そして僕の頭の中の葛藤も、彼女にはきっと伝わっている。


 だからこそだろう。ミヤは僕に向かって瞼を二回パチパチと閉じた。「私を気にしないで」。その勇敢な合図を送るミヤの小さな身体は、ひどく震えているというのに。


「行くのか、行かないのか」


 デグゥが僕らを横目にそわそわとしている。


「……行くよ、デグゥ」


 僕がそう言うと、デグゥはすぐに盗賊の後を追って小走りに廊下の闇の中を駆けていく。


 ――……大丈夫さ。これが僕らの未来にとって正しい行動なんだ。


 僕は自分に言い聞かせるようにそう念じると、震えるミヤの手をしっかりと握る。そして何があってもミヤを守る覚悟を決めると、先を行くデグゥの小さな背中を静かに追い掛けた。

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