(7) アルヴィン=フリーディングの悔恨

「ウィル達の事は残念だったな、アル……」


 部屋の中央にうず高く積まれたガラクタの山。


 それらを一つ一つ丁寧に選り分け、鑑定魔法で細かく調べていると、背中合わせに同じ作業をしていたゴーダンが唐突に語りかけてきた。


 作業中会話らしい会話をせずに黙々と没頭していた為に、俺は不意を打たれたように身構えてしまう。


 賢老なゴーダンは知っている。俺が突然に聖遺物アーティファクト探しを手伝いたいと申し出たのは、ウィルフレン達の死を自分がまだ受け入れられていないこと。そしてその責任を負うべき俺が、弔いをする仲間たちに合わせる顔がないということを。


 ゴーダンが今まであえて一言も喋らなかったのは、ついさっきまで彼の弟子達が周囲にいたからだろう。今はその弟子達も粗方の作業を終わらせて外の天幕テントで休んでいる。この頑固者を絵に描いたような爺さんは、見た目によらず意外と繊細な気の回し方をするのだ。


 とはいえ俺もゴーダンには気を許してしまう。それは彼が【夜明けの女神アストラ・アウラ】の仲間というよりも、もっと身近な家族の関係に近いからだろう。ゴーダンは幼かったウィルと俺に冒険者として、何より人間としてどう生きるべきかを教えてくれた教師であり親同然だった。ゴーダンが付かず離れず戒めてくれたからこそ、未熟な俺達は冒険者として名を馳せることが出来たのだ。


 そんな祖父のような気の置けない相手だからこそ、俺はゴーダンの優しさから出た言葉に無言で貫いた。


「……あまり気に病むなよ。これも冒険者の運命さだめ、ウィルは誰よりその事を理解しておったはずだ」


 ゴーダンは黙したままの俺に、変わらず慰めの言葉を掛けてくれる。


 だけど俺には簡単にウィルフレンの死を認められなかった。


「ウィルが魔法を使っていれば死ぬことはなかった。俺が魔法を使うことを禁じたんだ。俺が聖遺物アーティファクト欲しさにあんな命令を出さなければ、ウィルフレンは無防備なまま死ぬこともなかったんだっ……!」


 俺は過信しすぎていた。ウィルならば魔法がなくても戦う術があると思い込んでいた。あの絶体絶命な状況も、必ず切り抜けられると信じて疑わなかった。


 だが魔法も使えず目も見えず、一体何が出来たというのか。自分でさえ己の剣を振るうので精一杯だったというのに、魔道士ウォーロックであるウィルに何が出来たというのだろう。


 俺はあの時、聖遺物アーティファクトを犠牲にしてでも魔法を使わせるべきだった。そうすればウィルだけでなく他の仲間だって助かっていたはずだ。たとえ【下僕王の黄金玉璽パケム・パラベルム】がなくても、和平協定を探る道はいくらでもあったというのに……。


「……アル、お前の言いたいことは分かるぞ」


 自らの愚かさを悔恨する表情。それが顔に出ていたのだろうか。ゴーダンは俺の沈んだ肩に、その皺だらけの手を優しく置いた。


「お前が今抱えている苦しみ。それは人の上に立つ者として悩まなければならないものなんだろう。儂にはその悩みの答えが分からん。儂はそういったものとはかけ離れた人生を送ってきたからな。……だがな、アル。老いさらばえた儂にもこれだけは分かるぞ。ウィルフレンはお前が下した命令が正しいと思ったからこそ、お前の指示に従って行動したはずだ。お前も知っておろう。あいつは鼻垂れの頃から間違ったことは絶対に聞かん筋金入りの強情っぱりだった。そのウィルが弟であるお前の下した命令に反論せず従ったのだ。たとえその命令によって自身の命を失ったとしても、あいつがお前のことを恨むわけがなかろう」


 ……ゴーダンが言っている事は正しいのだろう。俺もウィルが俺を恨んでいるとまでは思わない。ウィルがあの状況で魔法を使わなかったのは、俺と同じ固い信念を持っていたから。あの場で【下僕王の黄金玉璽パケム・パラベルム】を壊すことは、見知らぬ大勢の民が不幸になると理解していたからだ。


 もしも俺が聖遺物アーティファクトを捨てて仲間の命を優先していたのなら、ウィルは言葉で責めずとも俺のことを内心失望していただろう。崇高な信念を掲げ冒険者として名乗りを上げたというのに、信じた仲間の命すら犠牲に出来ぬ凡百の将兵に、自身の弟が成り下がってしまったという事実に。


 俺はとっくにその事実に気付いていた。気付いていたからこそそのことを誰かに言って欲しかった。自分が正しい行いをしたと保証してもらうために。だからわざわざ最も肉親に近いゴーダンのところへ、俺は不得意な鑑定魔法をしにやって来たのだ。


 ……つくづく俺は未熟者だと思い知らされる。いつまで経っても末っ子気質が抜けない。生前ウィルにもいつもそうやって小言を言われていた。もしも今この場にウィルがいたならば、きっとまた『ひよっこアル坊』とからかわれるのだろう。


 俺は頭の中で顕在化した、茶化してくるウィルフレンの手をいじけながら振り払う。ウィルフレンはもういない。その在りし日の幻影は儚く、現実の闇の中で溶けるように消え去っていく。


 もしかすると最後にウィルは、この悪癖を俺に戒めさせたかったのかもしれない――そんな都合のいい風に考えると、なんだか肩の荷が下りていく気がした。


「……なんじゃ? この騒々しい足音は?」


 部屋の外からドタバタと誰かが走り回る騒音が聞こえた。段々とこちらに近づいてくる。足音の感じから相当焦っているように思えた。


 俺は用心して立ち上がる。ゴーダンも玄翁げんのうを持って身構えた。すると足音の主たちが真っ暗な廊下から転がるように、勢い込んで部屋の中に入ってきた。


「あ、アルヴィン!」


 入ってきたのはペシエダとドンマンとロッツ。

 いつもつるんでいる悪童三人だ。俺は背中の大剣の柄から手を離した。


「どうしたお前ら? ……血だらけじゃないか」


 ペシエダ達の軽装に血がベッタリと付いている。走り込んできたことから彼ら自身の血ではないだろう。下で誰かが大怪我でもしたのだろうか。


「あいつが、ビトーが……!」


「ビトー?」


 ビトーがどうかしたのだろうか。彼は今かなり落ち込んでいると聞いた。

 俺と同様、この部屋での失態を自分の責任だと思っているらしい。そんなわけがないのは俺が一番知っている。確かにビトーはトラップ発動のスイッチを意図せず押してしまった。だけどあれは彼の責任じゃない。俺の責任だ。あのとき既にビトーの様子はおかしかった。おそらくあの部屋に入る前から強力な亡霊レイスそそのかされていたのだろう。俺はそのことを何となく感じていた。だけど聖遺物アーティファクトの在り処を調べるのに夢中でその事実を後回しにしたのだ。


 俺がしっかりしていればビトーの行動にはきちんと対処出来たはずなのだ。結果的に五人の死傷者が出てしまったのは、指揮官として未熟な俺の責任にある。その事もあとでビトーにも皆にも、きちんと説明するつもりだった。


「ビトーが仲間を殺しまくっている……だと?」


 ペシエダ達の自分勝手でちぐはぐな説明は、俺やゴーダンをさらに困惑させた。


「そうなんだ大将! あの野郎気が触れちまったみたいにおかしくなってよ、酔っ払った仲間たちを見境なく殺しまくってんだ! 大広間はもう地獄絵図だ。俺達も命からがら逃げ出して……」


 ペシエダは必死に捲し立てる。が、どうにも信じられない。というより想像が出来ない。あの大人しいビトーが仲間を殺生。いかに今の彼の精神が不安定であっても、仲間を殺すような実力も理由もないと思うが……。


「小僧ども、儂らを一杯食わせる気だな。一体いくらで賭けおった。どうせノーマンかダットン当たりがくだらないゲームでも酔いながらけしかけたのだろう? 全く不埒な奴らじゃ。……奴らに言っておけ。余分な金は孤児院にでも寄付して、賭けるのは自分の命だけにしておけとな」


「そうじゃねーよゴダ爺! マジでビトーがヤバいんだって!」


「くどい! くだらんゲームなぞ帰ってからやれ! 未だ件の聖遺物アーティファクトは見つかっておらん! 仕事は終わっておらんのだぞ!」


 ゴーダンの激しい剣幕にペシエダ達は一様に怯んだ。だがすぐに開き直って、それ以上の剣幕で言い返し始める。


 俺はその様子に違和感を覚える。普段の奴らなら嘘を看破されると悪態を付きながらあっさり離れるはずだ。だがペシエダ達はしつこいくらいに喰い下がっている。そんな事をしてもゴーダンが引き下がるはずがないと身を持って知っているくせに。俺にはどうにも奴らが嘘を言っているようには見えなかった。


 そして俺はペシエダ達から漂う独特の匂いに気が付いた。

 ……これはパーム草。混合亜人オルクスが戦闘前に精神を昂ぶらせる為に使う薬草の匂い。パーム草は最近大きな都市で密売され、国家間の大きな問題になりつつある。乾燥させたパーム草を燃やして煙を吸い込めば、どんな種族も簡単にトリップ出来るからだ。俺達冒険者仲間の間でも愛用者は多数いたが、任務中は絶対厳禁としていたはずだ。


「ペシエダ、もう一度頭から全部話せ」


 俺がそう命じるとペシエダ達の顔が安堵する。だが反対にゴーダンの表情は見るからに険しくなる。


「おいアル坊、本気で言っとるのか? こいつらの下らん与太話など、この時間の無いなか陽が昇るまで聞く気か? ……考えんでも分かる。ビトーが仲間を殺せるわけがなかろう」


「ゴーダン、確かにペシエダ達の話には信憑性がない。いつも誰かを騙して小銭を稼ぐような真似をしているし、普段から平気でラッパを吹くようなやつだ。だけど大怪我中に賭け事をして嘘を言えるほどこいつは器用じゃない。俺もビトーがそんなことを出来るとは思えないけど、この遠征を預かる身として仲間の訴えは聞く義務はある」


「アルの大将……!」


 ペシエダは感激したように顔を綻ばせた。


「だがペシエダ、その前に気付けの薬を飲んでからだ。葉っぱでキマった人間の話を親身になって聞くほど、俺は馬鹿でもお人好しでもない」


 頭上から降り注ぐ俺の厳しい眼光。その容赦ない視線に射抜かれ、ペシエダの顔は急降下したように萎んでいった。


 そして俺から差し出された真っ黒な丸薬。

 それをペシエダは気まずそうに受け取ると、苦い顔を浮かべる取り巻き達に手渡し、彼らと顔を見合わせながら一息で飲み込んだ。

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