第四章 「三日目 ~惨劇~」
(1) 膨らみゆく不安
「三階を探索したいんだ」
探索三日目の正午前。
相も変わらず屋敷の各部屋の再確認作業中に、僕は思い切ってソゾンに相談した。
僕の突拍子もない発言に、ソゾンだけでなく仲間の
当然だ。三階は僕らの担当区域ではない。上階はまだ一部の小隊にしか捜索許可が降りていない、未踏破の領域なのだ。僕が捜索したいと言い出しても、小隊長であるソゾンでさえ作業を変更出来る権限を持っているわけではない。
「……分かっとると思うんだけどな、ビトー。おでたちは調べた部屋の再確認係。
ソゾンの言い分は真っ当だ。僕らの命を監督する義務が彼にあるのだから、間違ったことは言えない。おかしいのは僕だ。そんなことは分かってる。
だけど昨日見たあの少女の姿が未だに頭から離れなかった。幽霊屋敷上階の窓辺から、僕を冷たく見下ろす少女……。
あのミヤに似た少女は何かを訴えている。僕に伝えようとしている。
見間違いかもしれない。考え過ぎかもしれない。だけどそれを知りたいという欲求が、屋敷を探索している間で抑えきれないほど膨らんできたのだ。
「三階全部を調べたいわけじゃない。西側の角部屋だけでいいんだ。詳しく調べなくったっていい。部屋の中に入るだけでも……」
僕は縋るように頼み込む。だけどソゾンの顔は更に困惑したような表情になるだけだった。
「分からんで。どして急に三階を調べたいなんて言い出す? 昨日までは危険の少ない部屋を回ることに賛成してたと思っとったんだがな。……もしかしておめ、
ソゾンの勘違いに僕は困った。どう説明するべきか……。
理由を話せばソゾンなら納得してくれるかもしれない。だけど僕は少女のことを言いたくなかった。ただの見間違いなら、僕の胸にだけ留めておきたかった。ソゾンはもとより、アルヴィン達遠征隊員に僕が精神的に参っていることは、絶対に伝えられたくなかった……。
「よぉ分からんだけどな。おめが必死なのはおでにも分かるで。何かワケがあるんなら、おでに話してくれんか?」
ソゾンの優しい語りかけに僕は口が緩みそうになる。だけどアルヴィンの幻滅した顔が脳裏に浮かぶと、僕の口は再び固く閉じていく。
理由を話せずもじつく僕。そんな僕を見て、ソゾンは仲間たちと共に困り果てる。
けれど彼はそのまま作業に戻ろうとしなかった。気持ちを切り替えるように大きな伸びをすると、僕に向かってチロチロと細長い二又の赤い舌を見せ、悪戯っぽく顔を歪ませて慰めるように笑いかけた。
「……ま、ちっとばかし命令違反するのもたまにはいいだでな。おでらも地味な作業ばかり回されてそろそろ退屈してたところよ。
「ソゾン……!」
「だけんども、おでの命令にはちゃあんと聞いてもらうで。昨日も探索中に片足落としかけた奴がおるでな。この館にはまだまだ強力なトラップがあるのは間違いないで。用心に用心を重ねねば、あっさりおっ死んじまうのが迷宮攻略の怖さだでな。……分かったか、ビトー?」
真顔で念を押され、僕は神妙に頷く。
ソゾンは僕の従順な姿を確認すると、早速三階へ向かう命令を仲間たちに出した。
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