(2) 月影に浮かぶ少女
幽霊屋敷の
ユーリカは昨夜から心身共に不調らしく、後方支援の仕事以外は
無理もないと思う。本来はもうとっくに
僕は仮にも男だから多少無理をしても健康面に問題はない。だけど女性であるユーリカには、見知らぬ土地で生活する期間を伸ばされるのは相当キツイだろう。それでも与えられた仕事はちゃんとこなすのだから気丈な女性だと思う。
彼女は僕が戻ったことも気付かずにごろりと寝返りを打って、
ユーリカの心身もそろそろ限界なのかもしれない。彼女は遠征というものを今まで経験したことがないのではないだろうか。遠征任務という名の終わりの見えない行軍は、長引けば長引くほど心身に過剰な負担が掛かる。
樹海の突破だけで二週間を要した。それだけでも並の冒険者なら疲労困憊になる。さらにここから
これ以上この村に留まるのは危険だ。僕の勘がそう訴えていた。
だけどあともう少し……。早ければ今夜にでも
僕は毎日の習慣となっていた日記を書き終え、仮眠を取る前に水を飲むことにした。
近くの共有テントに設置された飲用水樽。その樽から直接手のひらへ水を汲み、冷えた水を立ちながら飲もうとする。
そこで僕は、屋敷の中からこちらを見つめる一筋の視線に気付いた。
(あれは……)
この村に到着した初日にも感じた奇妙な視線。
その視線の送り主の姿が、不気味な闇夜の中、偶然顔を出した月の光に照らされてはっきりと見えた。
……少女。
まだ十歳にも満たないであろう小柄な少女が、地上の闇夜に紛れたはずの僕を捉えてじっと見下ろしていた。
僕は手に汲んだ水を零す。目を凝らして屋敷の窓をしっかりと見据える。粗末なワンピースで包まれた体は見えるのに、どういわけか少女の顔だけは見えなかった。だけど少女が右手に抱えていたもの、それには見覚えがあった。
(そんな馬鹿な……)
妹のミヤが持っていたはずの、人形……。
どうしてそれをあの少女が持っているのだろうか。あれはミヤが死んだとき一緒に火葬されたはずだ。ミヤと共に灰となってこの世から消えたのだ。
……似ている人形?
そんなはずはない。あの左右非対称で不細工な形の人形は、幼い僕が苦心してボロ布で作りあげたものだ。あんなもの、誰が似せて作るというのか……。
「どうしたの? ビトー」
突然肩に手を置かれ、僕は驚いて振り向く。
ユーリカだった。彼女は僕が
「あの窓に……」
少女のいた屋敷の窓に再び目を向けると、彼女はもう消えていた。
今はもう月が雲に覆われて、部屋の中は見えない。
「探索班も頑張るわね……。そろそろ見つかるといいんだけど、
あくびをするユーリカの視線の先には、屋敷の三階部分で移動するぼんやりとした光の群れがあった。
おそらくあれは僕らと入れ違いで探索を任された小隊のランタンだろう。光の群れは少女がいたはずの部屋を、何事もなく素通りしていった。
「早朝に交代でしょ。ビトーもそろそろ眠ったら?」
「うん……」
僕は硬直した顔を冷水で洗ってから、ユーリカと一緒に
ユーリカは僕が疲れていると思ったのだろう。これから仕事に行く旨だけを伝えて、彼女は静かに
毛布の中で僕は思い出す。月光に曝された人影。僕の両の瞼には、窓辺に佇むあの少女の姿がこびりついていた。
――あれはミヤだったのか?
どうしてだろう。僕にはあの少女の顔だけがはっきりと見えなかった。
だというのに僕の脳裏には、少女がまるで非難するかのように蔑んだ目付きで睨み、そして硬直した僕を恨めしそうに見下ろしている……そのように思えて仕方なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます