第三章 「二日目 ~異変~」

(1) 難航する宝探し

「おっと、危ないでなビトー」


 腐食して崩れた書棚を慎重に調べていると、突然耳元に鋭い風切り音が聞こえた。


 驚いて部屋の中央へ振り向くと、天井に頭が届きそうなほど上背のある人物が、埃まみれの僕を見下ろしてニヤリと笑っていた。


「この館には厄介な毒虫もぎょうさんおるから、気を付けねとなぁ」


「……助かったよ、ソゾン」


 幽霊屋敷の探索で僕と行動を共にしていた鱗竜族ハイ・リザードのソゾン。


 長躯の彼が持つ三叉槍の先端には、極彩色の醜怪な芋虫が突き刺さっていた。


 どうやら僕が使用人の日誌を読むのに気を取られている最中に、天井から落下してきた毒虫をソゾンが空中で一突きにしたらしい。子供の腕より大きい毒虫は貫かれてもまだ生きているらしく、うねうねと身体をくねらせて強靭な生命力を僕らに見せつけた。


「平原の毒虫と違ってえらい生命力だでな。これも英雄王さまのお力なんだでか」


 ソゾンは腰に下げていた酒瓶から銀色の液体を口一杯に含む。


 そして口に含んだそれを自身の槍の穂先へ霧状に吹いて、曲芸師のように火を付けた。

 毒虫は猛烈な火にその身を炙られると、みるみるうちに収縮して動かなくなった。


 ローストされた芋虫の匂いを執拗に嗅ぐソゾン。


 彼は芳醇な匂いに刺激されたように涎をダラダラ垂らすと、耳まで裂けた顎を目一杯開いて焦げた芋虫を丸飲みにした。


「ソゾン、君達は僕の護衛を買って出てくれたけど……他の捜索隊みたいに聖遺物アーティファクト探しに参加しなくていいのかい?」


 毒虫の嚥下中に僕が尋ねると、彼は赤い鱗で覆われたしなやかで長い首をふるふると振るわせ、爬虫類特有の珍しい否定の仕方をした。


「おでたち鱗竜族ハイ・リザードはあまり興味がないでな。聖遺物アーティファクトの力は人の領分を超えすぎているで。何の覚悟もなしに持てば、きっと不幸になるだけだでな」


 ソゾンに付き従う三人の鱗竜族ハイ・リザードも、同調するように全身の鮮やかな鱗を震わせた。


「おでらはこうやって、お宝の取りこぼしがないか部屋を見回るだけの方が気楽でええで」

 

 アルヴィンが盛大に号令を掛けた迷宮攻略開始後、屋敷の内部探索は二日目にして早々に済んだものの、最大の目的である聖遺物アーティファクト探しは未だ難航していた。


 アルヴィンは慣れない軍事連帯行動が原因だと判断し、五人一組の小隊で自由に屋敷内を捜索する従来のギルド方式を限定的に許可した。

 その際に更にアルヴィンの一存で、聖遺物アーティファクトを最初に見つけた者には追加で特別褒賞が与えられると約束された。


 副隊長のガルデロッサ卿は軍務としてそれは越権行為であり規律違反だと異議を唱えたけど、結局その方が冒険者である皆の士気が上がる事実に納得して引き下がった。


 幽霊屋敷内の危険が思った以上に低いことも手伝って、捜索隊は誰もが聖遺物アーティファクト探しに精を出していた。


 僕らの最終目的である【下僕王の黄金玉璽パケム・パラベルム】。


 その聖遺物アーティファクトを最初に見つければ、聖都の中心部に庭付きの戸建てが買えるくらいの金が手に入る。さらに現存する他の聖遺物アーティファクトも見つければ、条件付きで使用許可が降りる。捜索隊の皆が躍起になって探すのも当然だった。


 ソゾンたち鱗竜族ハイ・リザードのように、探し終えた部屋に見落としがないかもう一度探す無欲な者は珍しかった。


「だからって何も、用済みになった僕のお守りをしなくたって……」


 僕の卑屈な言い方に、ソゾン達はお互いの顔を見合わせて困惑していた。


 僕は昨日の失態を思い出す。


 昨日はアルヴィン率いる捜索連隊の陣頭で、彼らに屋敷の案内をするはずだった。だけど結局僕は、屋敷に足を踏み入れても暗闇の中で右往左往するばかりで、何も案内することなんか出来なかった。


 幼少の頃に一度来ただけの曖昧な記憶では、この幽霊屋敷の迷宮攻略に何の役にも立たなかったのだ。覚えているのは亡霊レイスに追いかけられたことばかりで、ろくに屋敷内の詳細な情報など思い出すことも出来なかった。


 唯一貢献出来たのは屋敷の裏手にある秘密の入り口を教えられたこと。それぐらいだろうか。


 道案内ガイドとして役に立たず持て余された僕。

 そんな僕をソゾンは進んで自分の小隊に入れてくれたのだ。大陸でも有数の槍の名手である彼らからすれば、僕は戦力にならないどころか足手まといそのものだろう。


 ソゾンはどうして僕なんかと一緒に行動する気になったのだろうか。


「そう自分を卑下するもんでないで、ビトー。アルヴィンもおめのことを買ってるから、精鋭揃いの探索班に置いてくれたんだで」


 ソゾンは親身になってそう言ってくれる。だけど本当にそうだろうか。アルヴィンは僕の存在を忘れているだけなのではないか……。


 アルヴィンは捜索隊の統率に加え、後方支援の指揮を取るガルデロッサ卿と絶えず連絡を取り合っている。さらに自身も小隊を率いて積極的に聖遺物アーティファクトを探しているのだ。役に立たなかった僕のことを気にかけている余裕など、今の彼には微塵もないはずだ。


 そんな僕の繊細すぎる心模様に気付いたのか、ソゾンは突然怪鳥が啼くような甲高い声で笑い飛ばす。


「おでらだってな、きっちり仕事はやり遂げたい。足手まといとは一緒に動きたくないで。ビトー、おめの危険を感知する能力は大したもんよ。おでらの中でもそれだけ敏感な奴はアルヴィンと盗賊シーフのペシエダくらいだで。まぁおめの場合はちっとばかし臆病なのが難点だけどもな。んだけどもおめのその立派な鼻と耳があれば、おでら鱗竜族ハイ・リザードの苦手な死霊アンデッドどもから先手を打てる。獣人族ベスチアのおめがいてくれるとおでらは大助かりなのよ。お宝よりもおでらは自分の命が最優先よ」


 ソゾンのその発言に僕は励まされたが、鱗竜族ハイ・リザードの仲間たちは一斉に笑い出した。


 彼らの言葉はソゾン以上に訛っていてよく聞き取れないが、どうやら幽霊の類が苦手なのはソゾンだけらしい。


 仲間に笑われたソゾンは顔中の赤い鱗をさらに色濃くして、おめたちもそうだでと憮然として怒り出す。


 僕はそんな彼らの気心の知れた関係が羨ましくて、不甲斐ない自分のことも忘れて微笑ましく見ていた。


「それにな……」


 仲間たちと言い合いを止めたソゾン。彼が真剣な顔になると、


「あのアルヴィンが会ったばかりの人間とあそこまで親しくするなんて、おでは初めて見たからよ。だからおめのことが気になってるっちゅうのもあるんだ」


 縦長の半月のような黄色い瞳孔を伸縮させて、僕を見定めるようにまじまじと見つめた。


「おではアルヴィンと付き合いが長いでな。まだ【夜明けの女神アストラ・アウラ】がギルドに登録されてない頃からの知り合いだで。だからあいつの性格はよう知っとる。あいつは器用な奴だでな。初めて会った相手でも気さくに付き合えるけども、誰彼構わず自分の仕事に誘うことは滅多にないで。共に死線をくぐった者にだけ、アルヴィンは心を許して背中を任す。んだけどもおめは……」


 ソゾンはそのまま口を濁す。

 いきなりアルヴィンの仲間に加わった僕の存在が、彼にはどうしても不可解に映るのだろう。


「……ま、そんなことはどうでもいいでな。そろそろキャンプに戻って、ガルデロッサの奴に経過報告するべな」


 仲間を引き連れてソゾンは部屋から退出していく。僕もこの部屋の捜索を止めて、すぐに彼らの後を追った。


 捜索隊のメンバーが行き交う一階正面玄関エントランスホールに出ると、吹き抜けの天窓から蒼い半月と紫の三日月が交差するのが覗き見えた。


 明日は奇しくも二重満月の日だ。これからは低級霊スピリット共が月の魔力に当てられて騒ぎ出す。屋敷の内外で奴らは僕らをしつこく邪魔するだろう。だけど聖遺物アーティファクトの捜索を中断するわけにはいかない。

 

 僕らに残された時間は、もう一日しかないのだから。

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