(5) 本物の英雄のチカラ
故・チェスター=クロムウェル公爵家の
通称・
その迷宮攻略の為の
未だ遠征隊員全員で突貫工事中だが、少ない資材でほぼ軍の宿営地と変わらない規模の
僕は前線である
僕とユーリカは司令部を兼ねた一際大きな
「――まぁ、こんなものでしょうな」
ガルデロッサ卿は短い咳払いをしてから、ギルド入会時に配られる初級教本をパタリと閉じる。
彼はアルヴィンと同じくらい忙しい身でありながら僕らの教育係を押し付けられたというのに、嫌な顔一つせず一時間の講義を完璧に全うした。
僕らはその事に感謝して素直に礼を言うと、ガルデロッサ卿は深い髭の奥に隠された分厚い頬を紅潮させて、重たい咳で照れを隠すように返事をした。
僕らが教えられたことはそう難しいことじゃない。基本的なルールだ。僕もユーリカも徴兵された経験があるから、ほとんどが知っていることの再確認だった。
唯一違うのは軍人ではなく冒険者としての心構え、何があっても仲間を見捨てないということだけだ。
悲しいけれど僕が昔いた軍の部隊では、仲間はもとより自分の命も上官に捧げろときつく命じられていた。
それが正しいと思うほど馬鹿じゃなかったけど、冒険者の前に軍人であるガルデロッサ卿の強い言い含め方に、僕は少なからずショックを受けた。
いつも流されて生きてきた僕と違って、彼らは強い信念のもとに行動しているのだと……。
「最後に一つ言い忘れていた」
演壇に立つガルデロッサ卿は、席を立とうとする僕らに鋭い視線を送る。
「今回の迷宮攻略に限っては特別に気をつけねばならないことがある。我らは第二次遠征隊本隊が派遣される三日後以内に、目的の
「……え? 三日って、かなり短くないかしら?」
ユーリカは隣りにいる僕をまじまじと見て言った。
僕もそう思う。三日はあまりにも短すぎる。本来天然の要塞となった
その上で攻略を続行するか撤退するかを決め、
三日であの
「貴殿らが不可解に思うのも致し方ない。だがそれには当然理由がある」
ガルデロッサ卿は僕らの戸惑いを察して、重い溜息と共に言葉を挟む。
「
ガルデロッサ卿は鬼のようなしかめっ面で、仮想敵を見做した宙を睨みながら話していく。
「明後日に到着するはずの第二遠征隊からは土木工事の為の人夫だけでなく、軍部から送り込まれた監査委員の人間も少数ながらやって来る。
鼻息を荒くしてガルデロッサ卿は、任務完遂を誓うように聖王の抽象絵に
どうやら僕が想像していた以上に受けた仕事は責任の重い
「ま、そう固くなるなよビトー」
いきなり肩を組まれてびっくりした。
反射的に横を見ると、僕の引き攣った顔を見て笑っているアルヴィンが隣にいた。いつのまにか
「後方支援の指揮には
アルヴィンは全く心配はないと言うようにからからと笑う。
確かにそうなんだろう。遠征隊の皆は信頼できるし何より優秀だ。だけど絶対とは言い切れない。ただでさえあの幽霊屋敷は危険な場所だというのに、時間も制限されているとなるとかなり厳しいんじゃないのか……。
「ビトー、俺達【
アルヴィンは自分で言って、自分で笑った。
「俺達だってあからさまに無謀なことには手を出さない。これはイケると思ったら全力でやりきるだけだ。それが周りには蛮勇と見える時もあるのかもしれないが、何かを為すのなら絶対という言葉は時に無視しなきゃならないと思う」
ガルデロッサ卿が同調するように唸る。
僕にだって分からないではない。戦時中には命を顧みず特攻して、そのおかげで命拾いしたことが何度もある。
だけど今はあの時とは状況が違う。僕はもう一人きりじゃない。ユーリカという、守らなきゃならない存在がいるんだ……。
「俺を信じろビトー。必ず【
アルヴィンは僕の肩から腕を放して離れると、
そして漆黒の闇と冷たい外気を遮る重い布の
「……そうだろう! お前ら!」
入り口が開かれ
誰もが本来の職種である武具装備をガッチリと身に着け、迷宮攻略への本格的な支度が完璧に整っている。
彼らの自信に満ち溢れた顔つきから分かる。あとは作戦指揮官であるアルヴィンの号令を待つだけだった。
「聞けッ! 恐れ知らずの戦友たちよ!」
アルヴィンの闇夜の天を衝く厳かな咆哮に、仲間たちの顔から浮ついた表情が消えていく。
彼らはリーダーであるアルヴィンの激励に、静かに耳を傾け始めた。
「これから俺達は英雄王の寝所を荒らす! だがそれは断じて彼の築いた偉業を汚す行為じゃない!」
いつのまにか魔法鏡でライトアップされた幽霊屋敷。そのまばゆい光に明かされた屋敷の姿を、アルヴィンは背負っていた大剣で威風堂々と指した。
「彼が振るった力を今一度呼び覚ます事は、恒久なる平和を導く為への正当なる行為だ! 俺はこの剣に誓う! 俺は英雄王の意志を継ぎ、この世界に千年の平和を約束する!」
屋敷の正面までゆっくりと歩くアルヴィン。彼の為に仲間たちが道を譲り、人波が左右に大きく割れる。
そしてアルヴィンは屋敷の
「この世界に真に平和を願う者は種族に拘らず俺に力を貸せ! それが永劫に続く平和への、偉大な一歩となる!」
彼の声に宿る熱く、激しく、巨大な意思の塊。
その底の見えない膨大な熱量が、その場にいた者の全ての魂を震わせた。
それは冒険者になったばかりの僕も決して例外じゃない。僕もユーリカも、彼のその魂の強く輝く純粋な波動に、確かに震えるほど共鳴していた。
「全ては弱き者の盾と矛になるため……。悠久なる
「「
アルヴィンの魂を揺する咆哮。
そして仲間たちの咆哮への復唱が、凄まじい音の波となって僕の耳を劈く。
あまりに大きすぎるその声量の群れに、闇の森で様子を窺っていたケモノ達が恐れをなして一目散に逃げている。
……これが英雄の力。
これが戦争という強大な魔物を打ち祓った者の力。
この世でアルヴィン=フリーディングだけが持つ、誰しもを納得させうる特異な能力。
この力を持って彼は、世界の命運を握る大戦を終戦へと導いたのだ。
僕はそのとき初めて知った。
本物の英雄と呼ばれる人間――その者の魂から産まれ出る熱く激しい鼓舞。
それは臆病で意思が弱いただの人間でさえ、不条理に立ち向かう高潔な人間――真の勇者に一瞬で変えうることが出来るのだと……
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