(3) 記憶の中の影

「ビトー殿はおられるか!」


 ユーリカの手当を森の端で受けている最中、突然、村の中央広場の方から僕を呼ぶ野太い声が聞こえた。


 あの威厳が含まれた低音の声の持ち主は、遠征隊副官であり重戦士隊隊長でもある、ダナディン侯爵・ガルデロッサ卿だろう。


 僕はユーリカの手当を中断させると、巨大な星銀鉱ミスリル甲冑を着たまま捜すガルデロッサ卿に駆け寄った。


「どうしましたか?」


「おぉビトー殿、ここにおられましたか。休憩中申し訳ないが、教会の場所を教えてほしい。崩れかけている結界を早急に張り直したいのだ」


 僕は納得して頷くと、早速ガルデロッサ卿を村外れにある教会堂へ案内した。


 教会までの短い道のり。僕は村の中を歩いて気付く。


 皮肉にも毒の瘴気で守られていたからか、ほとんどの建物にひどい損傷は見られない。人間はもとより野生動物も魔物モンスターも、この村には寄り付けなかった証拠だ。僕が子供の頃住んでいた時の光景と、今の町並みに大した変化は見受けられなかった。


 だけどこれらの施設はもう使い物にならないだろう。そこかしこの建材に毒の胞子が芽吹きかけ、中身は芯まで侵されて腐りかけている。十年の月日を掛けて毒性は弱まっているはずだが、人間ヒトが長期間居住するにはまだ早すぎる。


 結局この村は毒によって死んだのだ。もう一度人が住める村として復興させるには、誰でもない人の手で完全に崩壊させなきゃならない。


 僕が暮らした孤児院も教会も、民家や酒場や商店に至るまで、村の全ての建物が近い内に焼き払われることになるだろう。


「あの尖塔が対になっている高い建物が見えますよね? あれがこの村の教会です」


「かたじけない、ビトー殿」


 僕が村の最北に位置する教会堂を指差すと、ガルデロッサ卿は後ろに控えていた部下達に号令を掛けて、鎧をガチャガチャと響かせながら駆け足気味に入って行った。


 彼らを案内し終えると、僕は急に手持ち無沙汰になる。

 僕が道案内ガイドとして出来ることはもうない。後は遅れて来る二次遠征隊の到着を待ち、帰りの荷車に乗せてもらうだけだった。


「故郷か……」


 僕は教会に隣接する孤児院のベンチに腰を下ろす。


 このベンチには思い出がある。よくミヤとデグゥと一緒に仲良く並んで、月に一度配給される砂糖菓子を分け合いながら食べたのだ。


 遠い昔の記憶だ。彼らはもういない。


 再興という名の終焉で、この村の最後と共にそれらの記憶も消えていくのだろうか……。


 僕はふと青く広がるアルバート村の空を見上げて、視界の隅に入った異変に気付く。


 未だ丘の上に鎮座するあのクロムウェル公爵邸幽霊屋敷。その屋敷の中から、誰かがこちらを見ているような……。


 そんなはずはない。たぶん屋敷に居座る亡霊レイスだろう。まだ成仏出来ずにあの中で徘徊しているのだ。だけど亡霊レイスがこんな昼日中に窓際に立って外を見るだろうか。あいつらは常に暗がりに潜むことを好む。陽の光は見れない運命だからだ。


 ――だとしたら人間が? 


 それこそありえない。この十年毒で汚染され孤立し続けた村の中で、誰かが生活して住んでいるなど……。


 僕は少し、疲れているのかもしれない。そういえばもう丸二日は寝ていなかった。


 もう一度屋敷を見るが、視線はもう感じない。……気のせいだったのだ。


「ユーリカの言う通りだったな……」


 彼女の不安は的中した。僕はこの村に来たことで、封じていた過去を無理やり呼び起こしてしまった。僕は自分で気づかないほど、精神的に参っているのかもしれない。


 仮眠を取ったらユーリカと帰りの支度をしよう。もうここにいる必要はない。


 僕らの冒険者としての最初で最後のクエストは、無事に終わりを告げたのだから……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る