(2) 救国の英雄 アルヴィン=フリーディング

 僕らが救国の英雄・アルヴィン=フリーディングと初めて出会った場所――それは聖都オストムを拠点とする、ある軍事施設内で任務クエストについての公約書にサインをしていた時だった。


 僕が上官からの仕事を受けると宣言した翌日の朝、突然ユーリカは自分も同行したいと僕に願い出た。

 話を聞くとユーリカは、どうやら僕が故郷に帰ることで精神的な部分が不安定にならないか心配らしく、出来ることなら一緒に付いてサポートをしたいということだった。


 僕はその彼女らしい優しくも無茶な提案を素直に受け止めていいべきか迷った。

 けれどユーリカは誰でもない僕のために真剣だっただけに、簡単にあしらうことは出来なかった。


 仕方なく電信で上官にユーリカも連れていきたい旨を返信すると、それはあっさりと承諾された。後にそれがアルヴィンの計らいで決まったことは、その時の僕らには知る由もなかった。


 それから僕らは揃って聖都に上洛したわけだが、そこで不測の事態が生じた。どうやら軍部への連絡に手違いがあったらしく、ユーリカの同行が任務クエストの公約書に記載されていなかったのだ。

 土壇場になってユーリカの同行が認められず、僕らはそのことで契約を交わしていた事務官と揉めに揉め、この仕事の話は危うくご破産になるという寸前のところまでいった。


 それをどこからか聞きつけてやってきたのが、あの英雄アルヴィン=フリーディングだった。


 彼は険悪な雰囲気で満たされた応接室にふらりと入って来ると、終始仏頂面で僕らを詰る年嵩の事務官をあっという間に説き伏せ、遠征に同行出来るようスマートに取り計らってくれた。

 さしものお偉方である事務官の男も英雄には難癖をつけられず、苦り切った顔で公約書に承認印を押すと、後の説明を全て彼に押し付けて部屋から逃げるように去った。


 僕はそのときまで知らなかった。この遠征任務クエストに携わる人間のほとんどが、あの大陸間大戦を終わらせた【光のアルヴィン】擁する、伝説の傭兵ギルド【夜明けの女神アストラ・アウラ】で構成されていたことを。


 任務クエストについて一通りの説明をした後、呆然としている僕らに改めて挨拶し直すアルヴィン=フリーディング。


 その現実感の無い光景に、僕は気後れ以上に激しく困惑した。


 どうして彼ほどの大物が、このような地味で時間の掛かる任務クエストに参加しているのだろうか。今の彼ならば任務クエストなど受ける必要も暇もなく、大貴族や大商人、それこそ聖王陛下からの勅令による要務を帯びていてもいいはずだ。


 そのことを恐る恐る彼に尋ねると、意外にもアルヴィンは笑顔で気前よく教えてくれた。


 ――アルバート村再興は僕らが思った以上に重要な任務クエストであること。

 ――樹海で発生した魔物モンスターが予想以上に強いこと。

 ――そしてこれは軍部から依頼された軍事機密作戦であるが、どういう理由かは伏せられたが聖王国バルハイムの軍兵は派遣出来ないらしい。


 なのでこれほど重要な任務クエストを任せられる聖王国関係者は、王室とも縁のあるアルヴィン達しかいなかったらしい。

 

 僕はそれを聞いて慄いた。


 詳細は分からないけど、これはきっと国の行く末を決める仕事だ。だとすると失敗は許されない。大した能力もない僕らに、彼らの道案内ガイドが務まるだろうか……。


 目の前で気さくに話すアルヴィン。


 彼は僕らを歓迎してくれたが、僕はすでに心の中で尻込みしていた。だけどもはや辞退する時間も勇気もなく、ユーリカと共に流されるようにアルヴィンの仲間たちを紹介された。


 それから僕らは聖都オストムに留まり、アルヴィン達と共に予行演習を何度か重ね、ちょうど二週間前の任務クエスト決行日、奇しくも終戦記念日にアルバート村を囲む樹海に踏み入った。


 僕の考えは杞憂だった。


 というよりも僕らの想像を遥かに超えてアルヴィン達は優秀だったのだ。

 僕のおぼろげな記憶に頼る直感に近い道案内ガイドでも、アルヴィン達は予測を立てて樹海を確実に踏破していく。本当に僕が必要だったのかと思うほど、彼らはさくさくとアルバート村まで順調に進行していった。


 唯一危なかったのが最後に魔物モンスターの群れに追いかけられたときだが、それもアルヴィン達がほとんど倒してしまった。これで後続の補給部隊も問題なくアルバート村に着くことだろう。


 新参者ながらもこの遠征任務クエストはつつがなく終わると僕は予感する。


 事実僕とユーリカの仕事はアルバート村に着いた時点で完了したと言っていい。


 それもこれもアルヴィン率いる【夜明けの女神アストラ・アウラ】のメンバーがあまりにも有能だったからだ。


 彼らにとってはこの高難度クエストも、日々行われる雑務の一つに過ぎないのだろう。


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