(5) デグゥと僕、そして……
「デグゥ! 待ってくれよ!」
屋敷の廊下を方向も分からず滅茶苦茶に走り回ったせいで、今自分がいるこの場所がどこなのか階層さえ分からない。途中までメモ紙に描いていた下手な迷宮地図も、この騒動でどこかに落としてしまった。
すぐ後ろには僕らを追う者。
身の毛もよだつような雄叫びを上げる
何の戦闘訓練も受けていないただの子供である僕らには当然戦う術などあるはずもない。とにかく今は幽霊屋敷の中を走り回って、執念深い
「こっちさァ! ビトー!」
三方向に別れた廊下の交差路。そこで僕がどこへ行くべきか迷っていると、突然右腕をぐいと強く引っ張られた。僕は引きずられるようにして、近くの部屋の中へ押し込められる。
デグゥは僕が部屋に入るとすぐに扉を閉めた。息を殺して二人で廊下の様子を窺うと、しつこく追いかけてきた
「……ふぅ。今のはヤバかったなァ」
額の汗を拭うデグゥを僕は睨み付ける。デグゥはバツが悪くなったのか、慌ててごまかし笑いをその丸顔に浮かべた。
「前から思っていたけど、君は少し思慮に欠けていると思う……」
僕らが逃げ回る寸前の出来事。それを思い出して僕はわざとらしく眉間に皺を寄せた。
デグゥが僕の警告を無視して触った、とある部屋に置かれていた古いピアノ。
あれはどう見ても曰く付きの
そして現れたのは
「そんなに怒るなよォビトー。冒険には危険が付き物さァ」
ここに来る前から薄々感じてはいたけど、デグゥはちょっとした冒険のつもりでこの屋敷に来たのだ。
僕ら兄妹を心配しているのも本当だろうけど、やっぱりデグゥは冒険に憧れてこの屋敷に足を踏み入れた。いつかは立派な英雄になりたいと願い、そのための第一歩としてこの幽霊屋敷を最初の舞台に選んだ。彼にとっては血潮が滾るような危険に身を曝すことこそが、今の自分に最も必要なものだったのかもしれない。
……僕は馬鹿だ。デグゥがいつだって自分が一番なのは、最初から分かりきっていたことなのに。
「……デグゥ、次からは気をつけてくれよ」
諦め半分にそう言うと、デグゥは軽薄そうに笑って頷いた。
僕はそこで今までの疲れがどっと押し寄せて、部屋の壁にもたれ掛かってその場に座り込んだ。
「しばらくここで休憩した方がいいかもなァ。今の騒ぎで他のモンスターも起きただろうしなァ」
デグゥはそう呟くと僕の隣にどかりと腰を下ろす。そして肩掛けカバンから乾パンを一枚取り出すと、リスのようにポリポリと齧り始めた。
僕もそれを見て急にお腹が空き始める。同様に自分のカバンを開いて、取り出した乾パンに無言で齧り付く。
「デグゥはさ、」
「……あん?」
異様な静けさと暗闇に包まれた部屋。今まで忘れていたその不気味な現実が急に顔を出し、僕は恐怖を紛らわすためにデグゥに話し掛けた。
「この屋敷でお宝が手に入ったら、どうするつもりなの?」
湿気った乾パンに気付いて噛まずに飲み込む。僕は何とはなしに聞くと、デグゥはパンクズをボロボロこぼしながら豪快に笑った。
「もちろんビトーとミヤを孤児院から追い出させないように、ゼーマン院長にワイロを渡すのさァ」
僕はそれ以外のこと、主に自分の為の使いみちを聞いたつもりなんだけど、それを聞いて僕は純粋に嬉しかった。
なんだかんだデグゥの頭の中には僕ら兄妹のことが大きく占められている。僕はデグゥが自分最優先だと勝手に誤解してたけど、デグゥはデグゥで、彼なりに色々と考えているのだ。
「ワイロなんかユワール銀貨を五枚も渡せば十分さ。なんたってあの院長は孤児が稼いだ小遣いも院に寄付させるようなガメつさなんだから。僕が聞きたいのは、僕らのためじゃなくって、デグゥが自分自身に使うお金のことだよ」
デグゥは途中で挟んだ僕の軽口をケタケタと笑い飛ばす。そして満を持したようにその場にすっくと立ち上がると、屋敷の薄気味悪さも吹き飛ぶような明るい顔で言った。
「もちろん冒険者になるための軍資金さァ! 一流の冒険者は使う道具も一流に決まってる! オレは十五になったら町に出て、ピカピカの剣と防具を揃えてめくるめく冒険に出るのさァ! こんなお化け屋敷で手に入れるお宝なんてみみっちぃものさ! オレはたくさんの頼れる仲間を作って、いくつもの困難な冒険を経て、世界中に隠された金銀財宝をこの手にするのさ! そして誰もがおとぎ話で聞くような、偉大でカッコよくて最強な英雄になるのさァ!」
自身の夢を恐れることなく語り、力強く演説を打つデグゥの姿に、僕は純粋に羨ましいと思った。
この不遇な時代でもデグゥは、前向きに夢を見て自分自身の願いを叶えようと行動している。それはきっと簡単なことじゃない。誰もが出来るような当たり前のことじゃないんだ。デグゥは目の前の過酷な現実を知りながらも、その事実に押し潰されまいと必死に抗っている。
……でも僕はどうだろう。毎日の辛い生活でいっぱいで、自分が何をしたいのかも分からない。ミヤを守りたい気持ちだけは固く持っているが、それ以上の熱い気持ちは何も湧いてこない。
だから僕はデグゥが羨ましい。僕と同い年で同じ孤児なのに、なぜそこまで明るく生きられるのだろう。僕もいつかは、デグゥのように誰かに希望を与えられるような人間になることが出来るのだろうか。
「ビトー! そのときはお前も連れて行ってやるさァ! 英雄の隣にはいつも頼れる相棒がいるもんさ! お前と俺とでならどんな困難な冒険も突破出来る! もちろんミヤも一緒でなァ!」
……デグゥ。僕は孤児になんてなりたくなかった。今でも僕らの両親を奪った名も顔も知らない恥知らずの大人たちを憎んでいる。だけど君と出会えたことだけには感謝しているよ。誰よりも純粋で逞しい君と一緒なら、いつかは本当の自分の願いとやらを見つけられるのかもしれない。それはもしかしたら叶わないのかもしれないけど、それでもそう信じさせてくれる君の言葉が今の僕を救ってくれる。
デグゥ。君は英雄に憧れているけど、僕は君のことをとっくに英雄だと思っているよ。こんなにも僕を救える言葉をまっすぐに言える君は、戦争で勝利を導いたドッドリアなんかよりもよっぽど英雄さ。
きっと孤児院で眠るミヤだって、そう思っているに違いない。
僕らはね、デグゥ、出会ったときから君に憧れているんだから……。
「そろそろ行くさ、ビトー」
「うん」
僕は立つ。胸の中で思っていた熱い気持ちを秘め、英雄デグゥの後を従者のように付いて行く。
――僕は誓った。
これからどんなことがあっても、デグゥ、君だけは裏切ることの出来ない、唯一無二の親友であると……
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