(4) 英雄の棲まう場所

 幽霊屋敷のすぐそばまで来ると、僕らの勇敢な足取りは自然に止まった。


 眼前にそびえ立つ大邸宅。クロムウェル公爵邸。


 薄気味悪くてそこかしこにガタがきているけれど、それは確かに古の英雄が住まうに相応しい立派なお屋敷だった。当時のモダンな建築様式で設計された重厚で派手な造りの外観に、僕らは厳かな威圧感を感じて足を竦ませる。


 幽霊屋敷は見るからに朽ちかけた建物だ。だけどその手掛けられた労力と金に見合う豪奢さが、子供の僕らにでさえ一目で分かる。まるで王侯貴族以外の不当なる侵入を拒み、貧乏人の平民をあざ笑うかのような佇まいがそこにあった。


「正面玄関からは入れないさ。魔法で固く閉じられてるからなァ」

 

 デグゥはこっちこっちと僕を手招きして、屋敷の裏手へと回りこむ。


「ここさァ。オレは昔、ここから冒険者が入るのをマダラギ樹のてっぺんから見たのさァ」

 

 とりたてて何もない白い外壁。その壁に向かってデグゥは規則的なリズムでノックする。すると突然上下に外壁が割れて、屋敷への秘密の入り口が現れた。これはきっと緊急避難用の魔法壁なんだろう。


「すごいよデグゥ。こんなことを知ってたなんて」


「へへ。オレの眼は臥龍山脈ドラグネストに住む鷲鷹ガルホークよりも良いのさァ」

 

 僕らはデグゥを先頭にして屋敷の中へ意気揚々と入って行く。

 中は暗い。僕は孤児院から勝手に持ち出したランタンに火を灯した。


「ここは厨房みたいだね」

 

 辺りを照らして気付く。孤児院とは比べ物にならないくらい大きく立派な調理器具が、部屋の中に所狭しと並べられている。どれもホコリまみれで錆びついているけど、丁寧に掃除すれば町の質屋に高値で売れるかもしれない。


 ……大きすぎてとても今の僕らには持ち帰れないけど。


「オレたちの目的は屋敷に隠された財宝。こんなところに用はないさァ」

 

 デグゥは厨房の中には一切目も暮れず、ずんずんと廊下の先へ行ってしまった。僕も慌てて彼の後ろを付いて行く。


「ここに来た冒険者はどれくらいお宝を持ち出したのかなぁ。……分かるかい、デグゥ?」


「さぁなァ。でも見つけたお宝は村の役場に届け出る決まりだから、大したものは見つけられてないはずさァ。それにここ何十年も戦争に掛かりきりで、ろくな冒険者が来てないからなァ。オレが村の大人に聞いた限りでは、この屋敷に入った冒険者のパーティは誰も村に戻らなかったって話さ」

 

 ……デグゥ。その話を知っていて、どうして君はそんなに落ち着いていられるんだ。


 冒険者が誰も戻らなかったってことは、みんなここで死んだということじゃないのか。僕には冒険者が全て亡霊レイスに襲われて死んだとは思えない。亡霊レイス程度のモンスターなら、並の冒険者でも充分あしらうことが出来るはずだ。だとしたら戻らなかったのは他の理由があるはずだ。もしかするとこの屋敷には、僕らの知らない、幽霊以外に隠された何かがあるんじゃないのか……?


「この屋敷の最後の主はな、ビトー、とある大英雄の子孫だったのさァ」

 

 デグゥが急に止まったことで、考え込んで歩いていた僕の鼻面は彼の背中にぶつかった。

 いつのまにか僕らは屋敷の大広間に入っていて、デグゥはそこで何かを見上げていた。僕も薄闇の中でランタンをかざし、目を凝らしてその視線を追う。

 

 するとそこには大理石の白壁に掛けられた立派な絵画があった。大広間の中央階段踊り場に飾られた一枚の大きな絵。その中には昔の軍服を着た年齢不詳の精悍な男性が、威厳に満ちた立ち姿で写実的に描かれていた。


「あの髭面が英雄?」

 

 僕が絵の中の男に指差すと、デグゥは笑った。


「そうさ。無頼王チェスター=クロムウェル。大昔にこの大陸を武力で制覇した、始まりの英雄と言われた男さァ」

 

 デグゥは魅入られたようにその肖像画をジッと見つめている。そこには心から敬愛している感情がひしひしと感じられた。デグゥはやっぱり、英雄という存在に強く憧れているんだろう。

 

 だけど僕には不気味に思う。いくら英雄と言われても、この男がやってきた事は戦争という名の大量虐殺じゃないか。その中にはデグゥや僕ら兄妹のように、親を殺されて悲しい思いをした子供もたくさんいただろうに……。


「ビトー、一階は荒らされ放題だから二階から調べるさァ。オレは英雄が寝起きしてた寝室が怪しいと見たねェ」

 

 デグゥは中央階段を駆け登ると、踊り場で止まって、もう一度真正面から肖像画を見た。そして鼻を擦って満足そうに笑うと、意気揚々と二階の暗がりへ進んで行った。


「待ってくれよデグゥ!」

 

 二階の闇は一階よりも濃い気がした。カビ臭さも一段と増した気がした。僕はいつ亡霊レイスが襲ってくるか怖くて足が竦んでいたけど、ここまで来たらもう、デグゥの気が済むまで付き合うしかなかった。

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