(3) 満月の下の幽霊屋敷

 僕とデグゥはその日の深夜、溜め込んだ食料(一食にも満たないカチカチの乾パン)をバッグに詰めて、様々な寝息が聞こえる孤児院のベッドルームから抜け出した。

 

 今もすやすやと大事な人形を抱いて眠っているミヤ。


 ミヤには今夜幽霊屋敷へ出発するとは一言も言わなかった。そうでもしないとミヤは意地でも僕らに付いて来るだろう。ミヤは誰より気が弱いけど、人一倍頑固なところもあったから……。

 

 バッグの中身の音を立てないように、僕らは忍び足で暗い廊下を歩いていく。


 孤児院の裏門からこっそり出ようとしたところ、途中でゼーマン院長と鉢合わせになりそうになった。だけどゼーマン院長は咄嗟に隠れた僕らに気付かず、そのまま村の方へと歩いて行ってしまった。

 

 僕らは心底ホッとしたけど、別に見つかったところで咎められることはなかったのかもしれない。


 孤児院からすれば、増えすぎた孤児など勝手にいなくなってくれた方が都合が良い。そうすれば新たに孤児を引き受けて、国から降りる補助金が一人分増えるのだから。どこか知らない場所で野垂れ死んでくれれば、手続きも簡単でなおさら良い。そんな風に考えてしまう僕は、きっと孤児院で一番のひねくれ者なのだろう。

 

 僕らは煌々と地上を照らす巨大な満月の下、駿馬のように青草だらけの平原を駆け抜けて、目的の幽霊屋敷を一直線に目指した。


「……ねぇ、デグゥ」

 

 幽霊屋敷の広大な庭園をぐるりと囲む、大人の背丈ほどの高さのレンガ塀。

 その所々崩れかけた塀を乗り越えようとしながら、僕は先を行くデグゥに聞けずにいたことを尋ねた。


「あの幽霊屋敷って昔は貴族が使ってた別荘らしいけど、今は魔物モンスターが住み着いた未踏破の迷宮ダンジョンなんだろう? だったら宝を探して帰らなかった冒険者たちは……みんな死んだのかな?」

 

 僕は物怖じしたように恐る恐る聞く。するとデグゥは登りかけた手足の動きをピタリと止め、おもむろに振り返ってから笑い飛ばすような顔を僕に見せた。


「大丈夫さ! あの屋敷で襲われるのは大人だけ! 子供にはなんの危険もない! カムリはそう言ってたさァ!」

 

 そのことは知ってるよデグゥ。僕もカムリから何度も聞いた。幽霊屋敷に居座る亡霊レイスは基本的に無害な存在。特に邪心のない子供に危害を加えるような真似はしないって。

 

 だけど本当に大丈夫なのか。カムリは確かに物知りだ。頭が良いから街の商人の養子にもなれた。だけどあいつは誰にも相手にされないホラ吹きだ。そんな奴の言うことなんか、どうして頭から信用出来るのさ。


「あちゃ~、低級霊スピリットどもが沸いてるさァ」

 

 レンガ塀を難なく登り切るデグゥと僕。塀の上から周囲を見渡すと、屋敷の広大な庭にぼんやりと青白く光る、人魂のような物体がわんさかいるのが見えた。

 

 すっかり忘れていた。今日は交差朔望月クロスフルムーン

 

 月に一度ある二重満月の日はこうやって、近くの墓場から沸き出した低級霊スピリットたちがエサを求めて騒ぎだす。奴らの好物は子供の純粋な夢。このまま無策で踏み込めば、僕らは奴らの格好の餌食になるのは見え見えだった。


「どうするの、デグゥ?」


「へへ、コイツを使うのさァ」

 

 デグゥはシャツの内側から、首に掛けていた銀色の犬笛を自慢げに取り出す。そして口元に運んで胸一杯に冷たい夜気を吸い込むと、顔が真っ赤になるくらい思い切り笛を吹いた。

 

 僕らの耳にさえかろうじて聞こえる犬笛の超高音。その耳鳴りのような音波が辺り一帯に響き渡り、夜の凍て付いた闇を切り裂くように劈いた。

 

 僕はデグゥの指示でレンガ塀の陰に身を隠す。しばらくすると、隣接していた森の中から大量の野犬が集まってくるのが見えた。野犬はちらちらと闇の中で光る低級霊スピリットに吠えながら、集団でしつこく追いかけ回し始めた。


低級霊スピリットはケモノが嫌いだからな。この間に屋敷に入るさァ」

 

 やっぱりデグゥはすごい。どこでこんなことを覚えたのだろう。魔物モンスターのいなし方をさらりとやってのける子供は、孤児院だって村にだって、きっと聖都の王立学校にだっていないはずだ。

 

 無鉄砲なところが唯一の難点だけど、いざとなればそこらの大人なんかよりもよっぽど頼りになる。そんな頼もしいデグゥと一緒ならば、幽霊屋敷の宝だって本当に見つけられる気がした。


「いくぞ、ビトー!」

 

 僕はすっかり臆病風が吹き飛んで、聡明で勇敢な親友、デグゥの確かな歩みの後をしっかりと追いかけた。

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