狂った娯楽
※今回は三人称視点になります。
「どうして私は買われてきたの?」
アステルは呟く。
色々と覚悟をしていたが、ランズベルク侯爵はアステルに何も求めなかった。
買われた日以来、会ってすらいない。
部屋を与えられ、軟禁状態とはいえ、衣食住に困らない生活を送っている。
しかし、何も求められない今の状況がアステルは怖かった。
「明日の午後、屋敷を出発します」
夕食の後、ランズベルク侯爵家の執事から唐突にそう告げられた。
「出発ですか? でも、どこへ行くのですか?」
「…………それは言えません」
執事は視線を逸らす。
そして、少し緊張した様子で、
「明日の朝食、昼食に食べたいものはありますか? 可能な限りの要望を叶えます」
「え?」
アステルは困惑する。
執事の表情や口調から悪いことが起きること気がした。
まるで最後の晩餐を聞かれているような…………。
「えっと、その…………いつも通りで大丈夫です」
アステルは頭が真っ白になり、何も思いつかなかった。
悪い想像ばかりが浮かんでしまう。
アステルも下級とはいえ、貴族だった。
その為、悪趣味な貴族の遊びを聞いたことがある。
奴隷の手を縛ってから、野に放ち、狩りをする。
人間狩り、と呼ばれる蛮行が頭に浮かんだ。
「だ、大丈夫。確か、人間狩りに選ばれるのは働けなくなった男の奴隷のはず……。私は違う……私は違う……」
夜になり、アステルはベットの中で呪文のように同じ言葉を繰り返した。
それでも不安はまったく払拭できず、気が付くと朝になっていた。
朝食、そして、少し遅い時間に昼食を食べる。
アステルは要望を出さなかったが、朝食も昼食も豪華だった。
しかし、アステルは喜べず、料理の味も分からなかった。
「食事を終えたら、出発前に入浴する時間がございます」
「…………分かりました」
しかも、昼間から入浴まで勧められる。
女性メイドの監視付きでアステルは入浴をした。
「それでは参りましょうか」
アステルが入浴を終えたら、執事の案内で屋敷の外へ出る。
すでに馬車が止まっていた。
「お乗りください」
「はい…………」
ランズベルク侯爵家の私兵団が馬車の周りに控えている。
私兵団の人々の視線は冷たかった。
(これじゃ、まるでこれから刑場へ連れていかれる囚人みたい…………)
アステルの鼓動が早くなり、足が震え、馬車の階段で転びそうになった。
それでも何とか馬車に乗り込み、出発する。
「あ、あの……私はどこへ連れていかれるのでしょうか?」
アステルは共に馬車へ乗り込んだ執事へ質問する。
「答えられません」
執事の声は冷たかった。
しばらく、無言のまま、馬車は進む。
「あの、すいません。喉が渇いたのですが、水を頂けませんか…………?」
アステルは極度の緊張状態に耐えることが出来ずに水を求めた。
「紅茶でも宜しいですか?」
「構いません」
執事は水筒からカップに紅茶を注ぎ、アステルに渡す。
「ありがとうございます」
アステルは紅茶に口を付けた。
「!?」
その瞬間、アステルは意識が混濁する。
「これ……は……?」
「皆さま、ここまで来ると何かを察し、緊張で水を所望致します。ですから、薬入りの紅茶を提供しているのです。そうすれば、〝ショー〟が始まるまでは何も考えなくて良くなりますから」
執事の言葉には感情が無かった。
そして、アステルは意識を失う。
「ここはどこ…………?」
次にアステルが目を醒ますと小部屋で寝ていた。
いつの間にか服も着替えさせられている。
その服装は一度だけ見に行ったことのある闘技場の戦士のようで、露出度の高い服の為、アステルは落ち着かなかった。
「もしかして、闘技の真似事をさせられるの?」
アステルは怖いと思う反面、どこか安堵をしてしまった。
人間狩りなら必ず死ぬが、闘技なら生き残れる可能性がある。
「もしかしたら、女性を戦わせる闘技というのが、流行り出したのかな?」
元貴族であるアステルでさえ、貴族の遊びは理解の出来ないものが多い。
「なら、生き残ってみせる…………!」
アステルは傍らに置かれていた剣を手に取った。
まだ貴族だった頃、学校で行われた剣技の大会で優勝したことがある。
どんな相手でも一方的に殺されることはない、と思った。
「目が覚めた様子ですね」
外から声がした。
ランズベルク侯爵家の執事の声だった。
「はい……」
アステルは薬を盛られたことに対し、何も言わなかった。
言っても仕方ない。
それよりも今は生き残ることを考える。
「あと一時間ほどで〝ショー〟が始まります。何か飲み物や食べ物をお持ちしましょうか」
「何もいりません」
アステルはきっぱりと言う。
無いとは思いたいが、これ以上、薬を飲まされるのは嫌だった。
執事のいう「ショー」の時間までアステルは久しぶりに剣を振る。
奴隷生活のせいで筋力は落ち、剣は重く感じたが、戦えない程ではない。
「絶対、生き残る……!」
アステルは何度も呟き、そして、時間になった。
部屋の外から鍵を開ける音がし、「案内します」と外で控えていた執事が言う。
アステルは案内されるままに暗い通路を進んだ。
やがて、明るい場所へ辿り着くと想像通り闘技場のようだった。
観客席を見ると多くの人が座っている。
貴族や商人の恰好の人々が多かった。
「やっぱりこれから戦うんだ……」
アステルはそれを実感し、足が震え出す。
持っているのは訓練用の剣ではなく、本物の剣。
これから人に殺されるかもしれないし、殺すかもしれない。
少しでも落ち着けるようにと何度も深呼吸をする。
『さぁ、久しぶりの開催だ!』
声を拡張する魔具を使って、誰かが話を始めた。
アステルが観客席を見渡すとランズベルク侯爵が話をしていたに気付く。
ランズベルク侯爵を見るのはハンナさんの店で買われて以来だった。
『今回の奴隷は何と元貴族! しかも調べによると多少は剣を使えるらしい!』
ランズベルク侯爵の言葉を聞き、大衆は「お~~」と声を漏らした。
『それが分かった上で賭けをして頂こう! さぁ、今回の奴隷は魔物相手にどれだけ生き残れるか、今から受付を開始する!』
「え……?」
アステルの足の震えが止まった。
その代わり、血の気が引く。
「駆け? 魔物? どれだけ生き残れるか?」
アステルは不吉な言葉に動揺する。
対面のゲートから何かが運ばれてくる。
それは檻だった。
中にはゴブリンが入っている。
「私、魔物と戦わせられるの…………!?」
ゴブリンを見て、アステルは愕然とする。
そんなアステルとは関係なく、観客席は盛り上がっていた。
「所詮は小娘、ゴブリンに殺されるに金貨百枚!」
「いやいや、魔狼だろ! 私は金貨百枚だ!」
「剣が使えるらしいし、もう少し頑張るんじゃないか。俺はレッドキャップに殺されるに金貨百枚!」
アステルは狂気じみた貴族たちの声に恐怖する。
『賭けの準備は終わったか!? それでは一応、ルールを確認する。これより次々と魔物をこの闘技場に放つ! 魔物の強さは徐々に上がっていく!』
ランズベルク侯爵の言葉にアステルは絶望する。
「魔狼に、レッドキャップ……? それにもっと強い魔物もいるの? 助からない……? ――――待ってください! ランズベルク侯爵様!」
アステルはランズベルク侯爵の側に駆け寄り、必死に叫んだ。
「なんだ? 少しでも長く生きたければ、体力を使わない方が良いぞ」
ランズベルク侯爵はあまり興味が無さそうに言う。
「助けてください! 死にたくありません! なんでもしますから!」
みっともないとか、恥ずかしいとか、思っている余裕はなかった。
アステルは必死になる。
死ぬのは怖かった。
「なぜ私が家畜の言葉を聞く必要がある?」
ランズベルク侯爵の声は冷たかった。
「家畜……?」
アステルは泣きそうになる。
「元貴族とはいえ、奴隷は奴隷だ。奴隷など言葉をしゃべる家畜と同じ。臭くて一緒の部屋にすらいたくない。だが、顔や体が良い家畜がぐちゃぐちゃになると観客が盛り上がるんだ」
「そんな理由で私は買われたのですか……?」
「そうだ。街で話題になっている奴隷の噂を聞いた。あまり活力が無い奴隷だと、盛り上がりに欠けるからな。その点、お前は合格だ。精々、頑張れ。無理だが、もしもこれから戦う五体の魔物を全て殺すことが出来れば、自由にしてやる」
「自由……?」
「ああ、あの男の元へでも、どこでも行くと良い。止めはしない」
アステルは心の中にブラックのことが浮かぶ。
絶望的な状況なのは分かっている。
「本当ですね?」
「ああ」というランズベルク侯爵は意地悪そうに笑う。
「分かりました」
そもそも、アステルには選択肢が無い。
生き残れば、ブラックに会える。
それを支えにアステルは勇気を出し、檻の中のゴブリンを見た。
まずはこのゴブリンを殺さないといけない。
「生き残るんだ。そして、またブラックさんに会うんだ!」
アステルは剣を抜いた。
すると、ランズベルク侯爵はまた意地悪そうに笑い、
『さぁ、ショーの開幕だ!』
ランズベルク伯爵が宣言すると、ゴブリンが入っている檻から、カチッと言う音がする。
そして、檻の扉が開き、ゴブリンが「グググ……」と唸り声を漏らしながら、出て来る。
「生き残る生き残る生き残る…………」
アステルは剣を構え、何度も同じ言葉を口にした。
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