ハンナの情報

 アステルが買われてから三日が経過した。


 ハンナさんの店の前に到着し、アステルが入っていた見世物部屋へ視線を向ける。


 当たり前だが、別の奴隷が入っていた。


 まだ少し不安そうで、人々の視線になれていない様子だ。


 少しだけ変わった店先の風景を確認してから、店内へ入る。


 すぐにハンナさんがやって来た。


「どうもハンナさん」


「ブラックさん、怪我は大丈夫ですか?」


「はい。昔から傷の治りは早いんです。それで今日はどういう依頼ですか?」


 ギルドへ三日ぶりへ顔を出したら、ハンナさんから「店に来てください」という伝言が届いていた。


「奥の部屋で話をしましょう」


 いつものハンナさんの雰囲気とは違い、暗い印象を受ける。


 俺はハンナさんに従い、奥の部屋へ入った。


 部屋は薄暗くテーブルと椅子が二つあるだけだった。


「どうぞ、お座りください」


 俺とハンナさんは対面で席に着く。


 一体、どんな話をされるのかと思っていたら、


「いつランズベルク侯爵を襲撃するつもりなのですか?」


 それがハンナさんの初めの言葉だった。


「…………何のことですか? 俺にそんな度胸はありませんよ。それにアステルとはたった二ヶ月の仲です。命を張るには付き合いが短すぎる」


「期間は関係ありません。間違いなく、あなたとアステルは惹かれ合っていた。断言します」


「だから、取り戻す為に大貴族とことを構えると? 俺はただの冒険者です。物語の英雄や勇者じゃない。ハンナさん、あなたは現実主義者だと思っていましたけど、実はロマンチストだったんですね」


 俺は少しだけからかうような口調で言ったが、ハンナさんは動じなかった。


「確かに冒険者ブラック、ではどうすることも出来ません。ですが、あなたにはもう一つに顔があるんじゃないんですか? あなたは英雄や勇者ではないでしょう。ですが、あなたには大貴族とことを構える力と実績がありましょう。〝大怪盗フーリー・タイガーズ〟なら…………!」


 言われた瞬間、俺はハンナさんの肩を掴んでいた。


「安心してください。私しか知りませんし、誰もあなただと気付く者はいないでしょう。私自身、今のあなたの行動を見るまでは確信が持てませんでした。何しろ、私の知るあなたの顔ではありませんでしたから」


 俺はどうやら動揺し、ボロを出してしまったらしい。


 もう言い訳は出来ないだろう。


「いきなり肩を掴んで悪かった」


 もう誤魔化す必要な無くなったので、一番楽な口調で話す。


「構いません」と言い、ハンナさんは俺が掴んだ肩を擦った。


「でも、どうやって気付いたんだ?」


「匂いです」とハンナさんは即答する。


「匂い?」


「はい。姿が変わっていても匂いは簡単に変えられません」


「なるほどな。今度はバレないように香水でも付けるとしよう。だが、それにしても分からない。匂いで分かったということは以前にどこかで会っていたのか?」


「ええ。あなたの、大怪盗フーリー・タイガーズの始まりの場所で私たちは出会っています」


 ハンナさんは言いながら、服を捲って腹部を見せた。


「なるほどな」


 ハンナさんの腹部の刺青を見て、彼女がなぜ俺を知っていたか理解する。


「全てを知っていて、俺にアステルを勧めたのですか?」


「あなたが奴隷を酷く扱うとは思えません。それにアステルはあなたが声をかける前から、あなたのことが気になっていたようです」


「俺のことが? なぜ?」


「この街のどの人間とも違う雰囲気の人に出会ったと言っていました。あの子は人を良く見ていますからね。あなたが隠していた部分を感じたのかもしれません」


「…………」


「私はあなたに大恩があります。もし、あなたがアステルの取り置きの延長を申し出てきたら、仕方なく、と言った口調で承諾する用意もありました。だから、このような結果になったことが悔しいのです」


 ハンズさんは頭を下げる。


「過ぎたことを話しても仕方ない。それで俺の正体を知った上で、俺に声を掛けたのはどうしてだ?」


「私だって、今の地位を手に入れるまでに何度も修羅場を経験しましたし、それを切り抜ける手段を持っています。あなたが接触した情報屋はほとんどが私の手のものです」


「あなたを少し見くびっていたかもしれない。だが、俺に質問の答えにはなっていない」


 再び質問するとハンナさんは真っ直ぐに俺を見た。


「今日、あなたに声を掛けたのは単純な理由です。恩を返す為。ブラックさん……いえ、フーリーさん、ランズベルク侯爵を襲撃する際に何が必要ですか? 可能な限り、用意します」


 ハンナさんは俺の手を握った。

 その手には力が籠る。


「あなたに害が及ぶ危険性がある」


「構いません。恩人の力になりたいのです」


 ハンナさんに退く気は無さそうだ。


「やはり、あなたはロマンチストだったようだ。それなら…………」


 俺はいくつかの物資を要求する。


 ハンナさんは「すぐに手配します」と即答した。


「それと襲撃は二日後にするのが良いと思います」


「二日後?」


「はい。現在、アステルがどこにいるかは分かりません」


「ランズベルク侯爵の屋敷じゃないのか?」


 ハンナさんは首を横に振る。


「そこにはいないでしょう。あの貴族はアステルを愛玩用に買ったわけではないのです」


 ハンナさんの表情には怒りが込み上げていた。


「どういうことだ?」


「あのランズベルク侯爵という男は…………」


 ハンナさんの話を聞き、血の気が引いた。


 すぐにでも飛び出したくなったが、


「二日後までアステルの安全は保障します。何しろ、彼女は大事なショーの主役なのですから」


 ハンナさんに言われ、行動することは思い留まるが、心の中は穏やかではなかった。


 貴族というやつは本当にどうしようもない。


「アステルを奪うのに一番確実なのはショーの最中ということだな」


「そういうことです。それまでにあなたに言われた物は取り揃えましょう」


「頼む。…………ところであの貴族クソ野郎の奴隷だったなら、なぜ俺はあなたに気付けなかったんだ?」


 その理由が分からなかった。


 それに俺が貴族を殺して、私兵団も壊滅させた時、屋敷は燃えていた。

 あの状態で俺の匂いが分かるものなのか?


 するとハンナさんは不敵に笑う。


「あなたが気付けなかったのは私があの時、顔に包帯を巻いていたからです」


 そう言って、ハンナさんは両手で自分の顔の目元以外を隠して見せた。


「あ…………」


 目元だけ見て思い出す。


「私が朝、目を醒ますとあなたはどこかへ行ってしまいましたよね? 貴族から奪った金品を全て私の元へ置いて」


 ハンナさんはムスッとらしくない表情になる。


「あなたなら上手くやると思ったんだよ」


 俺は気まずくなり、視線を逸らした。

 

 とにかく〝大怪盗フーリー・タイガーズ〟として復活しないといけないらしい。


 久しぶりの悪事だ。


 やるからには派手に行こう。

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