買われていくアステル
ランズベルク侯爵が店の中へ入った後、俺はアステルに詰め寄った。
「アステル、君が犠牲になる必要は無い」
「犠牲? 本心だよ。本心。心の底からランズベルク侯爵様に買われたいの。だって、侯爵様に買われたんだよ? 気に入られて、奥さんになれれば、私、貴族に戻れるしさ。うん! そうすれば、どん底まで堕ちた私の人生、大逆転だよね!」
アステルは笑う。
「そうか。だったら、もう少し嬉しそうにしたらどうだ?」
「…………笑っているよ」
「そうは見えない」
「…………」
アステルは悲しそうな表情になった。
「君とは二ヵ月しか付き合いがないけど、そんな辛そうな表情を見たことはなかった」
アステルはすすり泣き、そして、微かにだが笑った。
「あはは、誤魔化すより素直に言った方が良さそうだね。うん、裕福じゃなくてもブラックさんと一緒の方が楽しそう。…………でも、相手が大貴族じゃ、選択肢なんてないよ。それとブラックさん、さっき、ランズベルク侯爵様に言い返そうとしたでしょ?」
「…………」
「貴族に逆らっちゃ駄目だよ」
アステルは鉄格子に顔を近づけて、囁くように言う。
「私だって、二ヵ月しかブラックさんと話していなかったけど、それくらいは分かるよ。……それにさ、あなたが本当に私を買ってくれることなんて期待していなかった。だって高いじゃん。それなのにブラックさんはお金を用意して私を買おうとしてくれた。どうやって手に入れたお金か知らないけど、嬉しかったよ。ブラックさんは本当に良い人だった。…………私がいなくなって、寂しかったらさ、無理のない範囲、金貨十枚くらいの子を一人、買ってみてよ? 誰かといる生活は心が豊かになると思うよ。ハンナさんならブラックさんと相性の良い子を紹介してくると思うからさ」
俺はアステルから「私のことを忘れて」と言われた気がした。
しばらくすると店の中からハンズさんとランズベルク侯爵が出て来た。
ランズベルク侯爵は鎖を手にしている。
「アステル、出なさい」
ハンナさんがアステルのいる小部屋の錠を開けた。
「はい」と言い、アステルが素直に出て来る。
俺は初めて鉄格子の無い状態でアステルと対面した。
「こうやって壁の無い場所で話すのはちょっと変な気分だね」
俺の目の前でアステルは微笑んだ。
でも、次の瞬間、首輪を鎖で繋がれる。
「お前は私の奴隷だ。そんな男と勝手に話すな」
ランズベルク侯爵が鎖を引っ張るとアステルは息が止まり、苦悶の表情になる。
「おい、手荒な真似はしないでくれ!」
思わず、口が出てしまった。
するとランズベルク侯爵は俺を睨む。
「冒険者如きがなんて口を聞くんだ! ……おい、少し痛めつけてやれ」
ランズベルク侯爵に命令された取り巻きの従者たちが剣の鞘で俺を殴打し始める。
抵抗はしなかった。
「やめて! いえ、止めてください! あの人をこれ以上、傷付けないでください!」
アステルがランズベルク侯爵へ嘆願する。
ランズベルク侯爵も俺がボロボロになったのを見て、満足して笑った。
「仕方ない。それぐらいでやめてやれ。こんなところで死なれても面倒だ。これで貴族に逆らうとどうなるか分かっただろう」
ランズベルク侯爵が従者たちに合図し、やっと殴打の嵐から解放された。
「行くぞ。…………おい、命令が聞けないのか?」
ランズベルク侯爵は鎖を引っ張るが、アステルはその場に踏みとどまった。
それどころか、抵抗して俺の耳元までやって来る。
「ブラックさん、私はあなたに会えて幸せだった。ありがとう…………」
そう囁いたアステルは驚くほど穏やかな表情だった。
全てを受け入れ……いや、諦めた表情だ。
「まだ分からないのか!? 私の奴隷が勝手に他の男に話しかけるな!」
ランズベルク伯爵は鎖を思いっきり引っ張る。
アステルはまた苦しそうな表情になったが、俺を見て微笑んだ。
そしてもう一度、今度は音は発さずに口の動きだけで「ありがとう」と言った。
「お前はまず調教をする必要があるな」
ランズベルク侯爵は引きずるような形でアステルを馬車の中へ連れ込んだ。
そして、すぐに馬車は出発する。
俺は馬車を見送ることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます