期限間近
「ブラックさん、良い稼ぎを見つけたよ!」
ある日、アステルに会ったら、目をキラキラさせ、そんなことを言う。
「奴隷の君がどうやって働き口を見つけたんだ?」
「いいからいいから! 聞きたいでしょ!?」
「ここで聞きたくない、って言ったら、君はどうするだ?」
「なんで!? 言って、怒り狂う」
アステルは怒ったふりをして見せる。
その姿を見て、俺は笑った。
「じゃあ、選択肢は無いな。一応、聞こうか?」
アステルは得意げな表情になり、何枚かの紙を見せた。
「これは手配書か? 一体どこでこんなものを……」
アステルから手配書の束を受け取る。
「ハンナさんに効率の良い稼ぎ方をしつこく聞いたら、これを貰ったの!」
ハンナさんはなんてものを渡しているんだ。
今度は俺に賞金稼ぎにでもなれ、ってことか?
「確かにどの賞金首も高額だな…………!」
俺は一枚の手配書を見て、手を止めた。
「おっ、ブラックさん、お目が高いね。その賞金首、ハンナさんに渡された手配書の中で最高金額だよ。なんと、金貨五百枚! 私を買ってもおつりが来るね」
「勘弁してくれ。こいつは絶対に捕まえられない」
「やる前から諦めないでよ。相手が大貴族を殺して、その私兵団を一人で壊滅させた〝大怪盗フーリー・タイガーズ〟だとしてもさ!」
「無理なものは無理だ」と言いながら、手配書の束をアステルに返すと彼女は不満そうだった。
「じゃあ、しょうがない。この辺りの賞金首を適当に捕まえてよ」
アステルは数枚の手配書を見せる。
「それも無理だな」
「なんで?」
「こういった賞金首は名前や顔を変えてどこかへ潜伏しているか、大勢の手下に守られている場合がほとんどだ。前者なら素人には見つけられないし、後者なら一人で相手が出来るわけがない」
「む~~、駄目かぁ。…………そうだ、ブラックさん、ちょっと上着を脱いでみて」
アステルは唐突にそんなことを言った。
「どうしたんだ?」と言いながら、上着を脱ぐ。
するとアステルは落胆した。
「残念。タトゥーとか入れてないんだ。ブラックさんって、得体のしれないところがあるから、もしかしたら、お尋ね者かと思ったんだけどね。ほら、手配書に賞金首の特徴とかも書かれているから、一致したら良かったのに…………」
アステルは手配書を見ながら言った。
「仮に俺が賞金首なら憲兵隊にでも連絡する気か? 薄情な奴だな」
「惚れた女の為に身を捧げるのって男の最高の幸せじゃない?」
「勘弁してくれ。君に惚れた覚えはないぞ」
「その割には毎日、会いに来てくれるよね」
「半分は仕事の話をハンナさんとする為、もう半分は良い稼ぎ口を見つけるきっかけになった君に対する誠意だ」
「素直じゃないなぁ」と言い、アステルは笑った。
「本心だ。……さてとそれじゃ、ハンナさんと仕事の話をしてくるよ」
アステルは少しだけ寂しそうな表情になり、「分かった」と言う。
俺が店の中へ入るとハンナさんがすぐに来た。
「どうもハンナさん」
「楽しそうな声が店内にまで聞こえてましたよ」
ハンナさんは嬉しそうに言う。
「アステルに変な入れ知恵をしないでくださいよ」
手配書の件で苦情を言う。
「すいませんねぇ。しつこく聞かれたんで仕方なかったんですよ」
俺とハンナさんはお互いに苦笑した。
「それで今度はどんな仕事をすればいいんですか?」
「その前にこれを見て頂けますか?」
ハンナさんは書類を取り出した。
「これは?」
「ここに記載されているのは、ここ一カ月でアステルを買いたい、と言ってきた方々の名前です。名のある商人や将軍、貴族の間でも評判になっているようです」
そこには十数名の名前が書かれていた。
「これだけ希望者がいるのですから、あなたの権利が失効したら、アステルをオークションにかけようと思っています。私の予想では少なくとも今の三倍、金貨三百枚前後の値段が付くと予想しています」
こういうことを淡々と言うところはやはり奴隷商人だな、と思ってしまった。
人が良さそうなハンナさんだが、彼女にとってアステルたち奴隷は商品であり、それ以上でも以下でもないのだ。
でも、それが彼女の仕事であり、需要がある以上、怒りも否定もしない。
「もし、ブラックさんがアステルを買うのでしたら、一番初めに提示した金貨百枚でアステルを買って頂いて構いませんよ。それでも大きな儲けですからね」
「それだと金貨二百万の損失ですよね?」
「だとしても、アステルはあなたといることが楽しそうですから」
「奴隷に愛着を持たないんじゃなかったのですか?」
「ええ、そうです。愛着は持ちません。しかし、愛情は持ちます。出来る限りの幸せを願っているつもりです。偽善に聞こえるでしょうけどね」
「そんなことはありません。少なくともここにいる人たちはあなたのことを慕っているように見えます」
「そう言って頂けることを嬉しく思います。あなたに買われれば、アステルも幸せでしょうね」
「…………だから、アステルを買うつもりはありませんよ」
何度かしたやり取りなのに、今日のハンナさんは笑った。
「あなた、今、一瞬、間がありましたね。アステルを買おうという考えが少しだけ出てきたのではないですか?」
俺の少しの変化にも反応するのはさすが商人だな。
「まぁ、正直、アステルがいる生活は楽しいかもしれませんね」
「でしたら…………」
「しかし、奴隷を買う気になれません。そんな金銭も無いですしね」
「まぁ、期間はあと二十日ありますから、どうぞ、お考えください」
それからも俺は時間を見つけてはアステルへ会いに行った。
別に内容のある会話をしているわけじゃないが、楽しかった。
仕事も順調だ。
それなのに俺は何も贅沢なことをする気になれなかった。
唯一の浪費といえば、アステルに買っていく食べ物や飲み物だけだ。
「何やっているんだかな……」
節約をしても金貨百枚なんて貯まるわけがない。
アステルの取り置き期間の終了まで残り十日になった。
いくらハンナさんから割の良い仕事を紹介してもらっているといっても、所詮は冒険者の稼ぎである。
金貨十枚。
それがこの二ヵ月、ハンズさんの紹介とギルドのクエストを一生懸命こなし、無駄遣いをせずに溜められた金貨の枚数だ。
これでも魔法の使える俺は使えない人よりも金銭を稼げる。
俺はまともな職業に就いたことは無いが、魔法を持たない者なら金貨十枚を稼ぐのにどれだけかかることやら…………
金貨百枚なんて途方もない数字だ。
「まともに働いていたら、絶対に金貨百枚なんて稼げないが…………」
俺は数日前、手に入れた賞金首のリストに目を通す。
「こいつならいる場所が分かる…………。こいつは確か、アジトを構えていたな」
手配書を二枚選んだ。
この賞金首二人の金額を合わせると金貨百枚に届く。
「少し無茶をするか…………」
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