最初の一ヶ月
アステルを取り置きしてから、一カ月が過ぎる。
ハンナさんは約束通り、俺にギルドを介さない仕事を紹介してくれた。
彼女がいくらかは中抜きしているのだろうが、それでも俺の収入は増えたのでありがたい。
「アステル、今日はこんなものを買ってきたぞ」
俺は鉄格子の隙間から市場で買った果物をアステルに渡す。
「んっ、ありがとう。…………ん~~、甘くておいしい! ……って、こんなことに無駄なお金を使うくらいなら、早くお金を貯めて私を買ってよ!」
アステルが声を張る。
「だから、買うつもりは無いって。それにハンナさんがいくら仕事を紹介してくれても金貨百枚なんて二ヵ月じゃ貯まらない」
「じゃあ、やっぱり臓器を売ろうよ。それか、ブラックさんが身売りして奴隷になる?」
「おい、酷いこというならもう差し入れは無しだ。この果物も返せ」
俺が鉄格子に手を突っ込むとアステルは体を奥に引っ込めて躱した。
「一度もらったんだから返さない~~」
「この……!」
「悔しかったら、私を買って言いなりにしてみれば?」
アステルはそんな挑発をする。
まったく調子のいい奴隷もいるもんだな。
「だから、君を買う予定はない」
「む~~」とアステルは頬を膨らます。
「そう、怒るな。今日はどんな話が聞きたい?」
「じゃあさ、今日もどんなクエストをしてきたか、聞かせてよ」
「いつも思うけど、そんな話を聞いて楽しいのか?」
アステルは「楽しい」と即答する。
「私がここへ来る前って、家と学校を行き来する生活だったから、魔物を戦った、って話を聞くのワクワクするよ」
「なら良いけどさ……。今日はトロールを討伐してきた」
「トロール? トロールってすごく大きいんでしょ?」
アステルは興味を持ち、目を輝かせる。
「そうだな、俺の背丈の倍はあったかな」
「凄い! トロールを一人で倒したの!?」」
俺が「いいや、急造のパーティを組んで戦った」と答えたら、アステルは「な~~んだ」とがっかりする。
「俺が一人でトロールを倒せるくらい強くなくてがっかりしたのか? 言っとくが、トロールはギルドに依頼すれば、金階級三人以上のパーティでしか討伐させないくらいの強敵なんだぞ」
「いやさ、もしもブラックさんが一人でトロールを討伐していたら、報酬をたくさん貰えていたんじゃないかな、って。そうすれば……」
「君を買えるか? 結局、話はそこへ行くんだな」
「当たり前じゃん! う~~ん、このままじゃ私の取り置き期限に間に合わないなぁ。そうだ! こんな鉄格子をぶっ壊して、私を盗んでよ!」
とんでもなく過激なことを言い出した。
「なんで君の為に俺が犯罪を犯さないといけないんだ?」
「愛する女性の為に世界を敵に回すって素敵でしょ?」
「勘弁してほしいな。それに盗むっていうのは良くない」
「え? 道徳の話をするつもり?」
「そうじゃないさ」
俺はちょっと悪い笑みを浮かべる。
「盗むより〝奪う〟の方がかっこいいだろ?」
アステルは一瞬、驚いた表情になり、そして、笑った。
「あはは、なにそれ。今のちょっとキザだったよ」
アステルも俺が本気で強硬策に出るなんて思っていないだろう。
話をしていて分かるが、彼女は賢い。
だから、俺が二ヵ月でアステルを買えるだけの金銭を手に入れることが出来ないと分かっているはずだ。
有効期限はあと一ヶ月。
俺としては彼女が出来る限り良い買い手に巡り合えることを願うばかりだ。
アステルとの会話を切りの良いところで終わらせて店の中へ入った。
「いや~~、強いとは思いましたが、これほどとは思いませんでしたよ」
クエストの報告をするとハンナさんは満足そうに笑った。
「そりゃどうもです。でも、俺だけの力じゃありませんよ」
「謙遜ですね。今回の急造のパーティのリーダーから報告書が届いています。あなたの働きを絶賛していましたよ。――――それにしてもお金も貯まったんじゃないんですか?」
「ええまぁ……でも、アステルは買えませんよ」
「ええ、それは存しております。ですが、もう少しでC級くらいの奴隷までなら買えるくらいに貯蓄が出来ているんじゃありませんか?」
ハンナさんは俺の懐事情を正確に言い当てる。
まぁ、ハンナさんから仕事を紹介してもらっているから当然か。
「もしも奴隷を購入したくなったら、いつでも言ってください。提示された金額の中で最も良い奴隷をお売りしますので」
もしかして、ハンナさんは俺に稼がせて、まとまった金を出来たら、奴隷を売ろうとしているのではないだろうか。
そんな強かな儲け方をしても不思議じゃない。
まぁ、俺も得をしているから、文句はない。
それに冒険者として、俺の名が売れてきたらしく、ギルドでもパーティに誘われることが多くなってきた。
そのおかげでさらに割の良いクエストをこなすことができ、想像以上に貯金は増えた。
これも元はアステルのおかげだ。
感謝はしている。
だけど、買うことはできない。
せめて、あの子が売られる日まで出来る限りのことはしてあげようか、とは思っている。
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