取り置き

「ねぇ、お願い、ブラックさん。取り置きするだけならタダだから! もしも気が変わったら、買わなくていいから!」


「君はおかしなことを言っているぞ。俺は君を買うつもりは無い」


「酷い。私にここまで期待させておいて。あ~~あ、碌な人生じゃなかったな~~」


 アステルはかなり雑な泣くフリをする。


「あのな、演技をするならもう少しマシな演技をしたらどうなんだ?」


 アステルは俺の言葉など気にせず、


「じゃあさ、じゃあさ、時間がある時にここへ来てよ。絶対に私を買いたいって思わせるからさ」


 今度はそんな提案をする。


 強引な奴だな。


「私からもお願いして良いですか?」


「えっ?」


 意外なことにハンナさんも俺に対し、アステルの取り置きを提案してきた。


「だから、買えませんって」


 するとハンナさんは「構いません」と即答する。


「もし、この子の相手をして頂ければ、あなたにとって良い話をご用意します」


「良い話だって?」


「はい、店の前ではなんですので、中へどうぞ」


 何だかうまく言い包められている気がする。


「ちょっと、ハンナさん、そんなことを言って、他の子をブラックさんに勧めたりしないでよ」


 アステルは相変わらず鉄格子から両腕を出して、ばたつかせていた。


「安心してちょうだい。それに私だって、お前さんが売れれば、大儲けよ」


 はっきりとものを言うんだな。


 でも、清々しいのは嫌いじゃない。


 俺はハンナさんに対し、悪い印象を持てなくなってきた。


 まぁ、話を聞くくらいは良いか。


 俺はハンナさんの誘いを受けて、店内に入る。


 店内は外の個室とは違い、一つの部屋の中に数名の女性が入れられていた。


 でも、充分に生活スペースは確保されている。


 食事もきちんと与えられているようで不健康そうな奴隷は一人もいなかった。


「意外そうな表情をしていますね」


 ハンナさんが言う。


「ええ、まぁ……奴隷はもっと劣悪な環境にいるものだと思っていました」


「そういう店が大半なのは否定しません。ただ、そうなれば、商品の価値は低くなりますし、感染症などで死ぬことだって多くなります。そうなっては売り物になりません」


「あなたは良い人ですね」と俺が言うとハンナは初めに驚き、次に自嘲気味な笑みを浮かべた。


「私が良い人? それは大きな勘違いです。奴隷商人なんて、人間のクズで、人でなしですよ。私は効率よく商品を売る方法をやっているだけです。この子たちに対して、愛情を持って接しているつもりですが、愛着はありません。愛着を持ってしまうとこの仕事は出来ませんからね」


「だとしても、ここにいる間、奴隷たちは食べ物に困らない。それだけでもあなたは他の奴隷商人とは違います」


「私を褒めてもアステルは売買価格は変えませんよ。……さてと先ほど言った良い話というのは、私の知り合いの商人が現在、ギルドに依頼している仕事を直接、あなたへ依頼しようという話ですよ。その方が仲介料を払わない分、あなたの利益も大きくなりますよ?」


「それは大丈夫なんですか?」


 俺のような冒険者はギルドに張り出されているクエストボードから自分に合った仕事を選択し、成功報酬を得ている。


 なので、ギルドを介さないで仕事をすることに違和感があった。


「問題はありません。疑うならギルドの金階級の冒険者の方などに確認をしてみたら如何ですか? 金階級にもなれば、個人的な依頼を受けているでしょうし」


「だとしても、俺はこの前、銀階級に上がったばかりの個人の冒険者です。実績なんて何もありませんよ」


「実績というのであれば、あなたは最速で銀階級の冒険者になられた。それに強いと評判です」


 俺は自分がそんな評価をされているなんて知らなかった。


「どうですか? お互いに悪い話じゃないと思いますよ?」


 ハンナさんの提案について少し考える。


「一つだけ聞いても良いですか?」


「どうぞ」


「俺はアステルを買うつもりはありません。それなのにこんな提案をすることに、ハンナさんはどんな利益があるんですか?」


「あなたのような強い冒険者と個人的な交流を持つこと自体が利益に繋がるんですよ。特にあなたはまだこの街で人間関係を作っていないようです。そんな方と知り合いになった私は他の商人から注目されるでしょう。それにアステルと仲良く話をするだけで、あなた以外にもあの子を買いたいと思う人が出てくるかもしれない」


「どういうことですか?」


 あなた以外にも、と言われたことは無視する。


「買わない」と否定しても口では敵わない気がした。


「あの子の容姿や能力は申し分ないですが、結構、気難しい性格なんですよ。元々、貴族の娘だったからか、人の心情の洞察が鋭い。だから、アステルの容姿に惹かれて、下心で話しかけられても素っ気ない態度を取ってしまうんですよ」


 ハンナさんの言葉は意外だった。


 だって、俺に対してはかなり強引な距離の詰め方をしてきている。


「アステルがあなたとあんな風に話しているのを見て、正直驚きました。そして、私の目から見て、あなたと話しているアステルなら売り手が付くと思ったんですよ」


「なるほど、俺の存在はアステルの魅力を見せる良い宣伝、というわけですか」


「そういうことです。私の予想ではあなたの取り置き期限が過ぎれば、すぐに買い手がつくと思っています。もちろん、取り置き期限内なら、初めに提示している金貨百枚でブラックさんへお売り致します。それ以上の金銭を積まれても、他の方へ売ることは致しません。それが私の商人としての流儀です。取り置き期間は最長で二ヶ月。どうでしょうか?」


 ハンナさんがなぜ俺のような一介の冒険者に高額奴隷の取り置きを提案してきたか、理解は出来た。


「分かりました」


 魔が差したのかもしれない。


 ここに来てから知り合いがいないので、仕事以外で誰かと話す機会が無かった。


 短い間になると思うが、話し相手が出来るのは悪くない。


 それに効率よく金が稼げるのは良いことだ。


 金はあって困るものじゃない。


 別にアステルを取り置きしておいても余計にお金がかかるわけじゃないなら、二ヵ月後に取り置きを解除すればいいさ。


 ハンズさんの言う通り、あの子ならいずれ買い手がつくだろう。


「では、こちらに名前を頂けますか?」


 俺はハンズさんが取り出した書面にサインをし、アステルを取り置きした。

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