次の日

 今日は仕事が早く終わった。


 どこかの店で酒でも飲もうかと思ったのだが……。


 〝また来てよ〟


 アステルの言葉が頭に残っていた。


 関わっても碌なことにならないことは分かっている。


 それなのにアステルのことが気になってしまい、気付くとあの店の前に来てしまった。


 商店へ到着すると昨日は閉じていた大窓が全て開いている。


 とはいえ、大窓には鉄格子が嵌められているので奴隷が外に出ることは出来ない。


「なるほど開店中はこうなっているのか」


 公開されている部屋は一つ一つが独立しており、一人ずつ奴隷の女性が入れられていた。


 もっと人が立ち止まり、見ているものかと思ったが、立ち止まっている人は僅かだった。


 俺にとっては珍しい光景だが、街の人たちにとっては日常の風景として周囲と同化しているのだろう。


 遠目から見ても分かるほど、個室を与えられた女性たちの様子は様々だ。


 視線など気にせずにくつろいでいる者。


 たまに立ち止まる民衆へ対し、手を振っている者。


 俯き、動かない者。


 当然、アステルもいた。


 彼女は退屈そうに座っている。


 でも、俺が近づくとアステルは笑顔になった。


「あれ、昨日のは社交辞令でもう来ないと思ってたよ!」


「ちょっと気になったんだよ」と俺が素直に答えるとアステルは、


「お買い上げありがとうございます」


と頭を下げる。


「だから、奴隷を買う金なんてない。それに君はかなり高値が付けられているんだろ?」


「そんなことないよ。たったの金貨百枚!」


「金貨百枚は〝たった〟じゃない」


「簡単だよ。金貸しに限界までお金を借りて、臓器をいくつか売れば、金貨百枚くらい…………」


「なんで君を買う為に俺の人生を終了させないといけないんだ?」


「こんな可愛い奴隷を救えるんだから良いじゃん!」


 可愛い、と言い切る自信は大したものだな。


 それを否定は出来ない。


 見た目は昨日の印象通り実年齢よりも三、四歳は若く見えるが、体つきはとても女性らしい。


 金貨百枚という高値が付くのも納得ができる。


「私、手足が無くなったブラックさんの為に尽くすよ? 家事は何でもできるし、身体は新品だよ」


「なんで臓器どころか、手足まで売らなくちゃいけないんだよ」


 突っ込みを入れるとアステルは笑う。


 俺も自然と笑っていた。


 こんな風にくだらない話をするのはいつぶりだろうか?



 少し話をしていたら、「あのすいませんねぇ」と店の中から女性が出て来た。


 恐らく、三十前後だろうか?


「私はこの店の店主をしている者です。あなたがアステルが言っていたブラックさんですか?」


 店主の女性は笑顔で俺に話しかける。


 少しおっとりしている印象を受けるが、何と言うか、隙が無い気がする。


「…………」


 女性は何かを確認するように俺を見た。


「ど、どうしましたか?」と確認する。


「いえ、昔の恩人に少しだけ雰囲気が似ていたもので」と女性は説明した。


「それは人違いですね」と俺は言い切った。


「そうかもしれませんね。それにしても随分と楽しそうにアステルと話をしていたようですね?」


「はい、あの…………すいません。買う気も無いのに……」


「謝らなくて大丈夫ですよ。うちはこうやって奴隷と外部に接点を持たせております。薄暗い部屋の中では精神が病んでしまいますからね。なので、いくら話して頂いても構いません」


「そうなんですね……ありがとうございます」


「しかし、失礼ながら、冒険者の方では店頭の女性を買うのは難しいですよ?」


 店主の女性は俺の職業を言い当てた。


「どうして俺は冒険者だと分かったのですか?」


「別に奴隷商人が奴隷関係のことだけに詳しいわけではありません。様々な情報を集めるのは商人として当然のことです。ブラックさんはこの街に来たばかりなのにすでに話題になりつつありますからね。どうですか? A級の奴隷は無理でも、ブラックさんの実力なら、C級までの奴隷を買えるくらいの稼ぎをすぐに得られるのではないですか? 良さげな子を何人か紹介しましょうか?」


 何だか商談が始まってしまった。


「ちょっとちょっと、ハンナさん、ブラックさんは私を買うんだよ」


 アステルは鉄格子から両手を出してパタパタと上下させる。


「残念だけれど、君くらいの素晴らしい商品になると大商人や貴族じゃないと買えないわよ?」


 ハンスと呼ばれた店主の女性は困った表情になった。


 意外だな。


 俺の知っている奴隷商人はもっと酷い奴で、奴隷の扱いはいい加減だった。


 奴隷がアステルのような口調で何かを言えば、男女関係なく、怒鳴ったり、殴ったりしていた。


「じゃあさ、じゃあさ、取り置き! 取り置きにしてよ!」


「困ったことを…………どうしますか、ブラックさん?」


 どうします、じゃない。


 別に俺は奴隷を買うつもりは無いんだ。


 それに取り置き、ってどういうことだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る