【中編】冒険者、元貴族令嬢の奴隷少女を取り置きする。
羊光
出会い
ここまでは碌なことをしてこなかった。
俺はどうしようもない人間だ。
だから、やり直すんだ。
名前を捨て、ゼロから始めよう。
その為に俺はこの街へ来た。
魔物と戦い、死と隣り合わせの冒険者生活は大変だが、それでも自分で稼いだ金だ。
この金で生きることが俺の新しい人生の第一歩だ。
「…………ん?」
冒険者の仕事を終え、帰ろうとした矢先、雨が降って来た。
「参ったな……」
雨を凌げる場所を探していると閉まっている商店を見つけた。
屋根の下へ逃げ込むとすぐに雨は強くなる。
「危なかった」と呟きながら、ポケットから煙草を取り出した。
そして、口に銜えて火を付ける。
店先だが、閉まっているし、煙草を吸っていても文句は言われないだろう。
そう思っていたが、突然、商店の小窓の一つが空いた。
俺は店先で煙草を吸っていたことを怒られると思い、慌てて火を消そうとしたが、
「待って、待って! 煙草、消さなくても良いよ。別に怒らないからさ!」
明るい女性の声が聞こえた。
見ると十代半ばくらいの少女が顔を覗かせている。
「おじさん、雨宿り?」
俺は「ああ」と言いながら、煙草の煙を消す。
少女は、消さなくていい、と言ってくれたが、雨宿りをさせてもらっているのだから、少しくらいは気を使うべきだろう。
「雨が止むまででいいから、居ても大丈夫か?」
駄目とは言われない気がしていたが、一応、少女に確認した。
すると少女は笑った。
「あはは、別に良いよ。今日は店閉まっているし、それに私は店の人じゃなくて売り物だから、別に何も言わないよ」
「売り物?」と尋ねると少女は「これ」と首枷を見せてくれた。
今更だが、ここがなんの店かを確認し、『人身売買』の文字が目に留まる。
「…………なるほど。えっと、その……」
俺は何と言えばいいか分からなくなった。
すると少女はまた笑う。
「あははは、そんな気を使わなくても良いよ。別に奴隷だからってご飯が貰えないとか、不衛生な場所で暮らさなきゃとか、体罰を受けているとかはないからさ」
確かに少女の顔色や髪の毛の艶を見る限り、健康そのものだ。
「汚い奴隷は高く売れないから、ここの店主さんは奴隷をきちんと管理してくれているんだよ。体だって、二日に一回は拭けるし、小窓だけど、こうやって好きな時に外を見れるようにしてくれているしさ。それに私って顔と体がいいから個室をもらって、こうやって店頭に並べてもらっているんだよ。今度、開店している時に来てよ。私の全体を見せてあげる」
少女は奴隷とは思えないほど明るかった。
「変な奴だな」
「出会ってすぐにその感想ってどうなの?」
少女がムスッとする。
「君みたいに明るい奴隷に会ったことが無かったから仕方ない」
「ふ~~ん、おじさん、名前は?」
「ブラックだ。それから俺はおじさんじゃない。まだ二十五歳だ」
「二十五歳!?」
少女は小窓の鉄格子に張り付いて、俺の顔を間近で確認する。
「噓でしょ? 十歳くらい、歳を誤魔化していない?」
「失礼だな。こんなことで嘘は言わない」
「結構、カッコイイおじさんだと思ってた」
「カッコイイ、というところだけ聞いておこうか。君、名前は?」
「アステルだよ。なになに? おじさん、私を買ってくれるの?」
「生憎、奴隷を買えるような金はない。それから次におじさんって言ったら、怒るからな」
「な~~んだ、残念。おじさん……じゃなかった。ブラックさんは真面目で優しそうだし、買われたら、幸せになれそうだったのになぁ」
アステルは見当違いなことを言う。
「なんで会って数分で俺が真面目で優しいなんて思うんだ。世間知らず過ぎるな」
俺が言うとアステルはクスリと笑う。
「私がブラックさんを真面目で優しそうだと思った理由は三つ。そんなに服が汚くなるまで一生懸命働いているところ、奴隷の私を見下さずに話をしてくれているところ、それに大丈夫、って言ったのに私に気を使って、煙草を消してくれたところ」
アステルの言葉を聞いて、今度は俺が笑った。
「そんなことで俺を真面目で優しい、と判断したのか?」
「あっ、馬鹿にしているね。これでも私、人間観察には自信があるんだよ。だって、毎日、ここを通る人たちを見ているから。色んな視線があるよ。哀れむ視線とか、欲望に塗れた視線とかさ。だから、人の感情には敏感なんだ」
「…………そういうものなのか?」
「そういうものなの。ねぇ、ブラックさん、煙草、一本くれる?」
「別に構わないが……」
俺が煙草を渡すとアステルはそれを咥えて、小窓から先端を出したのでマッチで火を付けてやる。
するとアステルは煙草を勢いよく吸い込む。
「ゲホッ! ゲホッ! 煙草ってこんなに苦しいの!?」
そして、すぐに咽た。
「なんだ、吸ったことがあるわけじゃないのか?」
「街の人たちが吸っているから、気になったの。うぇ~~、気持ち悪い。こんなのを吸うなんて、意味が分からないよ」
「子供にはまだ早かったな」
「子供って……私はもう十七歳。立派な大人だよ?」
「十七歳は子供だな」
俺が少し馬鹿にするような言い方をした瞬間、アステルはガン、と小窓を叩いた。
「この窓に鉄格子があったことに感謝するんだね。無かったら、顔面を殴っていたよ」
「可愛らしい顔の割には結構、凶暴だな」
俺がそう返すとアステルはまた笑う。
しかし、次の瞬間、暗い表情になり、「それにしてもさ……」と言いながら、溜息をついた。
「私がここに来たの半年くらい前なんだけど、まさかこんな人生が待っているなんて思わなかったよ」
アステルの雰囲気が変わった。
悲しそうな声で言う。
多分、話を聞いて欲しいのだと思った。
「奴隷になった理由を聞こうか?」
確認を込めて、俺が尋ねるとアステルは微笑んだ。
「私の家って貴族だったんだけど、貧乏過ぎてさ。それなのに両親は全然、散財を止めなくて、家計は火の車。少しだけ持っていた利権とか土地なんかも売っちゃって、それで売るものが無くなって、ついに私も売ったんだよ。よくある話でしょ?」
「確かによくある話かもしれないが、そんな理由で人生を台無しにするなんて馬鹿馬鹿しい。君は何も悪くないじゃないか?」
「ブラックさんはやっぱり優しいね。でも、両親を止められなかったのは私の責任。だから、こうやって売られることを受け入れて、大人しくしているよ。それでさ、哀れな私を買ってくれない? 私、学校に通っていた時は成績優秀だったし、魔法や剣も使えるし、おまけに可愛いよ?」
嘘は言っていないのだろう。
でも、そんなに多芸だと値段も張るはずだ。
「さっきも言ったが、君を買える金が無い」
「そうだったね、あはは。あ~~あ、裕福じゃなくてもいいから、私を大切に扱ってくれる人に買われたいな~~。そうすれば、人生台無し、なんて思わなくなるかもしれないし」
アステルはまだ俺に自分自身を購入を勧めているようだった。
話している内に雨が止んだ。
「じゃあな、俺はもう行くよ」
これ以上、アステルに関わっていると情が移りそうだ。
「ブラックさん、明日はお店、やっているよ。もし良かったら、私を見に来てね。こんな小さい窓じゃなくて、私の全身を見たら、買いたくなるかもよ? そして、私を買う為に奴隷のように働き始めるの」
「奴隷を買う為、俺に労働奴隷になれってか?」
「まぁまぁ、もう一回、来てみてよ。それに買う気が無くてもブラックさんとはこうやって話をしたいからさ。私に話しかけて来る人って碌な奴がいないの。私を買ったらこういうことをしたい、とか言うエロおやじとか、君がここに来たのは君にも原因がある、とか言ってくる説教おやじとかさ」
「それは嫌すぎるな」
「でしょー。だからさ、私の精神の安定の為にもまた来てよ」
「…………考えておくよ」
とは言ったものの俺はもうここへ来るつもりは無かった。
買う気のない奴隷に会ったって碌な結末にはならないだろう。
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