Ⅳ 魔導書

 けっきょく、その後も私はサマエルが言っていた通りに、率先して魔導書を次々に翻訳しつつ、密かに悪魔召喚の実践をも行い続けた。


 それはコジコが亡くなり、跡を継いだペエロも急逝して孫のラレントォの代になっても、アカデミアの翻訳作業を隠れ蓑に継続された。


 他方、この頃にはアスラーマ勢力下にある南エウロパからも、アスラーマ語で書かれた古代イスカンドリア文献がアカデミアに収蔵され、その翻訳によってダーマ教神秘主義の〝カバラ〟やアスラーマの天体魔術、そして、それらを元にした天使や星の霊を召喚する魔導書も手に入れることとなった。


 さらには神学者仲間からもたらされた情報で、教会付属図書館の奥深くには、幾つかの魔導書がもう一世紀以上も前から禁書としてしまわれていることも判明した。


 やはり、私の前にも悪魔召喚を試みた者が存在していたのだ。


 これまでに何冊も魔導書を翻訳してきて、よくわかったことが一つある……それは、この書物によって悪魔を召喚し、また使役することが、あらゆる分野においていかに有益であるかということだ。


 悪魔はこの世の森羅万象すべてのものに宿っており、故に悪魔を召喚し、それらを使役することで天候を操ったり、人の心を変えたり、あるいはその力で兵器や城砦、軍船なんかを強化することすら可能となる。


 つまり、私のような叡智グノーシスを求める学問の徒ばかりではなく、農業に工業、軍事、流通、政治、経済…すべての業種に携わる人間がその恩恵に預かれるのである。


 50年後か100年後か、あるいはもっと早くその時は訪れるのか……今はその存在すら人々に隠している教会やプロフェシア教国の王侯達も、やがてはその利用価値を狡猾に見出し、私の翻訳した魔導書の類を使い始めることとなるであろう。


 さすれば私同様、密かに叡智グノーシスを探し求める、新たな〝クノウビス〟として目覚める者達も現れるに違いない。


 成り行き上……いや、むしろ私が自ら進んで行ったことではあるが、私はサマエルとの約束をしかと果たした。


 一方、私はいまだ叡智グノーシスにたどり着けてはいないものの、サマエルの示した道はけして間違いではなかったように思える……少なくとも真実の神はプロフェシア教が説くようなものではなく、その内に悪魔をも内包する存在であることを今の私は理解しているのだから。


 あの魔王が言っていたように、この道を進んでいけば、いつの日にか私も叡智グノーシスの深淵に触れることができるであろう……。


 だが、その秘密の信仰を他の者には知られないよう、これからはより細心の注意を払っていかねばならない。


 先日、表向き敬虔な信者として司祭に叙階されたのも束の間、これまでに私が翻訳した著作に対して、あの魔女狩りで悪名高き現預言皇エノケンデウス八世が異端の容疑をかけてきたのである。


 今のところ、フィレニックの最高権力者ラレントォ・メディカーメンの庇護を受けているため大事には至らないだろうが、そのメディカーメン家に取って代ろうと考えた同じ銀行家の実力者ツッパリィ家による謀反騒ぎも過去にはあったことだし、メディカーメン家の独裁を批判し、支持者を徐々に増やしている原理主義的な修道士サヴォルナーラという厄介な不安要素も存在していたりする。


 メディカーメン家の後ろ盾を失えば、私ばかりかメリクリウス文書研究の中心であるアカデミア自体、いったいどうなるかわかったものではない。


 私が世に放った魔導書達が世界を変えるその日まで、心の内の信仰は隠して静かにその時を待つこととしよう……。


(Confessio Haeresis 〜異端の告白〜 了)


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Confessio Haeresis 〜異端の告白〜 平中なごん @HiranakaNagon

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