Ⅱ メルクリウス文書

 古文書類には、神学、哲学に始まり、錬金術や自然魔術、医学、天文学、数学、芸術論…と多岐に渡る分野のものが含まれていたが、中でも注目されたのが〝メルクリウス文書〟と総称される一群の書籍である。


 それは古代異教の神メリクリウス・トリスメギストスの名に仮託して記されたものであり、分野は異教的神学に錬金術と占星術、そして魔術に重きを置いている。


 しかも、魔術に関しては教会の認める自然魔術的なものばかりでなく、明らかに黒魔術や悪魔学と思われるものまで混ざっていたのだ!


 そんなメリクリウス文書の翻訳をコジコから命じられた私は、作業を通してその内容に触れる内に、かつて存在したらしき〝クノウビス〟なる密儀教団のことを知った……いや、メリクリウス文書自体、そのクノウビスの関係者の手によるもののように感じる。


 文書から読み取れるところによると、どうやらクノウビスは〝叡智グノーシス〟に至ることで真実の神との合一を目指す教団であるが、その神とは善と悪の双方を内在し、プロフェシア教の説く我らが神を偽の神〝ヤルダバオート〟として否定する教義を持っているらしい。


 その活動はプロフェシア教の誕生以前にまで遡り、我らが開祖〝はじまりの預言者〟イェホシア・ガリールがこの地上に存在していた頃の時代にも、〝魔術師マゴス大神官サチェルドゥス哲人フィロゾフォス船長ヴェーミ〟と呼ばれる四大巨頭を中心に世界の裏側で暗躍していたようだ。


 彼らはその教義から、善と悪どちらもあってこその完全なる〝神=世界〟と考え、善悪の均衡を保つべく、プロフェシア教のような善のみを是とする教えに対抗するために悪魔を祭祀したり、時に呼び出しては使役したりもしていたという。


 『聖典』によれば、イェホシアやダーマ人の王ソロモンも神の威光によって悪魔を使役していたというが、メルクリウス文書の中にはその悪魔の召喚方法が記されたものもあった。


 そして、呼び出した悪魔は、神へと至るための智慧── 〝叡智グノーシス〟を与えてくれたりもするという……。


 私は、そんな悪魔との接触を試みてみたくなった。


 いや、もちろんそんな恐ろしいことが、プロフェシア教会の教えにおいて許されるべくもないことは充分にわかっている。


 もしそんなことをした日には火炙りどころの騒ぎでは済まされないだろう。


 そうでなくともメルクリウス文書を異端と考えるフィレニック大司教は、翻訳をしている私の身を案じて、同じウィトルスリアにある都市国家ボロンニャランへの医学留学を勧めてくるくらいだ。


 だが、この私とて哲学や神学を極めんと志した学問の徒……世界の深淵に至らしめてくれるという悪魔の智慧には、なんとも抗いがたい魅力を感じざるを得ないのである。


 それに、そもそものイェホシアからして悪魔を使役していたのだし、クノウビスが説く〝叡智グノーシス〟とは、まさにプロフェシア教における「神の言葉を預かること」──即ち〝預言〟に他ならぬのではないのだろうか?


 思惟の末、そんな神学的疑念に至った私は、最早、その探究心を押さえ込むことができなかった……。


 そんな私を助けてくれたのは、メリクリウス文書の中にあった『ソロモン王の鍵』と呼ばれる魔術書だ。


 そこには、具体的に悪魔を呼び出すための方法が記されており、それを書き残した者達はこの手の文書を〝魔導書グリモワール〟と呼んでいるらしい。


 けして誰にも気取られないよう細心の注意を払いつつ、私はその記述通りに魔法杖ワンド短剣ダガー円盤ペンタクルといった道具類や、儀式用の祭服などの準備を慎重に整えると、誰もいなくなった深夜、アカデミアの普段使っていない離れの一室で、いよいよ悪魔召喚の儀式を執り行った。

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