Confessio Haeresis 〜異端の告白〜

平中なごん

Ⅰ 古典回帰運動

 聖暦1473年、神学におけるこれまでの功績が認められ、私はプロフェシア教会から司祭職に叙階された。


 だが、私はけして公にはできない、ある秘密をじつは抱えていたりする……。


 私の名はマルサリーノ・フェッチーノ。神聖イスカンドリア帝国・北ウィトルスリア地方・自由都市フィレニックの医者兼哲学者・神学者である。


 私はこのフィレニックで、歴代に渡り最高権力者の地位にある名門メディカーメン家の当主・コジコの侍医を務める父のもとに生まれた。


 メディカーメン家は銀行業で成り上がった商人出身の一族であるが、コジコ・ド・メディカーメンという人物は非常に革新的な精神を持っており、ここ一世紀ほどの間、ウィトルスリア地方で徐々に盛り上がりを見せる古典回帰運動リグレッシォネに心底傾倒していた。


 古典回帰運動リグレッシォネとは、かつてこのエウロパ世界を統治していた古代イスカンドリア帝国の学問・文化への回帰を求める社会的活動である。


 古代イスカンドリア帝国の崩壊後、その旧地に生まれた国々がプロフェシア教(預言教)を国教にすると、プロフェシア教以外の文化は邪悪な教えと考えられ、エウロパ世界からは徹底的に排除されて消え失せた。


 一方、エウロパとはミッディラ海を挟んで南に位置するオスクロ大陸の、アスラーマ教(帰依教)圏に属する異教の国々では、イスカンドリアの文芸をけして退けはせず、むしろ積極的に取り入れると独自の発展をみせて保存されていた。


 それが、200年程前に行われた聖地ヒエロシャロームをアスラーマ教国から奪還するための多国籍大遠征──〝神の眼差し軍〟を通して逆輸入の形でエウロパにも紹介され、また、アスラーマ教勢力下にある南エウロパの国々や、その影響を色濃く受けた非プロフェシア教国のスファラーニャ王国を介して、次第に古代イスカンドリアの文芸が我々にも知られるようになっていった。


 なので、この失われた古代文化に対する人々の感心はかなり以前からあったのではあるが、この回帰運動の決定打となったのは〝ビンスタンツ帝国〟の滅亡である。


 ビンスタンツ帝国は、大昔に古代イスカンドリアが東西に別れた際の片割れの末裔であり、時に〝東イスカンドリア帝国〟と称されるようなこともあるのだが、西側の末裔である我々とは長い歴史の中で一線を画してきた。


 ちなみに、異民族の侵入によって古代イスカンドリアが崩壊した後、西側の細かく分裂した国々をまとめあげ、正統な末裔を称して再興されたのが現在の〝神聖イスカンドリア帝国〟だ。


 一方、そのビンスタンツ帝国も内乱やアスラーマ教圏からの圧迫で縮小の一途をたどり、ついにはアスラーマ教国の一つ・オスレイマン帝国による侵攻で首都のビンスタンティノポリスが陥落。東のイスカンドリア帝国は、この時点をもって事実上消滅したのである。


 すると、アスラーマによる支配を嫌って聖職者や学者をはじめとするビンスタンツの知識人層が数多くウィトルスリア地方に逃げて来たのであるが、この亡命者達は古代イスカンドリア時代に書かれた膨大な古文書類を一緒にもたらした。


 ビンスタンツも、古代イスカンドリアが帝政後期から国教としていたプロフェシア教を信仰する国であったものの、預言皇を頂点とする我々の〝レジティマム(正統派)〟教会とは異なる宗派〝スタンダド(標準派)〟であり、古代異教の文化にもわりと寛容だったのだ。


 ともかくも、古代イスカンドリア語で書かれたこの古文書類は瞬く間に翻訳され、古典回帰運動リグレッシォネに火を着けた。


 ここフィレニックにおいても、コジコはビンスタンツ滅亡以前からこの文書類に興味を示しており、来るべきこの時に備えて、侍医の息子であった私に目をつけると、六歳の頃から古代イスカンドリア語と哲学、神学の英才教育を施していたのである。


 そして、もたらされた古文書類を広く収集したコジコはその調査研究を目的とした〝アカデミア〟を自身の別荘に設立し、私もそこでその翻訳作業に従事することとなった。

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