第26話 戯言
どのくらい経ったんだろう...
花の涙は止まっていたが、男の叫び声と葵の呪詛はまだ続いている。
私がとめなきゃ...
ここまできて私が諦めたらみのりや大和も浮かばれないよね。
「よし...」
覚悟を決めてドアノブを握り...
深呼吸をしてしまうとまた踏みとどまってしまう気がした。
だから私は一気にドアを開けた。
「あ...」
やっぱり開けなきゃ良かった。
「ああああああああああ」
「死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ」
衝撃的だった。
葵ちゃんが両手で男の頭を押えていた。
その男の服装には見覚えがあった。
みのりと大和を殺した最悪の男と同じ。
でも...
顔が違う。
若いとはいえないが少なくとも中年くらいだったはず。
あれはどうみても老人...
皮膚が垂れ下がり染みだらけ。
歯も髪の毛も全部ない。
花と口からは血が溢れ出している。
オマケに体も葵よりも体が小さい。
しかし、たしかにあれはあの時の男だ。
どんな負荷を与えればあそこまで人間は消耗するのだろうか。
まるで別人だ。
あまりの衝撃に歩みをとめた花だったが気を持ち直した。
(だめだめ、私が止まっちゃダメだ)
「葵ちゃん!」
「死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ」
聞こえてないの...?
今度はもっと大きな声で言わないと!
「葵ちゃん!」
「死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ」
ダメ...か。
ならもう...
「葵ちゃん!もうやめて!」
花は思いっきり葵を突き飛ばした。
葵の体はまるで抜け殻のように軽かった。
おかげで簡単に飛んでいった。
葵が離れたと同時に男の叫び声は止まり、ゆっくりと頭から倒れた。
「もういいでしょ...」
突き飛ばされた葵は蹲ったまますすり泣いていた。
「ぐすん....ぐすん...」
泣いてる...
いつもの...って言っていいのかな。
「よかった...正気に戻ったのね...」
葵に駆け寄ろうとした瞬間、倒れていた男がゆっくりと花に近寄ってきた。
ボロボロと崩れ落ちながら何かを囁いている。
「ひっ!死んだんじゃなかったの!?」
「....」
「え?なに...?」
グシャ
葵が男の頭を踏み潰した。
「聞かなくていいですよ、こんな戯言」
そう冷たく言い放った葵の足元は真っ赤な血溜まりになっていた。
「こんなとこまで来させちゃってごめんなさい
その...一緒に戻ってくれませんか...?」
「...うん
聡介のとこに戻ろっか」
そのまま屋上を後にした。
聡介のいた小さな民家に戻るまで葵ちゃんは無言だった。
でもずっと泣いていた。
弱い葵ちゃんが少し戻ってきたのかもしれない。
あいつを殺した時の葵ちゃんは怖かった。
可愛がっていたみのりの仇だもんね。
殺したいほど憎いのも分かる。
でも葵ちゃんがあそこまでするなんて思ってもみなかった。
あいつの頭を踏み潰した後、私に向けた顔は人を殺してすぐの人の顔じゃなかった。
まるで親に甘える子供のような顔だった。
切り替えが早いとは違う。
サイコパスに近いかな。
はぁ、とんでもない子を好きになっちゃったなぁ。
でも、葵ちゃんを支えられるのは私しかいないんだ。
よし、頑張る!
改めて葵を支える覚悟を決めた花は葵の手を握った。
その握った葵の左手の薬指には赤い糸が結ばれていた。
"只今の時刻をもちまして6日目が終了"
"残り24名"
その夜、全国に残りのプレイヤー人数が半分になったと神様から伝えられた
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