第9話 成長してる
彼女は敵。
割り切っていたつもりだった。
でもいざ目の前に現れるとこんなに心が揺らぐなんて思ってなかった。
私って脆いなぁ...
「葵ちゃん」
「は、はい!」
「大丈夫だから」
花さんの声って安心する。
動揺していた心が落ち着くのがわかる。
私にとって精神安定剤みたいなかんじ。
「なーにが大丈夫なのかなぁ?そんなどんくさいやつ庇いながら私から逃げきれんの?」
相変わらず口調はキツイままだし、やっぱり私への当たりが強い。
「に、逃げないよ!」
「あ?」
「ひぃっ」
あの目怖いよぉ...
「葵ちゃん!負けちゃダメ!勇気勇気!」
花さんが鼓舞してくれてる。
「は、はい!
つむぎ!い、今からあなたを動けないくらいボッコボコにするんだから!
覚悟してっ!」
決まった...!
花は指笛を吹きながら「グッジョブ!」と親指を上げている。
面食らってびっくりしてるんだろうなぁ!
葵は恐る恐るつむぎの顔を見た。
つむぎの顔は修羅に変わっていた。
血管のキレる音がここまで聞こえてくる。
「はああああああ!?!?!?お前如きが私をボコボコにする!?!?!?
寝言は寝て言えやド愚図が!!!!!」
つむぎは青紫の爪を伸ばしては投げを繰り返し、建物を破壊し始めた。
お母さん私ここまでのようです。
産んでくれてありがとう、そして先に旅立つ私を許してください...
「こらこらこら!なに両手合わせて祈ってるの!
とりあえずここから離れるよ」
花に抱えられながら崩れる建物から離れた。
外に飛び出た瞬間、さっきまで私たちのいた建物はあらゆる所からつむぎの爪が飛び出している奇妙なオブジェへと変わった。
「なにあれ、トゲトゲしすぎない?」
「ああああ、怒ってる!怒ってるよ花さん!
逃げようよ!怖い怖い!つむぎまだ怒ってるもん!」
「まあまあ」
「ええっ!?なんでそんな冷静なんですかっ!」
ビクビク怯えている葵に対し、花は冷や汗すらかいていない。
冷静そのものだ。
「今の葵ちゃんを見てるからだよ
前の葵ちゃんなら鼻水垂らして号泣してたんでしょ?
でも今は半泣きで収まってるし、強いて理由を上げるならそこかな」
言われて初めて気がついた。
花さんに会う前の私なら号泣して謝罪を繰り返していた。
なんなら既に1回してる。
それが今は半泣きですんでいる。
これが成長...!
「私、成長してるんでしょうか...?」
「うん!えらいえらい!さっすが私の可愛い葵ちゃんだよ!」
「えへ、えへへへ」
褒められるって嬉しいなぁ。
「そのボンクラのどこが成長してんだ?」
声のする方に目を向けると呆れた顔のむつぎが立っていた。
青紫の爪はまるで魔女のように伸びきっている。
「これでお前らを串刺しにしてやんよ」
尖りにとがった爪を向けられ、葵は「ひぃっ」と叫んだ。
「どっちから刺さりたい?なぁ?教えてくれよ
まあどっちも刺すんだけどよぉ!」
ジリジリと爪を舐め回しながら近づいてくるつむぎの絵面は強烈だ。
「あ、あの!」
「あぁ!?」
「さ、作戦タイム...お願い....します....」
「はぁ!?なんで私がそんなの」
「に、逃げませんから!3分でいいのでお願い...します!」
つむぎは少し悩み、了承してくれた。
「2分だけだかんな、あとお前はガチでグチャグチャにする」
「は、はい...」
み、短くされた...
そうして花と真っ青になった葵の作戦タイムが始まった。
「それじゃ、はじ」
ドォン!
どうやらつむぎは近くの建物を破壊してイライラを解消しているようだ。
「気を取り直してはじめよっか」
「あ、あの!」
葵が勢いよく手を挙げた。
「えっ、な、なに?」
「わ、私が戦います!
それを見ていてください!」
花は一瞬、驚いた顔をしたがすぐにいつもの顔に戻った。
「うん、いいよ」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、危なくなったら私が助けにはいるよ
それが条件」
花の目は真剣だ。
例え葵が「巻き込みたくない」と言っても引かないだろう。
「それなら大丈夫です!
よろしくお願いしますっ!」
それを理解した葵は花の提案を了承した。
「葵ちゃん!がんば」
「3秒オーバー!!!!」
声とともに何かが飛んできた。
比喩ではなく本当に飛んできた。
まさか信号機を投げてくるなんて...
花は一髪で避けたが、葵には当てるつもりがなかったのだろう。
花さんと離れちゃった...
いや、1人で戦うつもりだったんだ。
頼る考えは捨てないと。
「やっっっと遺書かけたかぁ?
長かったなぁ
お前のトイレくらいよ」
両手の爪がもう原型を止めてないほどに変わっている。
コンクリートを殴り続けてグローブのような形に変化させたのだろう。
しかもところどころ尖っていて殺傷力に秀でた形状をしている。
まずいまずい、これ完全に戦う流れだ。
どうしよう、まだなんにも考えてない...
「そ、そんなの書いてない!」
時間を稼がないと...
葵がそう思った矢先
「あっそ、じゃあ遺書なしだなっ!!」
つむぎが爪のグローブを葵に向けて思いっきり拳を放った。
「葵ちゃん!」
ただの女子高生のパンチなら大したことは無い。
だが、つむぎのパンチは違う。
ボクサーよりも重く、殺傷力も桁違いだ。
人間ではまず耐えられない。
しかも葵はただの女子高生だ。
「はぁ!?」
パンチを撃ったつむぎの爪のグローブが砕けた。
「はぁはぁ...」
つむぎのグローブは硬い。
しかし、ただのグローブと違い、爪でできていたとしても所詮は爪だ。
「いっっつ!?
なにしやがったこのドブカス!」
つむぎは、おそらく骨折しているであろう手を庇いながら葵を睨んだ。
(なんで私のかてぇパンチをアイツが受けられんだよっ!)
つむぎの拳を食らったかに見えた葵だった。
が、実際は受けきっていたのだ。
それも嫉妬の能力でコンクリートから奪った硬さを与えた腕で。
当然、爪程度の硬度で勝てるわけがなく、つむぎの拳は無惨にも砕けた。
嫉妬は無機物にも適用される。
葵の少しネガティブなところがいい意味で生きた瞬間だった。
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