サプライズ登場する絵描き
前に出るのが苦手なのに、娘に好きな衣装を着せられるという甘い誘いに負けてVママ会なる企画に出ることになった絵描きです。
不覚だった。母を欲で釣るなんて、恐ろしい娘である。
しかし、Vママ会……名前からして、他の絵描きさんも参加すると見て間違いないとは思うが、横の繋がりが薄い私は孤立してしまうかもしれないぞ。
まあ私はVtuberではないので、ずっと喋っていないといけないとか面白いことを言わないといけないとかいうことはないとは思うけれど。
ただ、あまりにもつまらない女過ぎて放送事故になることだけは避けたい。
念のため、他にどんな人が出るのかの確認くらいはしておいた方がいいか。
もしかしたら仲の良い人が出るかもしれないし。
星屑メルトさんの枠で行われるらしいから、彼女のTwitterを見れば詳細が分かるかな。
私は自分のアカウントにログインして、星屑メルトさんを探した。
彼女のアカウントはすぐにヒットし、ツイートを遡っていくと、Vママ会の告知ツイートが画像とともに投稿されていた。
『Vママ会が近づいてまいりました。タイムスケジュールに変更があったので把握お願いします。ゲストは以前発表した方々に加えてサプライズ登場があるかも...?』
サプライズ登場って、もしかして私のことか……?
灰崎ロナから出演の打診があったのが昨日の夜なので、昨日の今日で私の出演が告知されるとも考えにくいし。
だとしたらハードルを上げられたことになる。ますます行くのが嫌になってきたぞ。
ネガティブになりかけたところで本来の目的を思い出す。
そうだ他にどんな人が出るか確認するんだった。
私はタイムスケジュールを確認した。
そこで一つ明らかになった。
私はVママ会を一つの独立した企画だと思っていた。長くても精々二時間くらいだろうと。
しかしどうやら、なかなかの長丁場らしい。枠は全て星屑メルトさんのところなのだが、コーナーごとにゲストを登場させて、それぞれ違う企画をするとのことだ。
時間にしておよそ……じゅ、十二時間!?
待て待て、そんなにやったら体調不良起こしてしばらく布団から出られなくなるじゃないか。
いや、落ち着け。私がそんなにやるわけじゃない。私はあくまでもそのうちの一コーナーにすぎないのだから。
まあ順当にいくと、灰崎ロナが出演するところに出ることになるのだろう。確かにこうして見ると、登場するVtuberには漏れなくそのママであろうイラストレーターがセットでついていた。
灰崎ロナだけ一人での出演となると確かに寂しいような気もする。
話が逸れたが、出演するメンツである。
まず、星屑メルトさん。彼女はセルフ受肉(自分で自分のイラストを担当すること)したのでもちろんママとなる人はいないため、単体での出演となる。
彼女は企画主だけあってすべてのコーナーに出演するらしいので体調が心配だが、まあ私よりは若いはずなので大丈夫なのだろう。
次に……番場ルディさん。彼女も星屑メルトさんと同じくセルフ受肉した、元イラストレーターさんである。
彼女は灰崎ロナと同じコーナーに出演するらしい。
つまり、私のコラボ相手の一人ということになる。
同コーナーに出演するその他のイラストレーターとVtuberは以下の通りだった。
左:イラストレーター 右:Vtuber
ルウタ・
ノ
かさいねお・
あぼちゃんまる・るたお
敬称略
……うん、全然知らない方ばかりだ。
人数的に割と多いのもあるけれど、初対面の方ばかりの中で平静を保っていられるだろうか。
コミュニケーション能力に課題を抱えているから絵描きになったような人間だからなあ。
でも、まあ、普段的に接点のない女性絵描き様方とよろしくできる機会は早々あるものではない。
これはむしろ、頑張って絵を描いてきたご褒美なのではないか?
そう考えると悪くない気がしてきたぞ。
私は不純な動機を抱きつつ、特にコラボに向けて用意することも言われていないためどうしようかなと考えた結果、友達の絵描きに連絡することにした。
今日はオフなので映画でも観に行こうかなと思ったのだけれど、コラボの件でそわそわして映画に集中できなさそうだったからそれはまた次の機会にして、友達に構ってもらおうと思い至ったのだ。
『あー、Vママ会かあ。あれ、ハリヤマさんの登場って告知されてたっけ?』
「いやそれが昨日急に出てくれって言われてさー」
『え、すごい土壇場? になってから誘われるんだね』
「そうなんだよ。もうタイムスケジュールも出てるのに」
『サプライズ出演ってこと?』
「どうやらそうらしい。はっきり確認したわけではないけど」
『サプライズ……フフッ』
「笑うけど、柄じゃないのは私が一番よく分かってるんだよ。まあ単に私の出演が未定だっただけなんだろうとは思うけど」
『いや、ハリヤマさんはサプライズだよ』
私の災難を嬉しそうに傍観している彼女は、
割と昔からの付き合いで、初めて会ったのはコミケだった。
その時一緒に参加していた絵描き仲間(今は疎遠になっている)に紹介を受けたのが彼女で、コミケが終わってからも細々と三人でご一緒したりしているうちに私とAPOLLOさんが割と仲良くなって逆にその絵描き仲間とは疎遠になるという少し複雑な関係性を辿った仲なのだ。
当時の彼女は制服姿でコミケに参加していて、「JKだ……」と思った記憶がある。言うまでもなく私よりも年下である。
彼女とはかつて合同サークルとして活動していたり、最近はもうやっていないけれど、年に二、三回程度「ハリアポ」として雑談やお絵描き配信を行ったりしたこともある。
私の長い絵描き生活の中で最も懇意にさせてもらっている方と言っても過言ではない。
「なんか他にもいっぱい絵描きさんとVtuberさんが出るらしくてプレッシャーがすごいのよ」
『いいじゃん、ハリヤマさんの好きなハーレムだよ』
「私は傍観したいタイプなんだよ」
『自分がそこに入るのはちょっと解釈違い的な?』
「まーね。それに皆女性とは限らないでしょ」
『Vママなんでしょ?』
「ママってイラスト描いた人のこと言うんじゃないのか」
『え、そうなの? 初めて知った』
「そうだよ。男性にもママって使う」
『ハリヤマさんもついに男性とコラボするようになっちゃった』
「なになに? もしかして嫉妬ですか?」
『そうだよ』
あっさり認めた。
APOLLOさんは毒っ気があるけど割と素直なんだよな。
「それは何に対しての嫉妬なの? 私なのかコラボ相手なのか」
『ハリヤマさんかな』
「つまり私の立場に嫉妬したってこと?」
『うん。私のほうがいい女なのに』
「それは諸説ありだろ。もしかしたら世の中的には私のほうがいいかもしれないじゃん」
『うるさい合コン女』
「合コン……なのか?」
『女と男が集まってゲームしたらもう合コンじゃわ』
「じゃわ」
流石に極論すぎないか?
合コンのつもりで参加OK出してないし。
『クソみたいな男にお持ち帰りされてしまえ。思い出になれ』
「なぜそんなに怒る」
APOLLOさん、そんなに私がコラボに呼ばれたことが悔しかったのか。
灰崎ロナちゃんが出るからセットで呼ばれたようなものなのだけれど、面白いからそこは黙っていよう。
こんなAPOLLOさんはなかなか見れないからね。
そこでふと気になったことがあって、質問してみることにした。
「APOLLOさんは配信とかしないの?」
『PCに向かって喋るってこと?』
「うん」
『それ悲しいよ』
「悲しいとか言うな」
『やらかしそうだし』
「まあそれはそうか」
APOLLOさんは自由奔放なところがあるから、コンプライアンス等色々気をつけなければならない配信業は向かないということなのだろう。
コラボの緊張を和らげるために彼女と電話してみたけれど、いつもと変わらない彼女の声がそこにあって少し安心した。
そして近づくコラボ日。星屑メルトさんのチャンネルを見に行くと、既に枠が立っていた。
枠は二つあるらしく、私は一枠目のお昼にある「マ○オカート親子対決!(罰ゲームあり)」に出演する予定になっている。
マ○オカート……得意でもなければ苦手でもない絶妙なラインだな。
でもこれに勝てば、灰崎ロナちゃんに好きな衣装を着させられる。
それは素晴らしいことである。
私の頭の中には、娘に着させたい衣装案がいくつも浮かんでいた。
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