第1章
Vの娘から企画に誘われる絵描き
私は専業絵描き。絵でご飯を食べている。
とは言っても実家暮らしなので生活費諸々は親持ちだ。
いい加減独り立ちしないと……と思いつつ、社会に出るのが嫌すぎて今の生活に甘んじてしまっている。
そんな私ももう29歳。崖っぷちなのは理解している。
絵で得られる稼ぎなんてたかが知れているし、どこかで普通の仕事を探さないといけないんだろうな。
時折こういうことを考えると憂鬱になる。
こんな時はエ○ちゃんねるを観るに限る。
今日は更新の日ではなかったので、過去の動画を再生した。
「ハハ」
私特有の乾いた笑い声が漏れる。
誤解のないように説明しておくと、これが私の笑い方なのだ。
長年の引きこもり生活によって、こんな笑い方になってしまった。
昔はどんな風に笑ってたっけな。
女性アーティストのエンディングが流れて動画が終わる頃には、さっきまでの憂鬱さが少しはましになっていた。
エ○ちゃん、あんたすごいよ。
そこで、昨日からお風呂に入っていなかったことを思い出した。
入らないとだよなあ……嫌なこと考えちゃうからお風呂って嫌いなんだけど。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室にスマホとタオルを持ち込む。
かけ湯をして、湯船に浸かった。
「は〜〜〜〜」
二日ぶりのお風呂は体に染みる。
やっぱりお風呂は熱いくらいがいいな。
お湯の温かさに癒されつつ、スマホを見る。
滅多に通知が来ないディスコードから通知が一件来ていた。
仕事の依頼はTwitterのDMにお願いしているので、仕事以外の何か……となると、遊びの誘い? いやまさか。この私を遊びに誘うなんてどうかしてるとしか思えない。私クソつまらんぞ。
そんな風に邪推しながらアプリを開くと、メッセージの送り主は
彼女は私がイラストを担当した、所謂Vtuberの娘ちゃんである。
『せんせーしょん!』を知っていますかと聞けば、大抵のVオタは「知っています」と答えるだろう。
『せんせーしょん!』とは、主にFPS系統のゲームに特化したVtuberグループである。
その最大の特徴は何と言っても、合計10名のライバーが全員女性であるということと、異性コラボを禁止しているということだろう。
他箱(Vtuberグループの俗称)とコラボはするが、異性との共演は徹底的に避けられている。
とはいえアイドル的な売り出し方をしているわけではない。
女性オンリーのストリーマーグループと言えば分かりやすいだろうか。
異性とコラボはしないが恋愛面などプライベートな部分は各ライバーに一任している。
ただ、敢えて異性恋愛の話題を持ち出すライバーは現状存在しない。
むしろライバー同士で百合的な絡みをすることでリスナーに安心感を持たせつつも、得意のFPSコラボで新規リスナーを獲得していくというスタイルが多くのリスナーに好意的に受け入れられてきたと言ってもいいだろう。
今や女性オンリー箱は珍しくはないが、その特性や活動スタイルで他箱と差をつけ、流行り廃りが激しいVtuber界隈を生き抜いてきたグループ。
『せんせーしょん!』はそういう箱だった。
我が娘、灰崎ロナはそこの1期生である。
灰崎ロナはグループ内では清楚を自称しているが、その実、ライバーへのセクハラ発言で度々訴訟されている偽清楚だ。
以前、灰崎ロナと一度だけ対談をした時、彼女の口から聞かせられたセクハラの数々を知った私が思わず「お前本当に女で良かったよ」と口走ったのは話題になった。
見た目は基本的に灰崎ロナの魂となる人と私の理想を含んだものとなっている。
彼女とはキャラクター作成会議を兼ねた面会をさせていただき、その中で本人とやり取りを重ねてキャラクター案が出来上がっていった。
銀髪ロングの髪、長い睫毛、軍服ネクタイ。特に軍服ネクタイは私の趣味が如実に表れている。
とはいえ彼女との面会と対談以外では特に絡みもなく、という感じで。
だからこそ彼女からメッセが来たことが意外だったのだ。
話が逸れたが、そんな我が娘から届いたメッセがこれである。
『母様、Vママ会に出てくださりませんか』
Vママ会? なんだそれ。
『Vママ会とは?』
『楽しいことです』
『なんか怪しいな...』
『え?怪しい?普通ですよ?』
『何するの?』
『Vママと娘の交流会です』
交流会……苦手な言葉です。
『それって企画として?プライベートとして?』
『企画なんですけど...そういうの苦手ですか?』
『企画か...私は表に出るタイプじゃないからな...』
私は元々前に出るのが苦手なのだ。
絵描きになってから配信もしたことないし。
『娘のお願いでもだめ...?』
『娘バフはないものと思え』
『手厳しい...』
『しかたがない』
『しかたがないから参加する?』
『言葉を曲解するな』
『どうしたら出てくれますか?』
なかなかに食い下がってくるな。
灰崎ロナも企画を盛り上げようと必死なのは分かるけれど、私には私の活動スタイルがあるのだ。
それに今ここでOKしてしまうと、誘ってもいいんだとなってまた次も誘われるかもしれない。
そうなったら、断るのにも労力がいる。
『娘よ、私は絵描きなんだよ。前に出るのは性に合わない』
『じゃあ母様の好きな衣装を着ます。結果次第では』
『え?ほんと?』
『ほんと』
自分でも驚いた。何を言われても響かないと思っていたのに、こんなに甘美な誘い方があったなんて。
思わず食いついてしまったではないか。
『その言葉に二言はないね?』
『もちろん!』
『それなら出るのも悪くないな...』
『○△月○☓日□○時○☓分、星屑メルトの枠で会いましょう』
『え?星屑メルトさんも出るの?初対面なんだけどwww』
星屑メルト。元々は絵描きで、途中からVtuberデビューした方だ。
私は個人的に彼女の作風が好きで、愛の込もった彼女のイラストのファンでもある。
描くイラストはVtuberや、自分のカップリングのセルフFAや、オリジナルキャラクター等様々。
詳しくはないのだけど、有名事務所のVtuberのイラストも担当していたはず。
一度彼女の配信を見たことがあるのだけど、その時の印象は「かっこいい人だな」だった。
優しい低音で、話し方も落ち着いていて。割と女性ファンが多かったような気がする。
そんな彼女と事実上コラボできるのならば光栄ではあるけれど、緊張してしまう。
『だからいいんですよ』
『何するか聞いてもいい?念のため』
『トークしたりゲームしたり?』
『私の出番なんか一瞬だよね?』
『終わった頃には一瞬に感じてますよ』
『えらく含ませるね...』
『含ませてない含ませてない。立ち絵だけ用意してもらってもいいですか?』
『私立ち絵とかないぞ?』
『あ、立ち絵じゃなくてアイコンです』
『まあそれくらいは用意するけど』
『じゃあ決まりですね。当日を楽しみにしてます』
『母は不安だよ』
と言いつつ、普通にちょい役で軽く喋って終わるんだろう。
この時の私はまだ楽観的だった。
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