第4話 ポンコツモンスター

 岡島が続けた話を聞いていた俺と藤川さんは膝から崩れ落ちそうになった。


 今、飯倉和亮いいくらかずあきは玲緒奈さんの本業・・のお供でラブホに行っている。


「お互いにカネ持ってると思ってたみたいで、二人合わせて三千円しか無くてラブホから出れないと」


 ――バカなのかな。


「カードとか電子マネーはダメなの?」

「対応してないそうです」

「コトに及べば出れるんじゃねえの?」

「そういう話じゃないです」


 藤川さんは笑いを必死にこらえていた。無理もない。最悪の事態を想定していたのに、まさかポンコツ救助要請だとは思わなかっただろう。


「須藤さんにお願いしようかと思うんですけど……」

「えっ、須藤さんはマンションにいないの?」

「はい。署に行くと言ってたので、今は官舎か、もしかしたら石川さんのお宅かも……」

「なんだよ、須藤はマンションにいねえのかよ」


 岡島は須藤さんが石川さんと一緒だと可哀想だから電話したくないという。

 署でも石川さんのマンションでも、ポンコツ二人組がいるラブホに近い。俺たちがここから行くより早いから、須藤さんに行ってもらいたい。


 藤川さんは自分が電話すると言ってくれた。さすが藤川さんだ。俺も電話したくないから渡りに船だが、吉原絵里の一件もあるから俺が電話しないとならない。やだな。


「いいです、俺が連絡します。藤川さんは終わったら電話して下さい」


 二人から離れて須藤さんに電話をかけると、着信音は一回鳴っただけで須藤さんは応答した。


「お疲れさまです、敬志です」

「お疲れ。どうした?」

「今、どこにいます?」

「署で! 事務処理!! 終わんねえんだよ!!」


 ――キレてる。かなりキレてる。


「……で、用件は?」

「えっとですね……」


 言いたくないが、現金を持たずにラブホに入ってしまったポンコツ二人組にカネを届けて欲しい旨と、吉原絵里の一件を話した。


 ポンコツ二人組の話は溜め息を吐かれたが、望月のバーでの一件を話すと、須藤さんは冷めた声で「そう」としか言わない。


「えっと、須藤さん。今、藤川さんがいまして、藤川さんもお話があるようです。すぐにかけてもらいます」

「了解」

「じゃ、ラブホの件はお願いしまーす!」


 ――あ、またクソデカ溜め息吐かれた。


 電話を切り、藤川さんに目配せすると、藤川さんはマンションに行かないから、と俺たちと別れた。


 藤川さんは望月のバーの方向へ歩きながら電話をしている。俺たちはその後ろ姿を見ていたが、マンションに向けて藤川さんに背を向けた。



 ◇



 午前三時二十分


 マンションまでの帰り道、横に並ぶ岡島は玲緒奈さんの話をしている。


「飯倉が、玲緒奈さんは風呂入って寝てるって言ってました」


 ――モンスターは動じねえな。


 玲緒奈さんの本業のお供は、だいたいは飯倉と中山が対応している。岡島もお供する時もあったが、今は恋人が出来たからお供することはない。

 たまに俺もお供するが、岡島が抜けたとなると俺が呼ばれる回数も増えるだろう。やだな。ずっと説教されるし。


「松永さんは、玲緒奈さんの『スナックのママ』のコスプレは見たことあります?」


 ――チンピラのお前専用のコスプレだろ、それ。


「無いよ。どんなコスプレ?」

「オッケーバブリーみたいな」

「あー、紫のスーツで襟は黒とか?」

「そうですそうです。黄緑でしたけど」

「黄緑」

「ええ。一人でロンリー・チャップリンを歌ってました」


 ――何やってんだ、あのモンスターは。


「なんで一人で? お前も歌えって言われなかったの?」

「俺その時は縄で縛られて猿轡もされて床に転がってたんで」


 俺は想像した。

 昭和のチンピラが縄で縛られて猿轡をかまされ、床に転がっている脇で黄緑のスーツを着たスナックのママがロンリー・チャップリンを歌う姿――。


 ――どんなプレイだよ。


 だが、俺は縄で縛られる前にあれやこれやと実験台にされたことがある。とっても痛かった思い出が蘇ってきた。


 玲緒奈さんの本業のお供はカップルを演じないとならず、事前に服装を打ち合わせをするが、俺は以前、服装を間違えて玲緒奈さんが振り回す縄でボッコボコにされたことがある。不可抗力だったのに。


 玲緒奈さんはその日、『長男の三者面談の後に行くから白いアンサンブルに紺色で花柄のロングスカートのミセスの格好だよ』と言っていて、俺は人妻と不倫だな、ならちょっと色気のある沼ちゃうような雰囲気の男にすればいいかなと考えていた。


 だが迎えた当日、俺の仕事でトラブルがあって着替えられずに待ち合わせ場所へそのまま行き、上品な人妻を演じている玲緒奈さんとラッパーとギャングの間くらいの服を着た金髪のパリピな俺は見つめ合った。


 服装はどうすることも出来ず、時間が来てラブホに入ったが、任務・・を終えて一息ついた玲緒奈さんは、縄を手にした。

 ロングスカートをめくって縄を取り出した上品な人妻の姿は人によっては興奮するだろうが、俺は死を覚悟した。


「玲緒奈さんとラブホにいる時って何をしてます?」

「新技のお披露目されてぼく涙目」

「可哀想に」


 俺はいつも加藤に碌でもないことをするが、加藤が腹に据え兼ねた時のみ玲緒奈さんに報告が上がり、ラブホでボッコボコにされる。

 だが加藤が上げる報告の線引きはマチマチで、グレーゾーンが広くて判断がイマイチつかない。


「お前は? 何してんの?」

「逮捕術ですね」

「んん?」


 岡島は暴れる玲緒奈さんを逮捕術で拘束して壁や床、ソファ、ベッドに押さえつけるが、玲緒奈さんは小芝居して逃げ出すという。


 ――せこいモンスターだな。


「玲緒奈さんって胸が大きいじゃないですか。どうしても腕が当たっちゃうし……」

「いっそのこと揉みしだけばいいんじゃねえの?」

「俺まだ死にたくないです」

「だよね」


 暴れる女の拘束は気を遣う。後になって胸を触られただのと言い出して面倒なことになるから、胸に触れずに拘束しなくてはならない。そのための練習として玲緒奈さんは相手になっているのだろうが、せこいモンスターは小芝居をして逃げるという。


「立った状態で後ろから拘束した時、玲緒奈さんの耳あたりに俺の口があってこそばゆいのか、すっげーエロい声出すんですよ」

「最悪だな」

「で、俺が怯んだ瞬間に拘束を解いて、気づいたら膝カックンされてるんです」

「最悪だな」


 そんなくだらない話をしていたらマンションに到着した。


 俺は階段を上がりながらスマートフォンを見た。

 ヒマな加藤はスタンプを連投しているようだ。加藤とのトーク画面を開こうと親指でタップしようとしたが、優衣香をタップしてしまった。


 相変わらず電話は出来ないでいるが、スタンプだけは返すようにしている。十一時半頃に『おやすみなさい』と優衣香からメッセージが届きすぐにスタンプを返したが、ボイスメッセージが届いていた。何だろうか。


「どうしました?」

「ああ、加藤がスタンプ連投してきてる」

「んっふ……いいですね、俺なんてまだメッセージアプリのIDを教えてくれないですよ」

「まだ教えてくれないの?」


 加藤は警察学校時代に岡島から膝カックンされたことをいまだに恨んでいる。俺は何度か許してやれと言ったが、加藤は『一生許しません』と言っている。


「岡島さ、電話するから車の鍵を取って来て」

「了解でーす」


 マンションのリビングに置いてある車の鍵を岡島から受け取り、マンション近くにあるコインパーキングに向かった。



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