第6話 交差点

 前書き



 ここまでのザックリ時系列


 ◆19:23

 ・ベイサイドファクトリーで作業。


 ◆21:53

 ・松永敬志、岡島直矢、飯倉和亮の三人は下道で横浜へ帰る。


 ◆22:45

 ・横浜帰着。三人は吉原絵里の男の拉致現場を目撃、背後にいた中村清隆に捕捉される。


 ◆22:52

 ・捜査員用のマンションにいた須藤諒輔は松永敬志から連絡を受ける。


 ◆22:53

 ・事務所にいた松永玲緒奈は須藤諒輔から連絡を受け、キレながら事務所を出る。


 ◆23:03

 ・三馬鹿と中村清隆が松永玲緒奈から怒られる。


 ◆23:08

 ・加藤奈緒は葉梨将由を置いて一人で事務所を出る。

 ・松永玲緒奈がマンションに到着。


 ◆23:12

 ・須藤諒輔がマンションを出る。


 ◆23:16

 ・加藤奈緒が胡麻団子と月餅とフォーチュンクッキーを購入。

 ・須藤諒輔が三馬鹿と中村清隆の元に到着。


 ◆23:22

 ・マンションに戻っている途中の加藤奈緒はフォーチュンクッキーを食べる。


 ◆23:28

 ・松永玲緒奈は葉梨から電話を受け、山野花緒里が見知らぬ電話番号からかけてきたと知る。

 ・岡島直矢と飯倉和亮は望月のバーに行こうとするが、笹倉優衣香と石川奈緒美が店内にいて入店をやめる。二人はマンション近くの中華屋へ行く。


 ◆23:33

 ・松永敬志、須藤諒輔、中村清隆の三人は別のバーへ行く。松永敬志は母に連絡する。


 ◆23:34

 加藤奈緒、中山陸はマンションのリビングで松永玲緒奈からアイスをもらう。


 ◆23:37

 電話を終えた松永敬志がバーに入ると母がいた。


 ◆23:50

 母を見送りに店外に出る。


 ◆23:51

 加藤奈緒が葉梨将由と望月のバーに食事に行く為、両手鍋持参でマンションを出る。


第6話は4分間のエピソードです。



❏❏❏❏❏




 午後十一時五十五分


 母は手配した個人タクシーで帰って行った。

 俺はタクシーが見えなくなるまで見送り、店内に戻ると俺に気づいた須藤さんは手招きした。

 テーブルには料理が置かれている。


「冷める前に食えよ。腹減ってるだろ?」

「はい、いただきます」


 テーブルには人数分のミートボールの乗ったミートソーススパゲティがあった。

 須藤さんはシーザーサラダを取り分けている。

 藤川さんは先に食べていて、俺を見て頬を緩めた。


「敬志、彼のことで把握してることを言え」


 そう言った須藤さんは藤川さんをちらりと見た。


「お名前は藤川充さん、兄と須藤さんの同期、加藤と相澤の応急救護をして下さった方、父の警察葬に弔問にいらして頂いた方、です」


 須藤さんの手が止まった。

 藤川さんは口の動きが一瞬だけ止まったが、俺はそんな二人を見逃さなかった。

 須藤さんは藤川さんを見て、俺が言ったことに間違いがないか確認をしている。そして俺の言葉を肯定するように頷いた。


 なぜ二人は驚いたのか、何に驚いたのか――そう考えながら、俺はミートボールを口に運んだ。そしてスパゲティも食べて須藤さんの言葉を待ったが、須藤さんは何も言わない。


 ――何か言ってくれないかな。


 そう思いながらフォークを置いた時、須藤さんのスマートフォンが鳴った。左手で胸ポケットからスマートフォンを取り出した須藤さんは画面を見て、少し眉根を寄せている。

 藤川さんに席を立つよう言い、通話ボタンをタップしながら席を立った。


 また座った藤川さんはサラダを取り分けようとしたが、俺は声をかけてトングを渡してもらった。取皿にサラダをよそいながら須藤さんを見ると、腕時計で時刻を見て、『わかりました』の口の動きをして電話を切った。


 こちらに戻って来た須藤さんは、山野花緒里がまた行方不明だと言った。そして――。


「あの女、吉崎さんの駒を刺した」


 ――マジかよ。


「既に発生から二時間は経過してるそうだ」



 ◇◇◇



 同時刻


 事務所に一人でいた葉梨将由は所内の電気を消してドアを開けた。

 施錠しているとスマートフォンが鳴り、左手で胸ポケットのスマートフォンを手に取ったが葉梨将由は眉根を寄せて画面を見ている。

 画面には『公衆電話』と表示されていた。


 通話ボタンをタップして応答すると、嗤う女の声が葉梨将由の耳に流れ込んだ。


「んふふ……見つけた」


 そう言って電話は切れた。

 すぐさま葉梨将由は松永玲緒奈に電話をかけた。



 ◇



 午後十一時五十六分


 中華屋から出て来た岡島直矢と飯倉和亮がマンションに戻ろうと角を左に曲がった時、飯倉和亮が右に視線を動かした。


「あの女性ひと、加藤さんじゃないですかね?」


 飯倉和亮が指差す方向を見た岡島直矢は、黄色のシャツに白いトートバッグを肩に下げた女の後ろ姿を見た。


「うーん、奈緒ちゃん、かな?」


 女は左手に鍋の蓋、右手に鍋を持ち、振り回し始めた。街路灯に照らされた鍋は鈍く輝いている。


「ん、百パー、奈緒ちゃんだね」

「そうですね」

「あ……望月さんのバーに松永さんの彼女がいるじゃん」

「そうだ……」


 岡島直矢は思案しているが、二人は目を合わせて頷いた。

 二人は加藤奈緒に背を向けてマンションに戻って行った。



 ◇◇◇



 午後十一時五十七分


 須藤さんのスマートフォンが鳴った。「玲緒奈さんだ」と言って須藤さんは応答したが、目が動いた。

 藤川さんはちらりと須藤さんを見て、口を開いた。


「敬志、今、加藤はどこにいるんだ?」

「事務所かマンションですが、葉梨も一緒にいるはずです」

「確認しろ、今すぐ」

「はい」


 須藤さんは電話を切った。そして――。


「山野から葉梨に連絡が来たってよ。『見つけた』とだけ」

「えっ……」

「おい、敬志。加藤に連絡しろ」

「はい」



 ◇◇◇



 同時刻


 加藤奈緒は両手鍋の取っ手を持ち、望月のバーの手前の交差点まで来た。店の前に視線をやると、望月が女性二人を見送りに出ている姿があった。


 女性の顔を見た加藤奈緒は驚き、後退りしながら周囲を見回していると女性二人が加藤に気づいた。

 その時、トートバッグに入れたスマートフォンの着信に気づいた加藤奈緒は、スマートフォンを肩から下げたトートバッグから取り出そうとした時、声がかかった。

 声をかけたのは笹倉優衣香だった。


「加藤さん!? 加藤さんだ! 加藤さーん! こんばんは!」


 加藤奈緒はスマートフォンには応答せず、三人の元へと行った。

 石川奈緒美、笹倉優衣香、望月奏人、加藤奈緒の四人は皆で顔を見合わせたが、加藤奈緒は笑顔で話しかけた。


「こんばんは! 石川さんと笹倉さんってお知り合いなんですか?」

「えっ、あれ? 奈緒美ちゃんも加藤さんをご存知なの?」

「うん……優衣香ちゃんも……あっ、そっか」

「んんー?」


 望月奏人と加藤奈緒は目配せしているが、加藤奈緒は両手鍋を持っていてハンドサインを送れない。


「石川さんは、私が以前勤めていた会社の同期なんです」

「そうでしたかー」

「加藤さん、どうして両手鍋を?」

「あー、これは……えっと……」

「これはお店からお貸ししてた鍋なんですよ」


 加藤のスマートフォンの着信は既に切れていた。



 ◇◇◇



 同時刻


「加藤、出ないです」

「加藤は望月のバーへ行ったんだと」

「えっ、一人で?」

「ああ」


 須藤さんと藤川さんは顔を見合わせている。

 吉崎さんの駒を刺しただけなら、まだいい。事件化せずに消せる・・・。だが横浜ここで事件を起こしたとなると厄介だ。


 須藤さんは葉梨に連絡すると言い、スマートフォンをタップした。



 ◇



 午後十一時五十八分


 事務所を出た葉梨将由は走り出したが歩行者用の信号は赤だった。


 呼吸を整えながら加藤奈緒に電話をかけ、スマートフォンを耳に当てている。だが加藤奈緒は応答しない。

 そこに須藤から着信があり、すぐに応答した。


「お疲れさまです」


「加藤さん、出ないです」


「事務所を出て信号待ちしてます」


「望月さんのバーですね、了解です」


 電話を切った葉梨将由は青信号になった横断歩道を走り出した。



 ◇



 同時刻


 岡島直矢と飯倉和亮がマンションのエントランスまで来た時、ガラスドアの向こうに青色のジャージ上下の松永玲緒奈がスマートフォンを手に持ち、階段を駆け下りて来る姿が目に入った。

 二人の姿を認めた松永玲緒奈は勢いよくドアを開けた。


「加藤は見た!?」

「え、はい、見ました!」

「連れてって! 山野が近くにいる!」

「ええっ!?」


 岡島直矢は走り出し、その後ろを松永玲緒奈と飯倉和亮は追った。



 ◇◇◇



 午後十一時五十九分


 俺たち三人も望月のバーへ行くことになり、ビル裏手の階段を下り、大通りに出て信号待ちをしていた。


「須藤さん。優衣香も今、望月のバーにいるんですよ」

「えっ……」

「仕事でそこの信号サイクルを確認するそうです」


 俺たちがいる幹線道路の先、高架の先にある変則交差点の信号サイクルを優衣香は確認するという。事故発生と同じ曜日、時刻でなければならないから。


「超音波式の感知器がついてますからね」

「あー、なるほどね。こんな時間に大変だね」

「優衣香が夜中に車で出かけるのは、信号サイクルとか交通量調査もあるみたいですよ」

「……ふふっ、そっか」


 藤川さんは須藤さんと俺をちらりと見て、スマートフォンを取り出した。


「念の為、ウチ・・のを呼ぶか?」

「あー、そうだね。お願い」


 群馬県警・・・・の人たちは、警視庁ウチの人なのだろうか。藤川さんは警視庁ウチだとは確定しているが、他はわからない。


 信号が青に変わり、俺たちは歩き出した。



 ◇◇◇



 同時刻


 望月奏人のバーの前でまだ四人は話している。


 交差点を背にする加藤奈緒の左に笹倉優衣香がいて、石川奈緒美は正面にいる。望月奏人は加藤奈緒の右にいて、両手鍋を渡してもらおうと手を出している。


 笹倉優衣香が石川奈緒美へ加藤奈緒とどういう関係なのかと訊ねた時、加藤奈緒はスマホの着信に気づき左手を後ろに回した。

 その時、大通りから角を曲がって来た男がいた。


「奈緒!」


 葉梨将由の大声に加藤奈緒と石川奈緒美が反応した。


 加藤奈緒は視線を左にやって葉梨を見た。石川奈緒美は振り向いた笹倉優衣香の体で見えず、右に一歩出て声がした方向を見た。

 迫り来る葉梨将由を見ていた四人だったが、石川奈緒美は笹倉優衣香の背後に近づく女の姿を見て、目を見開いた。


「花緒里ちゃん?」


 加藤奈緒は石川奈緒美に振り向き、視線の方向を見ようと笹倉優衣香の後ろを見ると、右手に牛刀を持ち、その手をガムテープで幾重にも巻いた山野花緒里が笹倉優衣香の背後に迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る