第2話 ミニスカポリスのモンスター(後編)

 午前零時十二分


 落ち着いた中山は顔を洗いに行った。

 デスクで事務処理をしていると、スマートフォンにメッセージが届いている事に気づいた。


『敬ちゃんおやすみなさい』

『大好きだよ』


 優衣香だった。

 中山が恋人にお願いしているように、俺も優衣香にどんな事でも良いからメッセージを送って欲しいとお願いをした。


 ――嬉しい。


 小さな画面に、手のひらの中に優衣香がいる。

 会えないけど、すぐそばにいるようで幸せだ。


「なにニヤニヤしてんだよ」

「んふふっ……」

「笹倉さん?」

「うん」


 いつの間にか戻って来ていた中山に呆れ顔をされているが、気配はわかっていた。気を遣ったのだろう。


 中山にも長い付き合いの恋人がいる。

 十五年前、俺も一緒に行った合コンで出会ったという。全く記憶にないが。


「りっくんは? 彼女からメッセージ来た?」

「来てたよ。向こうは朝だから『おはよう』って」

「そっか」

「開けてー!」

「んんっ!?」


 玲緒奈さんの声と足でドアを蹴る音が聞こえた。

 ドアを蹴る玲緒奈さんを咎める須藤さんの声もする。


 ――なんだよ。


 ドアに近い席の中山がすぐに開けると、玲緒奈さんは須藤さんをおんぶしていた。


「ねえ、諒ちゃんさ、腰に独身男の――」

「それ以上はダメです」

「アハハハ」

「須藤さん、どうしたんですか」


 中山の問いかけに、玲緒奈さんは笑いながら須藤さんが軽い肉離れを起こしたと言った。

 玲緒奈さんはソファに行き、俺が背後から須藤さんを支えて降ろした。


「須藤におんぶさせて屋上まで階段で行かせたんだよ」

「はあっ!?」

「連帯責任」


 そう言ってちらりと中山を見た玲緒奈さんは微笑んでいる。自分のせいだと知り、みるみる青ざめる中山に噴き出した玲緒奈さんは、須藤さんは七階までは大丈夫だったと言った。


「陸なら屋上まで行けるよね?」

「……はい。大丈夫だと思います」


 玲緒奈さんの問いに、中山は目を伏せながら答えた。


 ――そうだ、交換条件だ。


「玲緒奈さん、陸はミニスカポリスのコスプレ姿を見たいそうですよ」

「えー、私もう四十超えてるよ? 見たいの?」


 ――やる気あるんだ。


「玲緒奈さん! お願いします! 俺マジ見たいです」

「うーん、じゃあ……いつにしよっか?」

「ちょっと待った」


 中山と玲緒奈さんの会話を遮るように声を上げたのは、それまで黙って成り行きを見つめていた須藤さんだった。


「玲緒奈さん、仕事中です。そういう話はせめて俺のいないところでしてもらえません?」


 玲緒奈さんは不服そうな表情を浮かべて、須藤さんを見た。だが玲緒奈さんは反省などしていない。モンスターが反省するわけがない。どう見ても楽しんでいる。


「写真あるよ? 見る?」

「見ます!」


 嬉しそうにはしゃぐ中山を須藤さんは眉根を寄せ、左脚を擦りながら眺めている。


「これ」

「ああっ! カッコいい!」

「んふふっ、ありがとう」


 ミニスカポリスのコスプレ写真は複数枚あるのだろう。玲緒奈さんはスワイプさせながら中山と眺めている。

 俺は須藤さんの隣に座り、怪我の具合を訊ねた。


「あれっ? これって敬志ですよね?」

「うん、そうだよ」


 ――あの時の写真か。


「須藤さんは玲緒奈さんのミニスカポリスは見た事あります?」

「無いよ。敦志のカミさんだよ? 見ていいと思う?」

「でも見たくないですか?」

「……お前さあ」


 俺が二人に視線を戻すと、中山は真剣な眼差しで玲緒奈さんの写真に見入っていた。中山を見ていると目が合ったが、なぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


 ――なんだ?


 そう思っていると、スマートフォンで玲緒奈さんの死角になっている場所から中山はハンドサインを送ってきた。尻、見える、オススメ――。


 あの時、撮ったのか。

 加藤も相澤もスマートフォンを持って撮影していたのは記憶にあるから、どちらかが玲緒奈さんのパンチラを撮ったのだろう。


 須藤さんに向けて中山は訴えている。須藤さんはどう出るか。


 以前、吉崎さんがおっパブをオープンさせると意気込んでいて、俺はウッキウキでオープンを待っていたが計画は立ち消えになった。

 後になってから、須藤さんが「おっパブは飽和してる。脚と尻がお触りオッケーのランパブならブルーオーシャン」と吉崎さんに言ったと聞いた。


 なんかすごくカッコいい事を言ってる気がするが碌でもない事を言ってるなと思ったが、須藤さんが脚フェチ尻フェチだとは知らなかったから驚いた。

 だが俺はおっぱいが好きだから須藤さんと言い合いになった。おっパブに行きたかったから。


 須藤さんはこう言っていた。『おっぱいはちっぱいでも良い。でもケツはプリケツじゃないとダメだ』と。

 その後、兄から「諒輔は昔からプリケツマイスターだよ」と教えられた。


「須藤さん、見せてもらいましょうよ」

「…………」


 ――チンパンジーが本気で悩んでる。


 だがパワハラはするがセクハラは絶対にしない須藤さんだ。見ないだろう。それに玲緒奈さんは高校時代からの友達の奥さんだ。見ないだろう。


「玲緒奈さん、せっかくだから俺にも見せて下さい」


 ――あっれー?


 驚いた表情の玲緒奈さんだったが、ソファに来て須藤さんの右脇にある肘掛けに腰掛けた。


 玲緒奈さんは須藤さんにスマートフォンの画面を見せ、俺も横から覗き込んだ。


 ――これはヤバい。


「こっちは上からだよ」

「…………」


 俺に馬乗りになって十一時方向から撮った写真だったが、おそらく俺にグーパンしたせいでギリギリ締めていたボタンが吹っ飛んだのだろう。何も知らない第三者から見れば、男の上で雛ポーズをキメるミニスカポリスだった。


 ――大きいおっぱい。


 最初に見せられた写真は七時方向から撮った写真だった。スリットの入ったスカートで俺に跨ったから、ギリギリパンツは見えないが尻は見えていた。


 ――脚と尻の境目、大好き。


 俺は満足だった。おっぱいも尻も脚もナイスで満足だ。写真の中の俺は鼻血ブーでぐったりしているが、満足だ。


 須藤さんの反応はというと、眉間にシワを寄せて渋い顔で写真を見ている。


 ――あ、頭を抱えてる。


「セクハラとパワハラが同時に写ってる写真って、なかなか見ないですよね」

「えー、敬志は身内だから良くない?」

「もー!」


 玲緒奈さんを見上げ、困ったように笑う須藤さんだが、絶対に満足したのだろう。俺にはわかる。

 三年前、プリケツマイスター須藤はクラブのお姉ちゃんに下半身の筋トレを仕込んでいた。真面目なお姉ちゃんは指導された通りに努力し、見事なプリケツになった。


 お姉ちゃんを立たせてポーズを取らせるプリケツマイスター須藤は満足そうに笑っていた。その時と同じ笑顔だ。


 俺は中山と目を合わせ、微笑みながら頷いた。

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