第3章

第1話 ミニスカポリスのモンスター(前編)

 午後十一時五十二分


「りっくん大丈夫?」


 玲緒奈さんが屋上で須藤さんと話してくると言い残して五分程経っただろうか。俺はソファで泣き続ける中山の頭をポンポンしながら問いかけた。


「ヒンッ」


 中山は嗚咽混じりの声で答える。

 しばらくすると落ち着いてきたのか、「玲緒奈さん怖い」と言いながら顔を上げた。泣いて赤くなった目が痛々しい。鼻水をすすり、涙のあとが残る頬を見て俺は思わず笑ってしまった。


「もう大丈夫?」


 そう聞くと、中山は恥ずかしそうな表情を浮かべながらも頷いてみせた。

 俺が笑ったから中山も少しだけ笑顔になった。その様子に安心して俺は中山の肩に腕を回した。


「りっくん、どういう状況だったの?」

「手を洗って、蛇口を締めた瞬間に頸動脈を掴まれた」

「そっか。お水、大切だもんね」

「うん」


 中山が加藤を襲うのはいつもの事だが、加藤は署内だから油断していた。それは良い。油断は良くないから。猿轡に後ろ手拘束も……まあ、良い。

 だが、加藤が飯倉を引っ叩いた事で中山はキレた。だからAVのくだりだったのだが、さすがに須藤さんも眉根を寄せたし、俺も完全にアウトだと思った。


「玲緒奈さんの指先の感触から十五秒だなとは思ったけど、その割には落ちるまで時間があった」

「……新技、かな」

「多分、そうだと思う」


 ――もうっ! あのモンスターめ!


 体力で男に劣るのは仕方のない事だからと、それを補う為には技術が必要だとして玲緒奈さんは研鑽を重ねている。それは良い。尊敬している。だが、こうして新技披露を事前通知無しでやるのは困るし、だいたい痛いからやめて欲しい。


「落ちるまでの間にさ、玲緒奈さんが言ったんだよ」

「何て?」

「うーん、『AVは大人のファンタジーだけど、そういう目で見られるのは嫌なものよ』って」

「……そうだね。AVのくだりは良くなかったね」


 二十代の頃の玲緒奈さんは三人の現職がいる松永家を良く思わない奴らからエグいハラスメントを受けていた。何があったかは、俺は全てを知っているわけではない。兄は多分知っていると思う。

 父は玲緒奈さんを出来るだけ自分の目が届く安全な場所に置くようにしていたが、今はもう父はいない。だから玲緒奈さんは奴らを物理的に潰す為にトレーニングを欠かさないし、メンタルを潰す術も情報も持っている。

 玲緒奈さんはその時の恨みがあるのだろう。ここ数年で何人かをじわじわと追い詰めているようだ。詳細は怖くて聞けない。最近、一人消えたし。


「うん。でもね……」

「ん?」

「落ちる二秒前に明るい声で、『ミニスカポリスは大好きだよ!』って言ってた」

「……そっか」


 ――ミニスカポリス。


 俺は目眩がした。

 五年くらい前、ミニスカポリスのコスプレをした玲緒奈さんからボッコボコにされた事がある。


 加藤と玲緒奈さんが官舎を訪れ、相澤と四人で飲んでいた時だった。テキーラの飲み比べで俺と相澤がベロンベロンになった頃、玲緒奈さんは着替えると言い出した。「ミニスカポリスのコスプレする!」と笑顔で言って、俺の部屋に行った。


 俺は何が楽しくて兄嫁のコスプレ姿を見なくてはならないのか、何の罰ゲームだと思ったが、いざミニスカポリスのコスプレをした玲緒奈さんを見たらアリだな、と思った。完全にアリだった。


 ミニスカートから伸びる鍛えられた健康的な長い脚、そして大きいおっぱい。

 おっぱいが大きいから上衣のボタンが閉まってなかった。谷間がすっごくナイスだった。

 玲緒奈さんのミニスカポリスは俺的には完全にアリだったから、お兄ちゃんがちょっぴり羨ましかった。


 加藤では細すぎる。

 おっぱいの小さい加藤ではダメだ。

 ミニスカポリスは似合わない。

 加藤はナースコスもダメだ。

 おっぱいも尻も小さいから。

 でも玲緒奈さんのナースコスはアリだと思う。

 見てみたい。やってくれないかな。


 俺は背が高くて肉感的な女が好きだ。

 おっぱいは大きい方が良い。

 揉み心地は弾力があるより柔らかい方が良い。

 モミモミしたいし挟まれてパフパフされたい。


 玲緒奈さんのおっぱいは大きいし柔らかそうだから、お兄ちゃんもモミモミパフパフしてるのかな。いいな。


 玲緒奈さんのミニスカポリスのコスプレ姿を見ながら、俺はそんな事を考えていた。だが、気づいたら玲緒奈さんが俺に馬乗りになって拳を振り下ろしていた。

 どうやら俺は、全て口に出していたらしい。


 そうして俺はノーガードでボッコボコにされたが、加藤が「パンツ見えてます!」と大声で言った時、俺は条件反射で「どんなパンツ履いてるの?」と言ってしまった。

 その後の記憶は、無い。


「玲緒奈さんのミニスカポリスのコスプレ姿を見た事あるよ」

「えっ!? ホントに!? 似合ってたでしょ?」

「うん。カッコ良かったよ」


 中山はいつも加藤に碌でもない事をするが、たまに玲緒奈さんの逆鱗に触れると今回みたいに返り討ちに遭う。だが、普段の玲緒奈さんと中山は仲が良く、玲緒奈さんは弟のように可愛がっている。


「いいなー、俺も見たいな」

「頼んでみたら?」

「怒られないかな?」

「……交換条件、つけられるだろうね」


 ――アラフォーのミニスカポリス。


 玲緒奈さんなら、アリだ。まだイケる。

 加藤もここ最近は肉がついて来たから、ミニスカポリスが似合うかも知れない。だが、それを言うと玲緒奈さんにまたボッコボコにされるだろうから言わないでいる。

 それに加藤は葉梨のスイートハニーになってしまったから、俺は以前よりセクハラは控えている。自分比二割減くらいだが。

 中山は相変わらず加藤を襲っているが、使用済みパンツの枕元放置は封印したようだ。




 後編へ続く

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