第10話「魔法の言葉」

「あ、あの、氷坂さん……?」


 突然不機嫌になった理由がわからず、姫花はおずおずと顔を見る。


「これは私が作ってるわ。だって、一人暮らしだもの」

「――っ」


 普通、高校生が一人暮らしをすることはそうそうない。

 あっても、寮生活なくらいだ。


 そして、吹雪の機嫌が一変した理由。

 おそらく、家庭的な理由で踏み込んではいけない部分に、姫花は踏み込んでしまった。


「…………」


 姫花は何を言ったらいいかわからず、黙って弁当を食べ始める。

 もし吹雪が家庭事情に問題を抱えているなら、姫花は共感できる側の人間だ。


 しかし、下手に共感などしようものなら、逆に怒りを買う。

 どこまで踏み込んでいいのか、それをはかれるほど姫花は吹雪を知らない。


 だけど――。


「話……あるんじゃなかったの?」


 意外にも、重たい空気を破ったのは、吹雪だった。

 姫花は驚いたように吹雪を見る。


「何? 話がないのなら、私は食べたら教室に戻るけど?」


 気が付けば、吹雪はいつもの様子に戻っていた。

 姫花が困っている短時間で、自分の中で折り合いをつけたようだ。

 そのことに姫花はホッと息を吐き、笑顔で口を開く。


「今度の土曜日、私の誕生日会を家でするの。誕生日会って言っても、今のところ来てくれる予定なのは、莉音と美玖だけだけどね」

「誕生日会……」


 姫花の言葉をどこまで聞いているのかはわからないが、吹雪は口元に手を当てて考え始める。

 その行動は、姫花にとっては意外なものだった。


(考えてくれてる……! 即答で拒否られなかった……!)


 今までの様子を見る限り、てっきり即答で断ると思っていた。

 それなのに、吹雪は今考えている。

 そのため、姫花は吹雪と仲良くなれているんだと思った。


 しかし――。


「あなた……花咲さん、だっけ? 学校で人気らしいのに、どうして二人しかこないの?」

「えっ?」


 てっきり、誕生日会に行くことを検討しているものだと思ったのに、予想外の質問がきた。

 そのせいで、姫花はキョトンとした表情で首を傾げる。

 だけど、吹雪の質問に答えないわけにはいかないので、慌てて言葉を探した。


「あっ……えっと、うちは学校から結構離れてるし、家の人になるべく迷惑かけたくないの。だから、本当に仲のいい人だけ誘ってるんだ」

「本当に仲のいい……?」


 姫花の言葉が引っかかったのだろう。

 吹雪はとても嫌そうな顔を向けてきた。


「も、もちろん、氷坂さんが私を友達だと思ってないのはわかってるけど……! でも、やっぱり誕生日だし、好きな人と一緒にいたいっていうか……!」

「…………」


「だ、ダメ元だってことはわかってるよ!? でも、そこをなんとかお願いできたらって……!」


 吹雪の雰囲気的に断られる。

 そう察した姫花は、まくしたてるように言葉を紡ぐ。

 すると――。


「いいわ……その誕生日会、私も行かせてもらう」


 いったいどういう気まぐれなのか。

 あっさりと、吹雪は来てくれることになった。


「えっ、いいの……?」


 吹雪があまりにも素直に頷いたので、姫花は信じられない様子で尋ねる。

 いや、実際――何か裏があるのではないか、と勘繰ってしまっていた。


「誕生日くらいは――って言葉、無視できないから。ただそれだけ。別に、花咲さんのことを友達と思ってるわけじゃない」


 その言葉にどういう魔法がこめられていたのか。

 それを姫花は理解していない。


 しかし、吹雪の突き放すような冷たい物言いが、逆に彼女の本心なのだということを伝えてくれる。


「そっか、ありがとう……!」


 だから、姫花は吹雪に笑顔でお礼を言った。

 そんな姫花に対して、吹雪は――。


「あなたって、他人の悪意に鈍感なの……?」


 まるで理解できない、というような表情を向けてきたのだった。

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