第5話「氷のような瞳」
「――お前、絶対いつか捕まるぞ?」
翌日の放課後、姫花に付いてきた莉音は、怪訝そうな目を向けてきた。
それもそのはず。
現在姫花がしていることは、吹雪の尾行だからだ。
「あはは、姫花ちゃんって時々、よくわからないことをするよね!」
「美玖、面白がってんじゃねぇぞ?」
楽しそうに笑う美玖を、莉音は睨んでしまう。
「二人ともうるさい、氷坂さんに気付かれるじゃない。私は今、氷坂さんがどんなものを好きなのか、どうしたらポイントを稼げるかを知らないといけないんだよ」
「いや、なんで俺が怒られて……」
姫花に叱られ、莉音は不満そうに姫花を見る。
すると、姫花はキョトンとした表情で首を傾げた。
「勝手に付いてきたんじゃん。付いてきた以上、協力してよね?」
「俺が付いてきたのは、お前を止めるためなんだが……。バレたら逆に嫌われるぞ?」
「だから、静かにしてって言ってるの」
尾行がばれた場合、嫌われるなど百も承知だ。
それでも、姫花はこうするしか吹雪の好みを知る手段はない。
なんせ、吹雪は誰とも親しくしない、いわゆるボッチちゃんなのだから。
好みなど知っている人間がいないのだ。
「莉音ちゃん、無駄だよ。こうなった時の姫花ちゃんは、人の言うことなんて聞かないから」
「はぁ……最悪、力づくで連れて帰るからな」
姫花を止められないとわかった莉音は、めんどくさそうに頭をかく。
諦めたのだろう。
「そういえば、氷坂さんってどこから通ってるの?」
吹雪の後をつけているなか、不思議そうに美玖が尋ねてきた。
それにより、姫花は小首を傾げて莉音を見る。
「どこから来てるんだっけ?」
「なんで俺に聞くんだよ、知るわけねぇだろ……。コースが違うんだしな」
姫花、莉音、美玖の三人は普通科の普通コースだ。
しかし吹雪は、普通科の特別進学コースになるため、ほとんど接点がなかった。
「でも確かに、学校ではあれだけ有名なのに、氷坂と同じ中学校っていう奴は知らないな。まぁ、友達いないようだし、それで話題にならないだけかもしれねぇけど」
「うん、今氷坂さんのこと悪く言った?」
なにげなく言った莉音の一言に対し、姫花は目が笑っていない笑みを向ける。
それにより、莉音はブンブンと首を左右に振った。
「ならいいけど」
「ほっ……」
姫花の怒りが収まり、莉音は胸を撫でおろす。
残念ながら、揺れてくれるほど胸は大きくない。
「駄目だよ、莉音ちゃん。氷坂さんに対しての下手な発言は、命とりだよ?」
「わりぃ……」
莉音は額に浮かんだ汗を手で拭いながら、姫花の様子を横目で窺う。
もう莉音に対して興味を失っているのか、彼女の視線は既に吹雪へと向けられていた。
その表情は、真剣そのものだ。
(まぁ、本気なら……付き合ってやるしかねぇよな)
莉音にとって、姫花は大切な親友だ。
それが叶わない恋であろうと、応援してあげたかった。
「――隠れて……!」
それは、突然のことだった。
莉音が姫花に気を取られていると、姫花が押し倒すように莉音の体を押してきた。
「はっ!? ちょっ、おまっ……!」
「しぃっ……! 声出しちゃだめ……!」
姫花は人差し指を鼻の前で立て、音を立てないように指示してきた。
莉音の頭は事態についていけていないが、その口を美玖がふさぐ。
彼女もまた、音を立てることのまずさを理解しているようだった。
(まさか……!)
そして、ようやく莉音も状況を理解する。
しかし――。
「――そこにいるのは誰!?」
時、すでに遅し。
三人は吹雪に見つかってしまった。
「い、いや、あの、これは……」
「あなた……昨日屋上で……。そう、やっぱり私のことをつけていたのね?」
おそらく、最初はつけられているかどうか確証はなかったのだろう。
確認をしてみたことで、相手が自分に告白をしてきた人間だったとわかり、つけられていたと確信したようだ。
姫花たち三人はダラダラと汗を流すが、軽蔑するかのような吹雪の冷たい目は直らない。
「どういうつもりかしら? 事と次第によっては、このまま警察に行くけど?」
決して声を荒げず、静かに怒る吹雪。
逆にそれが、三人にとっては怖かった。
何より、吹雪の目が、冗談ではないと語っている。
「ひょ、氷坂! つけたのは悪かったと思う! だけど、姫花は氷坂と仲良くしたかっただけなんだ……!」
どうにかしたい――そういう思いで、莉音は弁明する。
だが、吹雪の氷のように冷たい目は直らなかった。
「仲良くしたかったら、何をしてもいいの?」
「それは……」
至極真っ当な問いかけ。
それにより、莉音は言葉を失う。
「特別な理由は何もなさそうね。それじゃあ、私は三人のことを学校に報告する」
彼女はそれだけ言うと、姫花たちに背を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます