第4話「小さな天使」

「――ねぇね、あそぶ?」


 配信を終えて片付けをしていると、ドアがゆっくりと開いた。

 そしてドアから顔を出したのは、黒髪を左右に分けて結んだ、ショートツインテールの幼女。

 この子は姫花の年の離れた四歳の妹で、名前を紫苑という。


「紫苑、帰ってたんだね」

「んっ! さっきね、ママとかえってきた!」


 姫花が家に帰ってきた時には誰もいなかったので、母親と買い物に行っていたのだろう。

 紫苑は甘えん坊なので、姫花の足にくっついて頬をスリスリと擦り付けてきた。


「こら、紫苑……! 姫花ちゃんの邪魔したら駄目って、いつも言ってるでしょ……!」


 かわいい妹に癒されていると、続けて姫花と紫苑の母親が顔を出した。

 姫花の母親の見た目は、二十後半くらいだ。


「ぶぅ……!」


 紫苑は母親に注意されると、不服そうに頬を膨らませた。

 そして物言いたげな目を母親に向けており、不満をアピールしている。

 そんな中、姫花が紫苑の体を抱っこして、自分の膝の上に座らせた。


「配信はさっき終わったので、大丈夫ですよ。私も紫苑と遊びたいです」

「ほら、ねぇねいいっていってるもん……!」


 姫花が味方に付いたことで、紫苑は強気で主張をし始めた。

 それにより、母親は申し訳なさそうに頬に手を添える。


「いいの? 姫花ちゃんは育児なんてせずに、自分のしたいことをしたらいいんだよ?」


「私が紫苑と遊びたいので、大丈夫ですよ。紫苑のことは見ておきますので、お母さんはゆっくりしててください」

「そう……それじゃあ、そうするね」


 姫花が大丈夫と答えた以上紫苑を任せることにしたようで、母親は部屋を出て行く。

 すると、紫苑が姫花の顔を見上げてきた。


「ママ、うるさいねぇ」

「あはは……そういうこと、絶対お母さんに言ったら駄目だよ?」


 まだ幼くて怖いもの知らずな妹の頭を撫でながら、優しく注意をする。

 紫苑は注意されている自覚がないのか、気持ち良さそうに目を細めて、なでなでを受け入れていた。


「さて、それじゃあ何で遊ぶ?」

「しおんね、こうえんいきたい!」


 姫花に聞かれた紫苑は、嬉しそうに元気よく答えてきた。

 しかし、それにより姫花は困ったように頬を指でかく。


「公園かぁ……もう夕方だから、あまり遊べないよ?」


 窓から外を見れば、夕焼け空になっていた。

 薄暗い時間帯でもあるし、できれば幼い妹を連れ出したくはない。

 何より、母親に止められてしまうだろう。

 そういう思いがある姫花は、公園に行くことを渋ってしまった。


「ぶぅ……」


 だけど、姫花と遊びに行きたかった紫苑は、不服そうに頬を膨らませてしまった。

 幼いからか、紫苑は不満があると頬を膨らませてアピールする癖がある。

 そのため拗ねたことはすぐにわかるのだけど、さすがにこのお願いを聞いてあげるわけにはいかない。


「公園は明日遊びに行こっか? おままごとでもする?」

「んっ……いい」


 公園に行けないことを根に持ったのか、紫苑は首を小さく左右に振り、顔を姫花の胸へと押し付けてきた。

 遊ぶ気はなくなってしまったのかもしれない。


「よしよし」


 拗ねてしまった妹の頭を、優しく撫でる。

 紫苑が生まれてから既に四年が経っているのだ。

 なだめ方など、とっくに心得ていた。


「んっ……ねんね……」


 頭を撫でられたことで気持ちよくなり、眠たくなったのか、それともふて寝をしようとしているのかはわからない。

 紫苑は言葉通り眠たそうに目をゆっくりと瞬きしながら、姫花の顔を見てきている。


「うん、いいよ。おやすみなさい、紫苑」

「んっ……」


 姫花が笑顔を向けると、紫苑は安心したかのように姫花にもたれかかってきた。

 少しして、かわいらしい寝息が聞こえ始める。


「あ~、うちの天使、かわいすぎる……」


 紫苑の寝顔を見ている姫花は、思わず独り言を呟いてしまう。

 歳が離れていることもあり、姫花は紫苑を溺愛しているのだ。


 生まれた時からかわいくて仕方がなく、こういうふうに甘やかし続けている。

 紫苑がちょっとわがままになっているのは、姫花が甘やかしているせいだろう。

 しかし、そんなこと気にならないくらい、姫花は紫苑がかわいくて仕方がなかった。


「あいかわらずいい頬をしてるなぁ……食べちゃいたくなる」


 姫花は独り言を呟きながら、紫苑の柔らかいほっぺをプニプニと指でつついてみる。

 寝たばかりにもかかわらず眠りは深いのか、紫苑が起きる気配はない。

 だから姫花は、紫苑を抱っこして椅子から立ち上がり、自分のベッドへと向かう。

 そしてゆっくりと紫苑をベッドの上に下ろすと、優しく掛け布団をかけてあげた。


「おやすみ、紫苑」


 姫花は紫苑の頭を優しく撫で、音を立てないようにゆっくりと離れる。

 今日は好きな人に振られて凄く傷ついたけれど、ファンたちをボコボコにしたことと、紫苑のかわいさにより姫花の心は癒された。

 だから元気になり、ポジティブな考えが生まれてくる。


「そうだよ、一度振られたくらいどうしたっていうの……! 元々、難しいってことは分かってたんだもん……! これくらいでへこたれてたら、覚悟決めた意味ないじゃん……!」


 先程までネガティブだった自分とは決別し、ポジティブな自分になろうと演じ始める。

 学校では明るくて親しみやすいキャラを演じている姫花だが、本当はネガティブ思考の陰キャだ。

 中学の頃なんて教室の隅でおとなしくしており、高校に入ったことを機に、新しい自分になろうとお洒落知識などを磨いて、高校デビューをしていた。


 だけど、その努力もむなしく、根は全然変わっていない。

 そのため、無理して陽キャを演じているので、一人きりになるとすぐネガティブ思考になる。

 そんな自分が嫌で、姫花は変わろうと頑張っていた。


 ――ちなみに、中学時代の自分を知る人がいないところに行きたかったので、片道電車で一時間かかる高校を選んでいる。

 そのおかげで、今日まで誰にもバレていないのだ。


「どうしたら氷坂さんを堕とせるかなぁ……。私なしで生きられなくしたいなぁ……。とりあえず、やっぱりもっと絡むことが必要かな? みんなに知られたってことは、公に氷坂さんに絡めるもんね」


 そうやって、なんとか自分に言い聞かせる。

 こうしてポジティブに考えていけば、いずれ心の底からポジティブになれると信じて。


 その後の姫花は、どうやって吹雪を自分のものにするか、思考を巡らせ続けるのだった。

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